第八章 5
「あれは天使……ですか?」
喰らうモノは喰ったモノを模倣すると聞いた。とすると天使は実在して、しかも食べられたという事だろうか?
目の前に降臨した翼を持つ巨人の威圧感に呑まれまいと気を張るが、それでも声の震えは隠し切れなかった。
「いや、あれは魔神型と呼ばれる戦闘種の一つじゃ」
「戦闘種?」
「喰らうモノの一つの到達点とも言える形態じゃ」
戦闘種。
かつてエデンに甚大な被害を及ぼした喰らうモノは様々な姿をしていた。エデンの生物、兵器を模した物もいたが大半は見たこともないモノだった。その中でも特に強大な力を持っていた姿を持つ喰らうモノを『戦闘種』と名付け恐れられた。
「喰らってきたモノの中でも選りすぐりの戦闘向きの肉体、能力を持つ姿を模した存在。それが戦闘種と呼ばれるモノじゃ。その戦闘力は武器持ちを大きく上回る危険な相手じゃ」
圧倒的な生命力と強力なブレスを吐く『竜型』。
頑強な肉体に多彩な攻撃方法をもつ『機械兵型』。
俊敏な動きと執念深さで獲物を追い詰める『魔狼型』。
そして、様々な魔術を操り敵を殲滅する『魔神型』。
「地球の天使という存在は知っているが、あれは違う。どこかの世界にああいう姿をしたヒトがいて姿を真似ただけじゃ。それに、あんな蛙顔の天使なぞ居てたまるか」
「……ああ、確かに言わてみれば面影が残ってますね」
落ち着いてみれば顔が蛙にそっくりで、均整のとれた肉付きをしている色白な男性的な体とあまりにアンバランスで滑稽に見えて思わず優子は噴き出しそうになったがティアーネがそれを咎める。
「見た目なぞ奴らには些細な問題に過ぎん。奴の攻撃方法は恐らく魔術じゃ。仕掛けてくるぞ!」
『天使』が右手を優子の方へ向けると、そこから人間大の火炎球が次々と発射される。
「氷の槍よ!」
優子のイメージ通り生み出された無数の氷の槍が炎の弾を迎撃すべく発射される。
だが大きさの違いから炎の弾を一つ消すのに十個近い氷の槍を消耗する優子の方が次第に劣勢になっていく。
「ダメ、押し負ける!?ティアーネさん、逃げて!」
「大丈夫、仲間を信じるのじゃ!」
そして遂に撃ち漏らした炎の弾が優子たちへ殺到する。
二発、三発、四発、絶え間なく撃ち込まれる炎の弾が爆発を起こすのをどこか満足そうに『天使』は見ていた。
「隙ありっ!」
姿勢を低くした状態で魔神に駆け寄った茶々の大振りの一撃を翼を広げ飛んで回避した『天使』の翼に氷の槍が刺さる。飛んできた方向を見れば、そこには自分の攻撃を防ぎ切った土の壁とその向こうにいる氷使いがいた。
「攻撃、効いてないみたいですね」
「あの翼、動いていないようじゃから、ただの張りぼてかもしれん。それよりも……!」
「はい、移動します!」
翼を撃ちぬけば落とせるかと思ったが目論見が外れてしまった。ダメージも大した事がないようで、今度は飛んだまま両手で茶々と優子(とティアーネ)を狙って炎を撃ちだしてきた。
「空からなんて卑怯だぞ!降りてこ~い!」
「アホな事言っとらんでさっさと逃げるんじゃっ!」
剣を振り回し空に叫んでいる茶々を一喝しティアーネは状況の分析を進める。
(落ち着け、冷静に相手を観察するのじゃ。こやつは多分茶々たちの攻撃を学習しておる)
『蛙』状態の時に受けた攻撃を元に喰らうモノは己の姿を作り直した。
茶々の斬撃から逃れる為に空を飛べるようになり、優子の氷に対抗するために焼却炉を飲み込み炎を操る力を獲得した。
空を見れば炎の様に自身の体を赤く染めた『天使』が炎を生み出し続けている。その熱で既に翼に刺さった氷の槍は溶けてなくなっていた。
優子の肩に掴まり近くで発生した爆風に耐えながらティアーネは相手の弱点を見つけるべくデータを開く。
勇者が体を張って戦うのなら使徒は彼らの為に勝利へ導くことが使命だ。その為にティアーネは過去のデータを地球人には到底できない速度で閲覧していく。
(茶々もユウコも遠距離への攻撃は足を止めないと難しいので除外)
(周囲の地形。利用できそうな物は……無し。次!)
