第五章 8

 チーフと少年の懸命な捜索により見つけた喰らうモノの隠れ家『巣』。

 そこに潜り込んだ二人を待っていたのがチーフが地球で初めて確認した中型サイズの喰らうモノ『ゴリラ』だった。

 その姿はエデンに居た喰らうモノより小さいが確実に成長を遂げているのが見てとれた。


 (やはり私の推測は間違っていなかった!)


 どんな環境であろうと成長をし標的を死滅させんとする喰らうモノの

 最初の奇襲をなんとか退け反撃に転じようとした矢先。


「しまった!」

 

 チーフが持っていた忌石を内蔵した銃は何の効果も発揮することなく、あっさりと『ゴリラ』のような姿の喰らうモノの腕にあたり粉砕された。

 その衝撃で忌石が地面に乾いた音を立てて転がっていき少年の足元で止まった。


 「なんだ、これ?」

 

 明滅を繰り返す忌石は、すでに暴走状態に入っていた。このままいけばすぐに内包された力が周囲に絶望的な破壊をもたらすだろう。


 「それに触れるな、すぐに逃げろ!」

 「え?」


 だが時すでに遅し。

 チーフにとって大事な物だろうと思った少年が忌石を拾い上げてしまった。


 それをきっかけに忌石から光が溢れ出す。

 その光を見てチーフは己の死と少年を巻き込んだことを悔いた。


 だが――。


 広がった光はまるで吸い込まれるように少年に収束していく。それに伴い少年の姿にも変化していく。

 黒髪が緑に代わり、右手には淡く輝く片手剣がいつの間にか出現していた。


 「えっと、なんか剣が出てきた……って、危ないだろっ!」


 何かを感じ取ったのか『ゴリラ』が少年にダッシュで近づき掴みかかろうとした。だが、驚くべき反射速度で伸ばされた腕をかわした少年がカウンターで『ゴリラ』の腹に蹴りを叩き込んだ。

 それを見たチーフが思わず普段出さないような大声を上げてしまった。


 「馬鹿なっ!?」


 皮膚にも強力な吸収能力を持つ喰らうモノに触れるのは自殺行為。それがエデンの常識だった。

 なのに少年の蹴りを受けた『ゴリラ』は体をくの字にして水平に吹っ飛んで、背後の壁にめり込んだ。蹴られた腹はひび割れそこから血の様に黒い粒子が噴き出し『ゴリラ』が地面に崩れ落ちる。


 「喰らうモノに……ダメージを与えた!?」

 

 フラフラになりながら腹の修復を終えた『ゴリラ』の紅い双眸が輝きを増す。少年を排除すべき存在と認識し先ほどよりも更に俊敏な動きで襲い掛かる。


 「だから、危ないって、言ってるだろがっ!」


 まるで自分の体の一部のように剣が軽やかに奔り『ゴリラ』の体を切り刻んでいく。チーフの知る限り少年にそれほど高い身体能力は無かった。なのに今の少年の動きは完全に超人の域に達していた。

 『ゴリラ』の拳を余裕で見切り使い慣れていないはずの剣を手足のように振るい『ゴリラ』を切り刻んでいく。

 両腕を失い首を刎ねられもなお再生を繰り返す『ゴリラ』だったが、胸の奥にあった赤い核を砕かれて遂に生命活動を停止し消滅した。



 これが始まり。最初の勇者が誕生した瞬間であり、『忌石』が『輝石』になった時でもあった。




 「懐かしいな。あれからもう四年近く経つんだよなぁ」

 「え、じゃあ、今の話に出てきた少年って……?」

 「俺だよ」

 

 なんでもないかのように言う陽太郎の顔を思わず優子はまじまじと見てしまう。


 「あの時はチーフが一人で戦うって聞かなくてな。それでも食い下がったら『役立たずはいらない』何て言うんだぜ?本当に酷い奴だよ」

 「どんな攻撃も効かないと言っているのに『俺にはコレがある!』などと言って自慢げに土産物の木刀を見せびらかしてきた大馬鹿はどこのどいつだ。……だが結局、その馬鹿さ加減が全ての状況をひっくり返し、今に至るのだが」

