第五章 3

 空中に映し出された映像の内の一つ、境山町西部の地図が食堂に集う勇者たちによく見えるように大きく表示される。


 「とりあえず市街地への浸食はギリギリ防げたが、結構な範囲は取り込まれた」


 陽太郎の言葉に合わせて、西山周辺が円状に赤く塗られていく。ただ東南方向だけは範囲が狭くなっている。


 (あそこは博物館がある辺りだ。なら、職員さんや人の好さそうな警備員さんは無事なのかな?)


 「元々ここに住んでいる人に加えて、この山はレジャースポットでもあるらしく、今日は土曜日、それに加えて天気も良いおかげで結構な人が集まっていたらしい」


 今度は赤い空の下で撮られた駐車場の映像が大きく映し出された。

 その中には数十台の車と大型のバスも十台ほど停車していた。



 「あれ、西山ってそんな人が集まる場所だったっけ?」

 「少し前にテレビでパワースポットって紹介されたらしいですよ」

 「えっ、そんなの初めて聞いたよ」

 「私も昨日知ったんですけど、なんでも恋愛にご利益のある巨石があるとか」

 「恋愛成就では厄除けにはならんかったようじゃな」


 

 「被害状況は、まぁこんなものだ」

 「質問があるっす!」


 会議が始まる直前に最前列の席に移動して熱心に話を聞いていた光邦が手を挙げ発言の許可を求めた。


 「なんだ?」

 「巻き込まれた中に幻視者がいる可能性はあるっすか!?」

 

 その質問に答えたのは今まで後ろでデータを展開していたチーフだった。


 「囚われた人数が多い以上いないとは言い切れない」

 「なら、すぐにでも出撃しないと!」

 「慌てるな。だからこそ万全の準備を整える必要がある」

 「けど……!」

 「喰らうモノから人々を守れるのは我々だけだ。だからこそ失敗は許されない。突入の準備は今もしている。この時間も決して我々は無為に過ごしている訳ではない。焦るのは分かるが今は待て」


 なおも何かを言おうとした光邦だったが、チーフの鋭い眼光と隣に座っていた同い年くらいの少年に「落ち着けって」と制止され、ひとまず引き下がった。



 「チーフ、一睨みでみっくんを黙らせちゃったよ」

 「あれで本業は研究者というから驚きじゃな」

 「ああ、だから主任チーフって呼ばれているんですか?」


 茶々とティアーネのヒソヒソ話に混ざってチーフという呼称が気になっていた優子が尋ねてみるとティアーネは首を横に振った。


 「そうではない。我らエデンの民の言葉は地球人には聞き取りにくく発音しにくいから、似たような言葉を当てはめているだけじゃ。エデンというのも英語の『楽園』という意味でなく、ただ近い音を当てはめているだけじゃ。本来は『~~』という発音をするんじゃ」


 それはなんとも不思議な響きを持つ言葉だった。

 風の音、あるいは水の流れる音、そういった環境音に近く優子の耳と脳では確かに言葉として捉えることは出来なかった。

 それに、どの辺が「エデン」という音に似ているのかは優子にはさっぱり分からなかった。


 「ちなみに我の名前も本当は『~~~』と発音するのじゃ」


 今度の言葉は聞きようによっては最初の『ティ』だけは音が似ている気がしたが、それでも優子にはよく聞き取れなかった。

 

 「よく分からないけど人によって聞こえ方が違うみたいだから深く考えない方がいいよ。茶々もさっぱり聞き取れないし。あっ、ジュースが来たよ」

 

 音もなくテーブルに近づいてきた円柱型のロボットがボディに収納していたオレンジジュースをテーブルに置いて去っていく。


 「普通にロボットが働いているんですね……」

 「エデンは機械技術が発達した世界じゃからな。もっともアレも随分昔の骨董品をリサイクルしておるのじゃがな。それより他に聞きたいことがあるのではないか?」

 

 ティアーネの指摘に優子の肩が震える。

 

 「大方、巣に取り込まれた者たち、その中にお主と同じ境遇の者がいるかもというのが気になっておるのじゃろう?」

 「はい。私は運よく先輩たちに助けてもらいましたけど、でも他の人は……」

 「別に運が良かったんじゃなくて茶々たちが……ふがっ」


 余計な事を口走ろうとした茶々をティアーネが封じる。

 今はまだ密かに監視していた事を告げる段階ではないとの判断だった。


 「それに関してはチーフが言う通りじゃ。もはや西山は敵の巣窟。考えも準備もなしで挑めばミイラ取りがミイラになってしまう。それに巣には様々なトラップも仕掛けられておる。単純に敵を蹴散らせればどうにかなるという話ではないのじゃよ」

 

 茶々たちの力を目にした優子には救助など簡単に思えたが事はそう簡単にはいかないとティアーネは諭す。

 