焦る心を押し殺し、データの海を漁り続けたティアーネがある戦闘の記録を見つけだした。
(……これじゃ!)
「茶々、優子、もう少し時間を稼ぐのじゃ!」
「何か作戦があるんですか!?」
「作戦……と言える物でもないが。じゃが、今は我を信じて欲しい」
何度か足を止めて反撃しようとしては相手の攻撃の激しさに断念を繰り返していた優子は頷いてジグザクに走って的を絞らせないように立ち回る。
「茶々はいつだってティアを信じてるよ!」
離くから聞こえた茶々の声はすぐに爆音に掻き消されるが、その言葉はティアーネにしっかりと届き思わず涙ぐみそうになったのは秘密だ。
「でも、いつまでこうしていればいいんですか?」
軽く息を弾ませながら問う優子の服は既にあちこち煤だらけだった。直撃こそ避けているが熱風と吹き飛ばされた小石などで確実にダメージが蓄積している。
「喰らうモノは対象を吸収する事で能力を得る。それは憶えておるな?」
「もちろん」
「それで確認なのじゃが、奴が取り込んだのはお主の学校の焼却炉なんじゃな?」
「はい、間違いないです」
いまいちティアーネの言いたいことが分からず困惑する優子に対してティアーネはやはりと頷く。
まるで自分が推理小説に出てくる察しの悪い探偵の助手役に思えてきたが、攻撃を避けるので精いっぱいで口を挟む余裕が無くなってきた。
それというのも段々と攻撃の威力が増してきているせいだ。このままではマズイのではと思うが――。
「本部でも説明したが地球産のモノは喰らうモノも消化に手こずるようで一週間以上はかかるのじゃ。つまり本来ならまだ焼却炉の性質を使えるはずがないのじゃ。それでも強引に喰らって力を引き出し続ければ必ず無理が出てくる」
ティアーネが見つけたいくつかのデータには無理やり地球のモノを取り込み自壊した喰らうモノが記されていた。
魔術やマナのある世界の物質を食べ慣れた喰らうモノにとって、それらを全く含まない地球の物質は胃が受け付けず消化までに非常に時間がかかる。それを無理やり短縮した結果が自壊現象ではないかとチーフの考察も書かれていた。
「ほうれ、奴の体に異常が出てきたぞ」
優子が空を見上げると体のあちこちから炎が溢れ出した『天使』の姿があった。
「見ようによってはパワーアップしているみたいですね」
「じゃが、あれは力の暴走じゃ。現に攻撃が止んだ今がチャンスじゃ!」
「はい……って先輩が!?」
「茶々!?」
大地を操作し天へ階段を作り茶々が炎に包まれた『天使』へと迫る。
「うおおおりゃああああ!」
雄叫びをあげて近づく敵に気づいた『天使』が焼け焦げた両手に力を集め魔法陣を展開した。魔法陣の中心に徐々に赤い光が集まり魔力が凝縮されていく。
「アレは恐らく貫通能力の高い光線系の魔術じゃ!茶々、無茶じゃ、逃げるのじゃ!」
「根っ性~!」
ティアーネの警告を無視して突っ込んだ茶々より『天使』の攻撃の方が早かった。だがここで茶々に幸運が訪れる。暴走した力が発火を越え、『天使』の背中、翼の付け根あたりが爆発し衝撃で腕が動き展開した魔法陣も合わせて位置がずれる。そして放たれた熱線は茶々の足元を掠め茶々の足場を貫き破壊した。
ぐらりと足場が前のめりに崩れていく。
そのまま茶々の体が投げ出される……かと思われた。
「先輩っ!」
「突っ込むのじゃ、茶々!」
階段が崩壊する寸前で優子が基幹部分を氷で補強し僅かではあるが時間をほんの僅かな時間を稼いでくれた。
「届けぇ!」
斜めになった最後の足場から跳んだ茶々の剣が『天使』の胸、その中にあった紅く脈動する核に突き刺さった。
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