 「って、思い出話はいいんだよ」


 仲良く毒づきあっている二人に妙に優しい視線を向けていた女子三人に気づいたか陽太郎は無理やり話を元に戻す。

 

 「そろそろ時間が無くなってきたから纏めると、勇者ギルドの目的は地球とエデンから喰らうモノを根絶する事だ。理由は言うまでもないと思うが、輝石が採れるのはエデンだけ、その輝石を使えるのは地球人だけだからだ」


 どちらか片方が無くなれば喰らうモノに対抗する手段が無くなるという事は優子にも理解できる。

 理解できるが――。


 「あの、それで私はこれからどうすれば?」


 それを知って自分はどうすべきなのか?答えの出ない問いを誰にともなく優子の口から洩れるが。


 「それを決めるのは君自身だ。俺たちとしては仲間になってくれたら嬉しいけど無理強いはしない。それがギルドのポリシーだから」

 「でも私なんかが……」

 「順序が逆になったけど、君はもう一度輝石の力を引き出した。この時点でギルドに加わる資格は既に得ている。後は君がどうしたいのかだけだよ」

 「私が本当に戦えていたんでしょうか?」


 正直、あの時の事は無我夢中でよく憶えていない。だから確認するように誰にともなく聞いてみた。てっきり答えは返ってこないかと思いきや――。


 「うむ、おそらく自分でも信じられんじゃろうな。だから我がキチンと映像に収めていおいたぞ。これがお主の輝石の力を引き出した証拠映像じゃ」

 「へ?これ、私?嘘、嘘ですよ、こんなの!?」


 確かに手に持っていたナニカを思い切り振りぬいた気がするが――。


 「いや、優子ちゃん、スゴイきれいに喰らうモノの頭を斬ってたよ。まるで死神みたいに!」

 「そんな怖い事明るく言わないでください~!」

 「氷系の能力に大鎌か。武具具現化能力だな。にしても本当にきれいに切ったな」

 「あれ、本当に私なんですか?髪の色が青くなってますけど?」

 「それは輝石の力を受けた副作用みたいなものだよ。それに服がどうみても同じなんだから君以外にあり得ない。なにより君自身ももう自分の中の変化に気づいているだろう?」


 陽太郎の言葉に優子はとっさに答える事が出来なかった。なぜなら指摘された通り上手く言葉には出来ないが確信めいたものがあったからだ。あの力を自分はもう自在に扱う事が出来るという確信が。


 「そう不安そうな顔をするなって。輝石の持つ力の一つに知識の伝授というのがあるんだ。武器なんて使った事がなくても使えるようになるし特殊な力も扱えるようになる。これのお陰で余計な訓練を必要とせず、いきなり実戦に飛び込めるわけだ」

 「……便利な能力ですね」

 「まぁ、実際には結構個人差があるけど、君は中々筋が良さそうだ。仲間の中には一年くらいたってから自分の能力を把握できたって奴もいるしな」


 褒められているのか、それともただ単におだてられているのか分からず優子は困ったような顔をするしかなかった。


 「つまり、今から君が今回の作戦に参加することも可能という訳だ」

 「ちょっと、ギルマス!?」


 立ち上がって抗議する茶々を手で制し陽太郎は笑顔を引っ込め真面目な顔をして続ける。


 「訓練が必要ないんだから問題になるのは本人のやる気だけだ。もちろん嫌なら無理強いはしない。さっきも言ったけどギルドの方針は自主性を重んじるだから。ただこれ以上、口であれこれ説明するより実際に見た方が早いとも思う。俺たちの事、喰らうモノの事、そして今何が起こっているかを」


 その陽太郎の言葉は優子の心に一石を投じた。

 あの日から優子は何が起きたのかを『知る』ために行動し続けてきた。

 

(これ以上の事を知るのに、この人たちと同行することが必要なのだとしたら私は……)


 「ただ、君は近いうちにもっと大きな選択をしなきゃならない」

 

 これから伝える事の重要性をアピールするように陽太郎は、わざと一拍置いて。


 「俺たちの仲間となるのか、それともここ数日の喰らうモノや俺たちに関する記憶を消して平和な日常に帰るか、だ」


 記憶を消す。

 そのショッキングな言葉に優子の頭は一瞬真っ白になった。

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