第4章
第4章 1
夢とも現実ともつかない意識の狭間で優子は呻いていた。
(寒い……)
なぜこんなことに所にいるのか、そもそも自分の身に何が起きたのかも思い出せない。
朦朧とした意識の中、優子はただ寒さに震えることしか出来ない。
そもそも、この感覚は本当に『寒さ』なのだろうか?
時間が経つ度に自分の中の何か大切な物が失われていくような漠然とした不安が優子の心に影を差し込む。
(このままじゃ……)
いっそ全てを手放せば楽になれるかもしれない。
だが優子が選択したのは抗う事だった。
はっきりとは思い出せないが、このまま流れに身を任せ、己を失う事に強い恐怖を覚え抵抗しようとする。
しかし、何の力もない少女の意志をあざ笑うかのように冷気は黒いモヤとなって優子の四肢に鎖のように絡みつき、底の見えない闇へと優子の意識を引きずりこむ。
(……!いや、離して!)
闇が近くなるにつれ、優子が冷気の正体が『死』である事を本能的に察し手足を動かそうとするが鎖は胴体と首にも巻き付き更に強く優子の意識を優子の意識が闇に誘う。
死は恐ろしい物。
その筈なのに、それに近づくほどに心が休らんでいく。
甘美なる死。
どこかで見たフレーズが優子の頭をよぎる。
それが、誰かの罠だとは分かっているが、しかし確実に優子の抵抗は弱まっていく。
(死ぬのかな、私。嫌だな、死にたくないよ……。……あれ、は?)
全てを諦める直前、優子の光を失った目に闇を切り裂くような光が差し込んだ。
その光に浄化されるように体を縛る鎖が溶解していく。
そして優子はその光を発する存在に向けて手を伸ばす。
光はまるで同化するように優子の体に入り込み、そして……。
「死ぬな、帰ってくるのじゃ!」
ティアーネは必死に優子に呼びかける。
当初はただ意識を失っただけかと思っていた。
しかし、容体を確認しようとティアーネが優子の体を調べると生命反応が異常に弱くなっている事に気づいた。
「魔力の拒否反応を示した者を死に至らしめるトラップか!可能性はあったがそれに気づかなんだとは、我ながらなんと間抜けな!」
魔力。それは普段の地球には存在しないモノである。
存在しないが故に感知する事も出来ない。それ故に地球人の魔術に対する抵抗は極めて低い。それこそ異世界で子どもですらかからないような催眠魔術ですら恐ろしいほどの効果を発揮してしまう。
だが第六感が異常に発達した幻視者の中には『何かされた事』に気づき無意識に抵抗を試みてしまう者もいる。
無論、ろくな知識も能力もない者の抵抗などほとんどが無意味である。
だが、この状況を生み出した喰らうモノはある仕掛けを施していたのだ。
少しでも抵抗を見せた者に対し死の呪いを与える。
どこかの世界の魔術を用いたトラップで知識としてはティアーネも持っていたが実際に見るのは初めてだった。
「我に解呪は出来ん。ならば打てる手は……!」
エデン人が持っている能力は超能力であり魔術は専門外なのである。
近くに魔術を扱える者がいないし、解呪の能力をもつ勇者もいない。
だから、ティアーネは優子の意志と生命力に賭けた。
腕のコンソールに暗証キーを打ち込み、空中に直径5センチほどの白い石を出現させたティアーネはそれを優子に握らせる。
「闇を振り払い帰って来い!頼む、輝石よ、この娘を導いてやってくれ!」
ティアーネの祈りが通じたのか、それとも優子の意志が闇に勝ったのか。
輝石が光を放ち、優子の体を淡い光で覆っていく。
死人のように白くなっていた頬に血色が戻り、心臓も再び力強く鼓動を打ち始める。
「上手くいったか……」
とりあえずホッとするティアーネだが、同時に自分の行いが一人の少女を戦いに巻きこむ可能性を考えれば諸手をあげて喜ぶ心境にはなれなかった。
「いや、後悔など後回しじゃな。大丈夫か、しっかりするのじゃ!」
ティアーネの声に反応し、優子の瞳がうっすらと開いていく。
まるで機械音声のような、それでいて人間味を感じさせる可愛らしい声がすぐ近くで聞こえる。
「……ぅぅぉぉおりゃあああああ!!」
離れた場所で誰かの叫び声が聞こえる。
(あれ、私いつの間に眠って……?それに手に何か握っている?)
寝不足気味で体調は今一つだったはずなのだが、今はたっぷりと睡眠をとった後のように気分は爽やかだった。
見上げる視線の先には天井が近くに見える。
「あ、れ?私、公園に居たはず……」
「大丈夫かの?」
「…………え?」
機械音声に似た声をした方を振り向いた優子の動きと思考がピタリと停止した。
そこにいたのは、妙に金属質なてるてる坊主のような謎すぎる生物?らしき物が宙を浮いていた。
「むぅ、我の声が聞こえていないのか?まさか、後遺症で耳に影響が出ておるのか?」
「……あ、いえ、聞こえています」
心配そうにグイッと近づいてきたティアーネから反射的に優子は体を退く。
言葉は通じるし心配してくれているのも分かるのだが、それでもあまりに異質な存在を前にしては畏怖が勝るのは仕方がないことだろう。
もし、これが平時なら気絶の一つでもしていただろうが、異常事態の頻発に優子の精神はどこか達観の域に入ってしまったのかもしれない。
「おお、そうか。体はどうじゃ?どこか痛い所はないか?」
問われてベンチから立ち上がってみたが、体の痛みなどは感じない。
だが、妙に肌に何かまとわりつくような気持ち悪い感覚がある事を目の前のてるてる坊主モドキに伝える。
「ああ、それはここの空気のせいじゃな。その空気のせいで先ほど死にかけておったのじゃが、もう平気そうじゃな」
「死にかけてた?えっと、あの何がどうなって……?」
「意外にタフな娘じゃな。じゃが、その疑問はもっともじゃ。簡単に言えばお主は今怪物の巣の中におる」
「か、怪物?」
本来は一笑に付す所なのだが、心当たりがあり過ぎる優子にそれを笑い飛ばす事も呆れて無視することも出来ない。
「黒い体に血の様に紅い瞳をもつ怪物。恐らくお主も見たことがあるじゃろう。学校のゴミ捨て場でな」
「!!」
「百聞は一見に如かず、じゃったか。そこから見てみるといい。世界の真実を知る勇気があるのならば」
ティアーネが体をずらし、小さなかまくらの出入り口を指さした。
出口には薄い光の膜がかかっていたが中から外を見る分には支障はないようだ。
敵の侵入を防ぐために意図的に小さく作られた出入口に身を屈ませて恐る恐る優子は外の様子を窺った。
「てぇりゃああああああ!」
目に入ったのは不気味な程に紅く染まった空。そして生理的嫌悪感をもたらす捻じれた植物。
その光景の中で、一際目立つ存在があった。
まるでマンガやゲームのキャラのような武骨な大剣を軽々と振るう女の子がブクブクと丸く太った鼠らしき姿の怪物をサッカーボールのように蹴りとばし別の怪物の頭にクリーンヒットさせていた。
別の怪物の噛みつきをかわし、およそ切れ味など期待できそうにない石造りの剣で綺麗に襲ってきた怪物の首を刎ね飛ばし、逆から来た敵に遠心力を利用した回し蹴りを見舞う。
多数の敵を前にして、まるで踊るかのように剣と体術を駆使して大立ち回りを演じる少女の姿に優子の視線は釘付けになってしまっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます