第4章 3
「ユウコ、危ないから下がっておれ」
ちょんちょんと肩を背後から叩かれ優子はハッと我に返った。
そして、少し前に恐怖感すら持っていた小さな人の肩を逆に捕まえるようにして優子は頭の中に浮かぶ質問をぶつけようとするが。
「あの、あれは、いえ、それよりあの女の子!それに……」
「待て待て待て待て、落ち着けい!」
思いつくまま、まとまりのない言葉を羅列する優子の頭を軽くチョップしてショック療法で落ち着かせることに成功する。
「ご、ごめんなさい。でも……!」
「分かっておる。とりあえず、まずは自己紹介をしておこう。我はティアーネ。勇者ギルドに所属しておる者じゃ」
「勇者……ギルド?」
「簡単にいえば、そこで暴れておる怪物退治をしておる民間団体じゃな。ちなみに外で戦っておるのは、先ほどまでお主と話しておった藤城茶々じゃ」
「やっぱりそうなんですね……」
「今はのんびり説明をしていられる状況ではないからの。あの黒い体と紅い瞳を持つ怪物は喰らうモノと我々は呼んでおる。姿はそれぞれ違うが同じ存在じゃというのは分かるじゃろう?」
その問いに優子は頷く。
確かに姿は違う、というかそもそも生物の姿ですらないモノも混じっているが、それでも見ただけでアレらが全て元を同じくする存在だと分かる。
本能的な嫌悪感とでも言えばいいのだろうか。見ただけでアレらとは決して分かり合う事も共存することもできない存在だと分かってしまう雰囲気を全ての個体が身にまとっている。
「そして、喰らうモノと戦う力を持つ者を我らは勇者と呼んでおる。あそこで戦っておる茶々のようにな」
ティアーネが喋っている間にも周りからドンドンと何かがぶつかる音や叩く音がしてそのたびに優子の体がビクッと震える。
「あの、ここは大丈夫なんですか?というかここは一体?」
「信じられんかもしれんが、ここはお主がさきほどまで居た公園じゃよ。あそこのモニュメントに見覚えがあるじゃろう?」
茶々の姿に気を取られて気付かなかったが言われて視線を転じてみれば、確かに見覚えがある物が見えた。
そして、同時に見えてしまったモノがあった。
「あ、あの、あそこに人が……」
「おるぞ。じゃが安心せい。今はただ時間を止められ動きを止められておるだけじゃ。本来ならお主もああなるはずだったのじゃぞ?いや、今はこれ以上の説明をしても仕方あるまい。続きはここを切り抜けてから、じゃな。とにかく我々は味方、あの黒いのは敵と認識できておればよい」
よいと言われても、納得できる訳ではなかったが、まわりの騒音が気になって話を聞く余裕もないのは紛れもない事実だった。
「あの、これから私はどうすればいいんでしょう?」
「うむ、まずは我に言う事を聞いて欲しい。敵の狙いは今この場で動ける者の抹殺じゃ。一人で行動すれば命はないぞ」
ティアーネの言葉は決してただの脅しではない。
幻視者の存在はそれほど喰らうモノにとっては驚異なのだ。
だが、それにしても。
(この娘、異様に落ち着いておるな。意外に肝が据わっておるのか、それとも状況に流され考える事を放棄しておるのか?)
前者なら問題はないが、後者の場合は何かの拍子で我に返った場合が危ないのだ。特に命の危機に直面した時にパニックに陥いり勝手に行動する事がある。
(ともかく注意しなければな)
茶々が頑張っているのにギルドの先輩である自分がつまらないヘマをするわけにはいかないという責任感にティアーネの身が引き締まる。
一方、優子の方はというと、自分でも不思議な程に落ち着いていた。
分からない事はまだまだたくさんあり、そういう意味では頭は混乱はしているのだが、心の方は何かようやく自分を取り戻せたような晴れやかな気分ですらあった。
(うん、そう、やっと私は取り戻せたんだ)
あのゴミ捨て場で起きた事、今はそれをはっきりと思い出せることができる。
といっても、実の所優子が思っていたほどドラマチックな出来事があった訳でもなかった。
写真を撮り、立ち去ろうとして体が重くなって倒れた後、優子は黒いモヤに覆われた紅い瞳を持つ怪物を見たのだ。
焼却炉を消してしまった怪物は、その後ゆっくりと恐怖に震える優子に近づき。
特に何をするでもなく横を通り過ぎて近くの塀を乗り越えて去ってしまっただけだった。
後に優子はこれが非常に運が良かったことだと知る。
もしこの時大声をあげていたのなら喰らうモノに幻視者だと気づかれ殺されていたかもしれないのだから。
それにもう一つ落ち着いている要因を挙げるのなら、自分の手のひらにある石の存在だろう。
ただ握っているだけなのに不思議と心が落ち着く。体の中に何か熱のような物が流れ込んでくるが決して不快ではなく、それは息をするように自然な事のように感じられるのだ。
(この石の事を聞いてみた方がいいよね?)