 「酷な言い方じゃが、もし幻視者がいたとしたら既に犠牲になっている可能性が高い。これほど大きな範囲の巣を作られた時点で我らは相手に負けているのじゃ」

 「ううん、まだだよ。まだ誰も諦めてなんかいない。茶々みたいに巣の中でも生き残れる人はいる。だから絶対に諦めたりなんかしない!」


 ティアーネの言葉を否定する茶々の力強い言葉は静かな会議室に大きく響いた。


 「ああ、その通りだ。俺たちは諦めている訳じゃあない。地球人は意外にしぶといんだ。だからこそ、俺たちは絶対に失敗しないように万全を期すんだ。まぁ、なんだ。だからお前らもおしゃべりに夢中になってないでこっちの話もちゃんと聞いておけよ?」

 『ごめんなさい!』


 立ち上がって頭を下げる茶々に倣って優子も同じく頭を下げる。


 「姫も後で私の所に来るように」

 「わ、分かったのじゃ……」


 ティアーネもチーフによる説教が確定した事でオチがついた所で食堂に笑い声が零れる。

 恥ずかしさで顔を赤くした優子が席に座って視界を前に向けると、食堂の隅、カウンター席に座っていた男の存在に気づいた。


 (あの人、あの時の……?たしか先輩が師匠って言っていた人)


 誰も寄せ付けない雰囲気を放ちながらリョウはコップに口をつけている。

 その姿は良くも悪くも和気あいあいとしているギルドの雰囲気に全くそぐわないが、それ故に周りから雰囲気が浮いていて目立つ。


 「っ!!」


 優子の視線に気づいたのか、リョウが少し振り向き、視線の元、優子をちらりを睨みつける。

 ただ見られているだけにも関わらず、あまりの威圧感に優子は固まって視線を外す事どころか呼吸すら出来なくなる。

 何か因縁を付けられるか叩き出されることも覚悟した優子だったが、リョウは興味を無くしたように視線を外しカウンターの向こうにいる沙織に何か話しかけた。


 「はぁ……」


 肺に溜まっていた空気を一気に吐き出し、新鮮な空気を肺に取り込む。

 時間にして五秒にも満たない短い時間だったにも関わらず異様に長く感じ、せっかくシャワーに入ったのにまたうっすらと汗をかいてしまっていた。

 (あの人にもお礼を言わないと)と思っていたのだが、あの威圧感を跳ね除けて話しかける勇気は持てそうにない。


 (あとで先輩に相談してみようかな)


 流石に怒られた直後に話しかけるのは躊躇われるので、心の中でメモを書きつけ保留することにし、壇上の陽太郎たちの話に集中する。


 

 「敵の擬態は主に虫、動物系、無機物系だ。今の所地球に存在するモノを基にしているようだ。特殊能力は魔術系が主で銃火器系の使用は確認できていない。とはいえ、地球上よりも安定した力を発揮できる巣の中ではこれ以外の姿、能力を使ってくる可能性は高い。それぞれ油断しないようにしてほしい」


 使用されている映像の中には優子がいた公園での戦いも映し出されていた。

 そして、チーフに促され陽太郎が前に出て、あえて気負わない口調で締めの言葉を紡ぐ。


 「さっきも話した通り、民家は少ないが行楽日和でレジャー客はかなりいるはずだ。さっき光邦が言ってくれたように、その中に幻視者がいる可能性もある。みんなも知っているとは思うが今こっちに残っている人数は少ない。だが能力的には何も問題ないと判断して午後三時に作戦を開始する!」


 約一時間後に戦いが始まると知って食堂にいる全員に緊張が走る。


 「作戦は四つのチームで遂行する。Aチームは沙織、光邦、はるか智則とものりの四人。Bチームは統也とうや、日坂姉弟にサファーナの四人。Cチームは誠とメイリルの二人。誰か飛び入りで来ればそっちに回すからそのつもりでいてくれ。Dチームは、リョウ、茶々、ティアーネ、それに竹内さんか。この四人で行ってもらう」

 「ん?」「へ?」「なんじゃと?」


 全く予想していなかった名前の登場に本人も、そのほかの二人も思わず口が開いてしまったが、そんな事はお構いなしに陽太郎は顔を引き締め最後の檄を飛ばす。


 「どれだけ人が囚われていようと関係ない。俺達は全員を救い出し、全員生きて帰る!気合を入れていくぞ!!」

 『おう!』


 呆然としている三人を除いたテーブル席に座っていた勇者たちの気合の入った返事を持って短い会議は終了し食堂は一気に騒がしくなった。




 「これでブリーフィングは終了だ。各自出撃準備を始めてほしい。必要なアイテムが欲しい者は手配するので申請するように。それから茶々、ティアーネ姫は竹内嬢を連れてギルド長の部屋へ」

 「いわれなくても!それじゃ行こう、優子ちゃん。ギルマスに何を考えてるんだってとっちめてやらないと!」

 「ちょっ、先輩、そんなに引っ張らないで~」


 忙しそうに各所に指示を出しているチーフへの返事をそこそこに自然に優子の手を取って茶々たちは喧騒に包まれた食堂を後にした。


 「ま~た面倒な事になりやがった」

 「いつもの事じゃない」


 食堂を出ていく三人を見たリョウの呟きに沙織が素っ気なく言い返す。

 だが、リョウはそれに答える事無く黙って残っていたジュースを飲み干し黙って席を立ち食堂を出ていった。

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