第五章 6

 「あの、エデンはどうして……」


 思わず出かけた「滅びたのか?」という言葉を優子はなんとか飲み込んだ。ただこの場にいる全員は優子が言いかけた言葉を察しているようだった。


 「そうだな。喰らうモノの脅威を知るには話しておいた方がいいかもしれない。私たちの世界『エデン』は一つの王家の元で平和を謳歌していた。奴らが現れるまでは」


 そして、チーフがエデンであった惨劇を語り始めた。




 事の起こりは「謎の雑食性の生物が現れた」という報告だった。

 「人が襲われた」「動物が食べられた」「家が壊された」といった報告がある地方から王宮へ寄せられた。


 だが、その生物の目撃報告には姿と能力に一貫性がなく、何らかの理由で凶暴化した野生動物の仕業と楽観視したことが、後の大きな悲劇に繋がることになろうとは王宮の重鎮たちは思いも寄らなかった。

 『謎の怪物』の対応は地方政府とそのお抱えの粗末な装備しかない地方軍に丸投げされた。

  


 そして出発した地方軍が全滅したという報告があったのは出発からわずか三日後のことだった。

 そしてこれを機に巨大化と武装した怪物たちが次々と街を襲い始めたという報告が次々と押し寄せ、事ここに至ってようやくただならぬ事態と察した王宮はハチの巣をつついたような大騒ぎとなった。




 「あの、エデンの人たちも反撃したんですよね?」

 「もちろん必死に応戦した。しかしそれは全くの逆効果に終わった。我々はあまりに無力だった」




 エデンの技術力は地球より数段上をいく。

 浮遊戦車、街一つを吹き飛ばすエネルギー砲、そして封印されていた物質崩壊弾。

 持てる限りの兵器と人員を動員した決死の戦いは、しかし敵に塩を送るだけの結果となった。

 日に日に疲弊していく軍を、あざ笑うかのように数を増やし続ける怪物は、その特性から誰かが言った『喰らうモノ』と呼ばれ始め、三か月後には最早手の付けられない状態になっていた。



 「あらゆる物質、エネルギーは奴らに吸収され、ただ奴らの成長を促すだけに終わった。その後に起こった事は言うまでもないだろう」



 喰らうモノとの戦いから一年で予備兵力も含めた戦力の五割を失った王国に最早喰らうモノを止める術はなかった。

 民を救うべく救援に向かった当時の女王(ティアーネの祖母にあたる)も喰らうモノとの交戦で行方不明となり、もはや世界の終わりは避けられないところまで迫っていた。


 だが、そんな王宮にある真偽不明の情報が寄せられた。

 「喰らうモノは『忌石きせき』を避けている」という情報に王宮は色めき立った。



 忌石、それはエデンでもっとも忌み嫌われた鉱石であった。

 その理由は内包するエネルギーにある。

 たとえ僅かな量であっても、そのエネルギーが暴走すれば凄まじい爆発を起こし多くの人々に死を撒き散らしてきた忌むべき鉱石である。


 それでも、そのエネルギーを利用しようと多くの研究者、技術者が解析に挑んだが、その結果はどれも悲惨な結末を招いた。

 いつしか忌石は口に出す事すら憚られる物となり、その研究を行う者は犯罪者同然の扱いを受けていた。


 当然、王宮内でこの禁忌の存在をどう扱うかで意見が分かれたが、結局戴冠を済ませたばかりの新王(ティアーネの父にあたる)が意見を押し切り二人の研究者が王宮に招聘された。

 


 「それが我が師と、私だった。そして我々は王家庇護の元で忌石の研究を続ける事になった」


 二人の研究は忌石が持つエネルギーを暴走させずに引き出す事を目標にしていた。

 エデン人の小さな手に納まる程度の小石であっても、大都市で消費されるあらゆるエネルギーを百年単位で賄える。

 進んだ技術を持つがゆえにエデンが抱えていたエネルギー問題を解決するための研究は人類を守る希望となり、二人は一躍時代の寵児となったのだ。



 「元から目途が立っていた忌石を暴発させず加工する技術を完成させた我々は、その研究結果を基にして王都を丸ごと囲う忌石の防壁を築いたのだ。……何万もの将兵や国民の命を時間稼ぎに利用して、だ」


 多くの犠牲を払って作り出された忌石の防壁は、見事に喰らうモノを寄せ付けず、なんとか王都は守られた。

 こうしてエデンは、八割近い土地と人口を失いながらも首の皮一枚の所で全滅を免れた。

 だが、肝心のエネルギーを引き出す方法、つまり兵器への転用は未だ目途が立たずエデンの運命は風前の灯の状態は続いていた。


 そんな中、王宮に喰らうモノに関する新たな情報が飛び込んできた。

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