第八章 3

 それは闇そのものだった。

 影、煙、あるいは炎のように実体を持たずに揺らめくソレの色はどこまでも黒い。

 もし絶望という物に色があるのなら、きっとこんな色をしているに違いない。


 そんな詩的な言葉を思い浮かべてしまうほどに、それは異質で不気味で恐ろしく、なのに目が離せない負の魅力に満ち満ちていた。


 (コレは今までの相手と違う……!)


 本能が危険を訴える、その感覚に優子は憶えがあった。

 あのすべての始まりであった放課後のゴミ捨て場で感じた悪寒、それが再び優子の体を縛り付けようとする。


 だが、今はあの時とは違う。


 「ねぇ、ティア。ひょっとして茶々たち大当たりを引いたんじゃない?」

 「当たりと言うべきか外れと言うべきか迷う所じゃな。じゃが千載一遇のチャンスではある」

 「だよね!よし、アイツを倒して師匠に褒めてもらうぞ~!優子ちゃんは後ろに下がっていてね」


 肩に担いでいた剣を構え自然な様子で優子を守る様に茶々が前へ出る。

 茶々も相手が一筋縄ではいかぬ相手だと分かっているが、出会ってしまった以上逃げるという選択肢は選べない。

 

 そして優子もただ守られるだけでいるという楽な道はもう選ばない。


 「私も戦います!」


 声の震えはなんとか抑えらた。少し手足が震えるが、それを武者震いと自分に信じ込ませ、いつも前を歩いていた茶々の隣へ進み出る。


 「優子ちゃん……。うん、一緒に戦おう!」


 二人の決意を反映するようにそれぞれの武器が黄色と青い光を放つ。

 その光に当てられた影が体をよじると地面にボトボトと物が落ちてきた。


 「こやつ、喰らったモノを腹に入れ直して逃げるつもりじゃ!」

 「そんな事させるもんか!」「絶対に逃がしません!」


 ここで逃がせば、また多くの人や物、それにまつわる記憶が失われてしまう。その凶行を見逃すわけには絶対にいかない。


 「敵のエネルギーが上昇、安定してきたぞ。どうやら逃げるのは一旦諦めたようじゃな」



 膨れ上がる闇を目の前にして、ふと優子は思う。

 陽太郎が本当に見せたかったモノはこれだったのではないか?

 全ての命を飲み込む闇を前にして優子が何を感じるのか、そしてどんな答えを出すのか、それを試す為に自分を誘ったのではないか?


 今まで戦ってきたのは所詮自分の意志を持たない兵隊に過ぎない。だが今目の前にいる喰らうモノは違う。この悪意に満ち満ちた存在こそが本当の喰らうモノ。勇者が命を懸けて戦わねばならない相手なのだと優子の中の何かが訴えている。


 (上手く乗せらたってことだよね)


 あの厳しい言葉も全ては自分をここに向かわせるための演技だったのかもしれない。だが例えそうだったとしても、それだけの価値がある経験が出来たと思う。

 巣に入ってからの短い時間の間に様々な経験をした。

 戦って、ドジを踏んで、怪我をして、泣いて、怒って。

 ほんの一時間程度の間に数年分の経験をしたような気がする。


 (でも、それはそれとして、あとで十塚さんにしっかり文句を言わないと!)


 軽い体験入会みたいなノリで誘っておいて、この有様である。文句を言う資格は十分すぎるほどにある。そして今度は胸を張って自分の選択を告げよう。

 

 そのために、優子は頼りになる仲間たちの隣に自分の意志で並ぶ。

 自分と誰かの未来を守る為に。それを奪うモノを倒すために。

 



 闇が膨れ上がり、次第に曖昧だった輪郭がはっきりしてくる。

 曖昧だった体の枠を定め、そこに核から力を注ぎ込み固着化させていく。


 主にも戸惑いはあった。

 遠くに排除したはずの侵入者がなぜここにいるのか、と。

 

 もし、ここに現れたのがリョウだったならば全てを放り出して一目散に逃げだしただろう。


 だが、現れたのは明らかにアレとは違う。

 ならばさっさと始末して荷物をまとめて逃げればいいと喰らうモノは考えた。


 それはあらゆる世界で最強であり最凶であり続けたが故の傲慢。

 だから喰らうモノは考えが及ばない。

 目の前の脅威を過小評価しすぎている己の浅はかさに。



 周囲の搾りカスからも力を掻き集め、喰らうモノの姿が変わる。

 形が保てなくなった異世界のオブジェクトが崩壊していく中、10メートルを超える大きさになった喰らうモノが地面へと飛び降りる。

 茶々たちを飛び越え、オブジェクトが無くなり広くなったスペースに主が地響きを立てて着地する。

 その拍子に体にまとっていた闇のオーラが剥がれ、遂に主がその姿を露わにする。


 ブヨブヨとした丸みを帯びた胴体に特徴的な三角の頭、そこから飛び出した目は紅く染まり三人を見下す。口からだらりと下がった舌は紫色にそまり針のような突起物が無数に生えている。

 その姿は正に―――。


 『蛙!?』


 であった。



 そして境山で起こった事件を締めくくる最後の戦いが幕を開ける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る