見覚えのない石なので、理由は分からないがティアーネが持たせてくれたのだろうと思い優子が質問を口にしようとした時だった。
ドンと下から突き上げるような衝撃でよろけた優子はベンチに倒れ込む。
「きゃっ!?」
「大丈夫か、ユウコ!?」
宙に浮いているティアーネだが異変の原因は直ぐに分かった。
なぜなら地面に大きなヒビが入り少しずつ大きくなっているからだ。
そこから導き出される喰らうモノの狙いは――。
「いかん!」
何が、と問う間もなく地面が一段と激しく揺れ、地面を割って現れた黒い塊に突き上げられかまくらが崩壊し、優子の体も高々と宙を舞った。
「きゃあああああ!?」
ティアーネが張ったバリアのお陰で衝突のダメージはなかったが突然空中に投げ出された優子の悲鳴がこだまする。
「お前の相手はこっちだっ!」
優子の視界の下で敵の群れを強引に突破して、あちこち傷を負った茶々が地面から現れた胴回り五メートルはありそうな『ミミズ』の姿をした喰らうモノに横薙ぎで振るう。
「ユウコ、こっちに来るんじゃ!」
地面に触れると優子の周りを覆っていたバリアが弾けて消え地面に体を投げ出す格好になってしまう。
衝撃的な出来事が連続で起こりすぎて今更足が震えて力が入らず、立ち上がるまでになんども地面に倒れ余所行きの服が泥まみれになるがそんな事を気にしている余裕はない。
「急ぐのじゃ!」
ティアーネが手を広げ優子の後ろから迫る人間を一飲みできそうな『大蛇』をサイコキネシスで押しとどめ援護する。
だが、優子の足が動くよりも『大蛇』がティアーネの戒めを破り口を開けて、目の前の動きを止めた獲物を一飲みにせんと迫る。
時間が止まったかのように優子には感じられた。
茶々とティアーネが何かを叫んでいるが、それは言葉ではなく、ただの音のようで何を言っているのかは分からない。
何より、優子の視線、意識は全て『大蛇』の口に集束し、他の事など考える余裕などなかった。
(あっ、これダメだ)
永遠とも思えるようなゆっくりとした時間の中で優子の頭に浮かんだ感想は恐ろしく軽い物だった。
(このままじゃ死んじゃう)
もう目と鼻の先に『大蛇』は迫っている。
何も力がない優子がそれに抗う事は――。
(力?)
それは全くの突然だった。
『力』というキーワードを頭に思い浮かべた途端に、今まで自分の中になかったはずのナニカとその使い方がごく自然に思い浮かんだ。
だから優子は、ただその通りに、息をするようにその力を開放した。
「来ないでっ!!」
石を握ったままの優子の左手が青く発光し『大蛇』の体が一瞬で氷漬けになって地面に縛り付けられ動きが封じられた。
だが、これは牽制。
優子の体はすでに次の攻撃の為に動いていた。
ただ直感に従う優子の右手に青い光が収束し武器を形作っていく。
自分の身長ほどもある長い柄の先に青い三日月型の刃を持つ大鎌。
流れるような動作で柄を両手で握りしめ。
「こっちに、来ないでって言っているでしょっ!」
氷漬けの体を揺さぶり、尚も近づこうとする『大蛇』の首が大鎌の刃に刈られ空を舞った。
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