第五章 7
「あらかた食い尽くし満足したのか、それとも王都の防壁を越えられない苛立ちかは分からない。だがある日、突然多数の喰らうモノが次元移動を開始したという報告が入ってきたのだ」
その報告に生き残った多くの国民は喜んだ。自分たちは生き残れたのだと。
しかし、その喜びは長続きはしなかった。荒廃した世界には相変わらず喰らうモノ達が闊歩しており姿を消す気配がなかったからだ。
姿を消した喰らうモノの軍勢はどこに消えたのか?
「喰らうモノの目的を探るべきだ」という意見が出る一方で「当面の危機は去ったのだから放っておき態勢を整えるべきだ」という意見も出て再び王宮内は揉め始め生き残った者たちの醜い権力争いが始まりかけた。
そんな混乱の中、一人の王子の意見が流れを変えることになる。
「もし喰らうモノが違う世界で忌石を打ち破る力を手に入れれば我々は滅亡することになるのだぞ!このまま閉じ籠ったまま滅びを待つつもりか!」
いまだに喰らうモノが去らないのはエデンに完全な滅びを与えるためだという王子の説は、小康状態を獲得し弛緩していた王宮を大いに揺さぶることなった。
そして、王は喰らうモノの狙いを探るための少数の部隊の派遣を決定する。
幸い、喰らうモノが使っていたと思われる転移ゲートはなぜか守りもなく放置されていた。それを利用し喰らうモノを追跡。その行動を調べあげ、可能であれば転移先の世界と協力関係を築く事を目的とした特殊部隊が結成されることになったが、その隊長に選ばれたのは意外な人物だった。
「その特殊部隊の隊長として私も参加することになったのだ」
「あれ、チーフは研究員でしょ?なんで軍隊の、しかも隊長なんてやる事になったの?」
「あっ、私もそれが聞きたいです」
どうやらこの話は初耳だったらしい茶々が手を挙げて質問し優子も追従するとチーフは肩をすくめてヤレヤレといったポーズをとった。
「大した話ではない。単純な権力争いの結果だ。それに私も片目を失う前は軍属だった事もあったからそれも理由の一つだったのだろうさ」
そう言って、チーフは自分の眼帯を触れた。
忌石の加工方法を確立する事でチーフたちの待遇は格段に良くなった。
それまで禁忌とされた忌石の研究に従事する者も増え始め、段々と世間に新たな価値観が生まれ始めようとしていた。
しかし出る杭は打たれる。
すっかり『英雄』となってしまったチーフたちの存在を苦々しく思っている存在は少ならず存在したのである。
そういった者たちは盛んに、対喰らうモノの切り札と期待されたエネルギー抽出の研究が遅々として進んでいなかったことをやり玉に挙げ「成果を挙げず権力を欲している」などと言う謂れなき批判を繰り返した。
すでに加工法を確立したという功績があるにも関わらず、その言が一定の支持を受けていたのは人々の喰らうモノに対する不安もあったのだろう。
結局、会議という名の責任の押し付け合いの結果、軍務経験のあるチーフが人柱に選ばれたのだった。
「人数は僅か五人。装備は試作の段階にも入っていない形ばかりの忌石を内蔵した銃。まさしく張り子の虎の部隊だったよ。だが、なんとか師だけは守れたのだ。あの時の私には悔いのない命の使い方だと思っていた。……それがまさかあんな事になるとは思いもよらなかったが」
かくして、貧乏くじを引かされた五人のエデン人が決死の覚悟を持って、喰らうモノを追って異世界へと旅立った、のだが――。
「我々の覚悟とは裏腹に辿り着いた世界、地球は平和だった。正直、全くの見当違いの世界に来たのかと思ったくらいだ。だが、その世界、地球で我々は驚くべき光景をみたのだ」
おもむろにチーフが右腕のコンソールを操作すると新たな映像が追加された。
どこかの路地裏の空間が歪み五メートルを超える熊に似た姿の喰らうモノがゆっくりと地球の大地を踏みしめ、次の瞬間には内部から破裂するように体を引き裂かれ消滅していった。
「これが律の力だ。もっとも当時の我々にはそれを知る術など無かったが」
この意味不明な現象を調べたチーフたちの部隊は地球の特異な環境を知ることになる。
「私も知識として知っているだけだが、どの世界にも魔力、マナ、魔素。呼び方は様々だが、ある種の力の媒介となる物が大気中に含まれているらしい。だが、地球にはそれが全くなかった。……まるで作為的にも思えるほどに」
エデンに辿り着くまでに多くの世界を喰らってきた喰らうモノの体は、そういった不可視の力を常に取り込まねば己の体と能力を維持できないようになっている事が判明したのだ。
「喰らうモノの弱点が分かったことで他の部隊員は満足していた。だが、私は喰らうモノが決して地球侵攻を諦めていないのが気になっていた」
観察を続けるうちに、徐々に地球に来る喰らうモノの姿が小さく弱弱しくなるにつれ、少しずつ地球での活動時間を伸ばし始めていた。
それはまるで何かの予兆であるかのようにチーフには感じられたのだ。
「この動きを放置すれば地球もエデンと同じ運命を辿る。我々はもっと調査を続けるべきだと思う」
だがチーフの言は他の隊員に受け入れられることはなかった。
結局、チーフは一人で地球に残り調査を続ける事になり、残りの四人はそれまでのデータをエデンに持ち帰る事になった。
あの喰らうモノの弱点を見つけた。それだけでも十分な収穫だと考えたのを浅慮と言う事はできないだろう。
事実、彼らの持ち帰ったデータは後に結界を作り出す装置の礎となるのである。
「地球人に協力を求める事も考えたが、果たして信じてもらえるかどうか、そもそも私を受け入れてくれるのか分からず、その後も私は一人で観測を続けていた。そして二か月ほど過ごしているうちに私は喰らうモノの企みに気づいたのだ」
喰らうモノの企み。
それは己の体の再構築であるとチーフは結論付けた。
「我々は奴らの恐ろしさをまだ理解できていなかった。今までの、他者を喰らって得た情報を全て捨て、一から地球の物質の情報を獲得し、魔力のない地球環境に馴染む体を手に入れることにしたのだ」
恐るべき執念深さ。いや、それは最早執念などではなく、与えられた絶対の
「全ての生き物は生きるため、そして種の保存、繁栄のために他の生物を糧にする。だが、喰らうモノは違う。奴らにとって何かを喰う事は種を、そして文明を滅ぼすための手段でしかない。その目的の為なら今まで喰らって得てきた能力を捨てる事も厭わない。我々が相手にしていたのは生物ではなく恐るべき殺戮兵器だったのだ」
この恐るべき考えをエデンに伝えなければならない――。
だが、チーフには地球を去る前にしなければならない事があった。
それは地球に喰らうモノの存在と危険性と伝える事であった。
しかし、これに大きな障害が立ちはだかった。
「当時、私はネットにアクセスし喰らうモノの存在を伝えようとした。だが、それは失敗に終わった」
喰らうモノの侵入を阻み侵攻を遅らせてきた律の存在がチーフの活動を妨げたのだ。当時、律の存在を知らないチーフにしてみればまるで危機感のない地球人に苛立ちと焦りを覚えるのも無理はなかった。
だが、そんなある日、ふとした偶然からチーフは一人の地球人の少年と運命の出会いを果たすことになる。
異世界から怪物を追ってきた男と、『消えてしまった』幼馴染みを捜す少年。
この出会いが二つの世界の運命を変えることになろうとは本人たちも知る由もなかった。
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