第八章 4

 今や茶々たちを見下ろすほどの大きさになった『蛙』がだらんと垂れ下がっていた舌を口に戻す。赤い眼が煌々と怪しく輝き獲物に狙いを定め。


 「来るぞ!」


 口から飛び出した舌が茶々に向かって放たれる。


 「叩っ斬る!!」


 横に体を回転させ舌を回避した茶々が、流れるような動作で大剣を振り下ろす。

 だが今まで多くの敵を切り裂いてきた剣が、予想以上の弾力性に守られた舌に弾かれてしまう。そして叩かれた舌は独自の意志を持つように軌道を変えて地面スレスレの場所から優子の右足に絡みつく。

 

 「痛っ!?」


 舌に生える人差し指ほどの大きさ針が優子の足に刺さり赤い血が滴る。だが『蛙』の本命の行動はここからだった。


 「きゃっ!」


 大鎌を振るうよりも早く口に戻ろうとする舌の動きの方が早かった。

 鎌を振り上げた格好のまま地面に引きずり倒された優子を見て茶々が切り札の一つを切った。

 

 「第一点火ファーストイグニッション!」


 一時的に輝石から供給される力を大幅に増幅し、茶々の全身が黄金のオーラに包まれる。身体能力も向上した茶々が跳躍、優子を掴み戻ろうとする舌に剣を突き立てて動きを封じた。


 「ユウコ、今じゃ、凍らせるんじゃ!」

 「は、はい!」


 痛みに耐えつつ優子の右手から放たれた青い光線が舌とその先にある顔に当たるとあっという間に凍り付いていく。


 「うわ、優子ちゃんがどんどん新技を開発している……」

 「沙織の見立て通りユウコは武器を使った戦いよりも特殊能力を用いた戦いが得意なんじゃろう。よく頑張った、今回復するぞ」


 凍った舌は茶々の一撃を受けて粉砕され、優子の足も解放された。何本もの針に刺された足の出血が痛々しい。だが再びスプレー缶を持って近寄ってきたティアーネを優子は手で制した。


 「回復は大丈夫です。多分こうすれば……!」


 何を思ったか自らの足を凍らせてしまった。そして凍った足で地面を踏みつけると氷が砕け、現れた足には傷痕一つ残ってはいなかった。


 「……どういう理屈?」

 「輝石の力に説明を求めるだけ無駄じゃぞ。出来ると思えば出来る、魔法の様な力じゃからな」

 「ええ~、茶々は出来ないよ?」

 「不器用なのか想像力がないのかのどちらかじゃろ?」

 「先輩、反撃しましょう!」

 「そうだった、いこう、優子ちゃん!」


 顔が凍った『蛙』が短い前肢でペシペシと顔を叩いてもがいている。このチャンスを逃す手はないと茶々と優子が左右挟み込むように走り寄る。

 敵の接近に気づいた『蛙』が解凍を諦め跳躍しようとするが、そこに優子が放った冷気が足に直撃し地面と接着させ動きを封じた。

 

 「ここだっ!」


 優子よりも早く距離を詰めた茶々のオーラを纏った剣の一撃が左の後肢を切り飛ばし血のように黒い粒子が傷から噴き出す。


 「QQQQPOOOOQOOO!!!!!!」


 飛ぼうとして伸ばした足を失った『蛙』が地面に倒れ、その衝撃で顔を覆う氷が砕ける。解放された口から聞き取れない悲鳴のような鳴き声を上げる蛙がゴロゴロと転がりながら、駄々っ子のように短い前肢を振り回して暴れ回る。

 

 「ああ、もう!こっちを近づけさせないつもりだな。ならこれでっ!」

 

 近づけない事に苛立った茶々が『軽トラ』戦で見せた剣ビームをもう一度放つが、しかしその攻撃は振り回された前肢に当たり掻き消されてしまった。

 

 「もう一度凍らせて……!」


 斬られた足から噴き出す黒い粒子が徐々に元の形をとり再生しようとしているのを何とか妨害しようと優子も冷気を伴ったビームを放つ。物理攻撃には強いようだが特殊能力には耐性がないらしく『蛙』の体がどんどん氷に覆われていく。

 だが、少しでも力を弱めれば、すぐに氷を破壊されてしまうため優子は足止めに専念することにしトドメを茶々に託した。


 「先輩っ!」

 「出し惜しみなし!これが茶々の全力の一撃だあっ!!」


 天にかざすように構えた大剣に体を覆っていた黄金の光が全て移っていき激しくスパークを起こし巨大なエネルギーの刃を作り出す。そして振り下ろされた一撃は仰向けになっていた『蛙』の体を両断した……のだが。


 「勝った……?」

 「ううん、まだ……うわっ!」

 

 何かを言いかけた茶々に何かが激突し小柄な体が横に吹っ飛ばされた。

 茶々を攻撃したモノ、それは破壊された舌の一部だった。本体とは別に再生していたソレが強烈な体当たりを喰らわせたのだ。


 「このっ!」


 二回、三回と茶々の体は地面をバウンドし四回目の僅かに宙に浮いた瞬間に体勢を直し地面に足をつけ立ち上がる。


 「よくも先輩を!」


 優子が敵討ちとばかりに向かってきた舌を凍らせようとするが、意外に敏捷な動きに翻弄されてしまう。


 「いかん!そいつは囮じゃ!」


 少し離れた場所にいるティアーネの言葉にハッとする優子だが既に遅かった。


 茶々を遠ざけ、優子とティアーネの注意を舌に集め、その隙に『蛙』の腹があった部分、茶々の一撃を受けてなお無傷の核から黒い触手の様な物が伸び手近にあった『ある物』を掴んだ。

 それは今まで蓄積したデータから氷に対抗する力を求めた結果。高温を発する物を選び己の中に取り入れようとする。


 その選ばれたモノを見て優子が驚きの声をあげた。

 なぜなら、その掴まれた物は―――。


 「ああああっ、焼却炉!」


 結構な大きさの朽ちた焼却炉が核の中に吸い込まれていき、『蛙』を中心に黒い光が広がり熱を伴う暴風が周囲の残骸を吹き飛ばしていく。


 「ここからが本番じゃぞ」

 「……そうみたいですね」


 黒い光が収束し、中から現れたのは『蛙』ではなく黒い翼をもつ人の姿、天使に変身した喰らうモノだった。

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