幕間 3

幕間 3 決戦へのプロローグ

 「逆襲か、逃げか。コイツはどっちに傾くかしらね」



 茶々たちが撤退したのを見届けてから沙織は西山の登山道の方へと走り出した。

 向かう先の空は紅く染まり、確実に世界を侵食している。


 喰らうモノの目的は地球の環境下でも生きぬき、『魔力のない世界に対応できる肉体』を手に入れる事である。

 その目的を考えれば一目散に逃げの一手を打つ事もありえなくはない。

 無理をして戦うよりも、そちらの方が目的を達するという点では遥かに有効な手段なのは間違いない。


 だが、喰らうモノはそうしない。

 それは、あらゆる世界を蹂躙してきた侵略者の矜持か、はたまた抑えきれない飢餓衝動のせいなのか。

 喰らうモノ達は、勇者たちに己の存在を示すが如く、巣という根城を作り、そこに哀れな犠牲者と挑戦者を集めたがる。


 およそ沙織には理解不能な行動だが、理解する必要もない。

 勇者と喰らうモノ。

 奪うモノと護る者の価値観が合致することなどないのだから。


 

 「まぁ、どっちにしろ逃がすつもりは毛頭ないんだけど!」


 背後から迫る二体の喰らうモノをナイフの一振りで仕留め、沙織は更に奥へ進む。

 進むほどに奇形化の激しい木々に痛々しさを感じながら右目につけたモノクル型モニターで地図を確認する。


 「まだ道は繋がっているわ。このまま前進するわよ」

 「了解だ。周囲の結界は張り終えたから手の合いた班もそっちに向けて移動をはじめさせたぞ」

 「わかったわ。さて、あとは大元を見つけられればいいんだけど」

 「流石に、そこらの道端をウロウロはしてないだろ」


 本部にいて沙織のモニターで映像を共有している陽太郎の言葉に「分かってるわよ」と返し、木の影から飛び出してきた喰らうモノに銃弾をプレゼントする。


 捜すべきは、この巣を作り出した大元の喰らうモノだ。それを仕留めぬ限りは戦いは終わらない。

 そして、その大元であるボスは大体において巣の中枢にいて様々なトラップと護衛に守られている。

 

 「で、リョウはどうしているの?」

 「あいつはいつも通り暴れ回っているぞ」

 「敵の動向を探ろうとかそんな気はないの、あの人には?」

 「あいつがそんな事かんがえるわけないだろ。ただ、全く考えなしに暴れている訳じゃないってのは沙織も分かってんだろう?」

 

 それはもちろん沙織にも分かっている。

 彼がワザと大立ち回りを演じているのは喰らうモノに圧力をかけるためだ。

 喰らうモノの占領地域が広がれば広がるほど餌が増え、結果として敵の戦力は大きくなる。

 だから、リョウは敵の先行部隊を徹敵的に叩き潰し空間侵食の範囲を狭めさせているのだろう。

 現にそれで博物館周辺は開放できたし、そこにいた数十人の人たちは命の危機にあった事なぞ知る由もなく、それぞれの生活に帰っていった。

 彼らを救ったのは間違いなくリョウの功績だろう。

 だが――。


 「そういう方針で行くのなら事前に言ってくれればいいでしょうに!」

 「口下手だからな、アイツは。それにリョウの方法が絶対に正しいって訳でもないからな。一つの戦い方に絞らず、いくつもの方法で追い詰める。リョウの狙いは多分そんな所だろう」

 「それって結局私たちをサポートに使ってるだけじゃない!」

 「いや、まぁ、そうなんだけどな。けどアイツのペースに追いつける奴なんて俺含めていないからな」


 リーダーとしての気概を何も感じさせずに笑って済ませようとする陽太郎に沙織の苛立ちを加速させる。


 (本当に古参メンバーはアイツに異様に甘いんだから!)


 勇者ギルドという組織が生まれたのは、約三年ほど前。

 それ以前から、喰らうモノと戦っていた勇者たちを指して『古参メンバー』と呼ばれている。

 陽太郎やリョウを含め十三人の古参メンバーがいるが、その誰もがリョウに対しては、よく言えば信頼している、悪く言えば甘い対応に終始している。


 (もちろん、アイツが優秀なのは認めるわ。けど物事には限度があるでしょうに!)

 

 他者を寄せ付けない鋭い眼光とぶっきらぼうな口調で誤解を受けやすいが、なんだかんだで面倒見が良い事は茶々への態度を見れば分かる。

 そして討伐、救助を問わずに高いミッション成功率を見れば、本人が主張しているような「戦えればそれでいい」から受ける戦闘狂と言ったイメージも当てはまらない。

 何より沙織自身もギルド設立直後に入った準古参メンバーとも言える長い戦歴を持っているし、その中でなんどもリョウと一緒に戦ってきたのだ。

 だからこそ、彼にもっと歩み寄りの精神があれば任務が捗るのにと思ってしまう。例えそれが無意識な甘えだったとしても。


 「あ~、また怒っているのか?」

 「当然でしょ!」

 「ああ、まぁ、お前の言う事も間違っていない。いや、むしろ正しいんだろう。けど、中には正しい事が正解とも限らない事もあるんだよ」

 「要するに、あの人は勝手にやらせておくのが正解って事!?」

 「本能で動き回る獣に無理やり首輪をつけようとしても無駄ってことさ」

 「なによ、それ。ただの言い訳じゃない!」

 「いや、違う。れっきとした経験談さ。授業料はこれ以上なく高くついたけどな」


 陽太郎のいう経験談は沙織も資料で知っていた。

 

 「それって『災厄カラミティ』事件……」


 だが、沙織が言い終わる前にヤオヨロズが一際大きな警告音を発し言葉を遮った。


 「全員、撤退開始!空間変動が始まったぞ」


 今まで一時的に侵食していた空間が本格的に喰らうモノの巣へと作り替えられ始めたのだ。

 沙織の前でも先ほどまで真っ直ぐに続いていた道の先の空間が捻じれ先行きが見通せなくなってしまった。

 

 そして、それに併せて空に先ほどよりも大きな紅い太陽が昇り始め、周囲の空気が一気に重く不快な物へと変化していくのが肌ではっきりと感じる事ができる。


 「時間切れね。他の子は?」

 「順次帰還中だ。もうすぐ空間が閉じられる。通信塔も設置し直さないといけないし仕切り直しだ。お前もすぐに戻れ」

 「了解よ。流石に一人で取り残されたくはないわ。そういえばアイツは?」

 「リョウなら囲まれていた班を救出して一緒に脱出したぞ。ちなみにお前が多分最後だぞ?」

 「はぁ?だから、そういう情報はちゃんとこっちにも回しなさいよ!」

 「いや、こっちにも今入ってきたばかりの情報だったんだよ」

 「言い訳は結構!脱出します!」


 


 「やれやれ、また怒られた」

 「沙織は生真面目だからな。お前たちの緩い雰囲気がどうにも合わないのだろう」

 「さすが『勇者ギルドのおっ母さん』って感じだな」

 「ちゃんと通信は切れているのだろうな?彼女の耳に入ったら怒られるでは済まんぞ」

 「大丈夫……。大丈夫だよな」


 チーフの言葉に不安を感じて陽太郎が機器をチェックするが、幸い通信はちゃんと切れていて失言が聞かれることは避けられていた。


 「そのうち慣れる、と思ったんだけどな」

 「慣れてきたからこそ、とも言えるだろう。特にリョウに対してハッキリと苦言を呈する事が出来るのは、あの子を含め数人しかいない貴重な人材なのは間違いない」

 「まあな。多分、さっき怒ったのもリョウがギリギリまで残るだろうから自分も残るつもりだったんだろうな」

 「それに関しては状況をキチンと報告できなかった君のミスだ」

 「それは……。ああ、そうだな、俺のミスだな。ただ俺が謝っても本人は納得しないんだろうなぁ」


結局の所、沙織が不満を抱いているのはリョウの態度なのだ。

皮肉なことにギルド内で、ある意味一番リョウのサポートが上手いのが沙織であり、ここ最近は陽太郎たちも彼女に頼っている部分が大きくなっていたのも要因の一つだろう。


 「あの二人を仲良くさせるいい方法はないもんかね?」


 陽太郎が賢人である相棒に救いを求めるが、その答えは――。


 「あれば、とっくにやっている」


 という身も蓋もない答えだった。


 「エデンでの作戦が終わった後に沙織の負担を減らす方向でスケジュールを組むというのが妥当な対処法ではないか?」

 「でも、沙織はそういう変に気を使われるのを嫌うんだよな」

 「難しい年ごろという奴だな」

 「父親みたいな事言い出したよ」

 「あとは、茶々の成長に期待といったところか」


 急に出てきた新人の名前に陽太郎が不思議そうな顔をする。


 「いわゆる緩衝材だな。リョウとも沙織とも仲が良く、リョウの考えも師弟関係を経て学んでいる。成長すればリョウのサポートもこなせるようになるだろう」

 「そんな先の事まで考えてリョウに茶々の教育係をさせてたのか?」

 「沙織ほどではないが、私もリョウに変わって欲しい、成長してほしいと考えている。そのきっかけになれば良いとは思っていたが、結果を知るにはまだ時間が掛かりそうだ」

 「まったく人の悪いおっさんだな」

 「これも年の功というやつだ」


 普段、あまり表情を変えない隻眼のエデン人がニヤリと笑う。


 「さてと、そろそろみんな帰ってきたか。少し休憩を挟んでから作戦会議を開く。アダム、連絡を頼んだ」

 「了解。現在、地球ニ居ル勇者全員ニ通達シマス」

 「さて、じゃあ俺たちは……」

 「客人のもてなしをせねばな」

 

 二人が見ているモニターでは廊下を歩く茶々と優子、ティアーネの姿が映っていた。




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