第2章

第2章 1

 リョウとティアーネの会話から数時間後。

 午前零時を迎えた境山町の住宅街はすっかり寝静まっていた。

 その住宅街にある藤城家の屋根の上に二つの影があった。


 「いやぁ、絶景かな絶景かな」


 そういって茶々は自分の家の屋根から町を見下ろす。

 普段見慣れた風景も上から見るとまた違って見えてくる。

 ましてや普段なら寝ている深夜ともなれば尚更であった。

 それまであまり見る事のなかった夜の町を見てテンションの上がっている茶々が上機嫌に遠くに見える駅前のネオンを見て声を抑えつつ歓声をあげる。


 「茶々は毎回それをやるのぉ」

 「とりあえず言っておかないと勿体ない気がして」

 「まぁ、確かにそう悪くない風景じゃがな」


 駅前はもちろん、まだ周囲の家からも光がちらほらと漏れている。

 あの光がある場所には人がいて生活があり人生を送っている。

 茶々たちの使命は、それを理不尽に奪うモノから守ることだ。


 その使命を胸に秘め茶々たちは行動を開始しようとしていた。

 

 「いや~、なんか高いところに登るとテンションが上がっちゃって」

 「確か日本の言葉にあったのぅ。ん~、馬鹿とヤモリは高い所が好き、じゃったか?」

 「いや、それを言うのなら煙でしょ!……あれ、ヤモリでいいんだっけ?」

 「……調べたら煙じゃな。というか、茶々、お主はもう少し勉強した方がよいのではないか?」

 「ティアだって分からなかったじゃん!」

 「いや、我は異世界人じゃぞ、比べるのが間違っておる」

 「ぐぬぬ……」

 「それに今年は受験じゃろう。世界は違えど試験は大変な物だというのは共通しておる。志望校とか将来の事をちゃんと考えておるのか?」

 「ア~、キコエナイ、キコエナイ」

 「耳を塞がんとちゃんと聞かんか!全く……」

 「今はそんな事よりやらなきゃならない事があるでしょ!ほら、ティア、そろそろ行くよ」


 無理やりに会話を打ち切り、仮眠から起きたばかりの体を解すように屈伸運動をしてから、ティアーネを置いて茶々は勢いよく走り出す。

 走っている途中で胸の辺りから僅かな光が漏れ、瞳だけでなく髪の色も黒から黄へと変わっていく。


 異世界からもたらされた強大な力を秘めた石、『輝石』の力を受けた茶々が軽やかに夜空に舞い、怪盗の如く音も立てずに屋根を飛び移っていく。


 「こら、我を置いていくでない!」


 どんどん小さくなる茶々の背中を追ってティアーネも浮遊する体を前に進めて後を追いかけていく。


 こうして二人の夜回りが始まった、のだが……。




 「ふぁ~~…」


 爽やかな朝日が差し込むリビングのソファーに座っている茶々は大きなあくびをした。

 結局、夜の見周りは成果がなく三時ごろに帰宅し就寝。

 そして朝七時に起床し今に至る。


 「お姉ちゃん、昨日あんなに早く寝たのにまだ眠いの?」


 まだパジャマ姿の姉と違って既に制服に着替えている奈々が呆れ気味に言うと、茶々が閉じていた眼を開けて気だるそうに手を振る。


 「いや~、あれだよ。え~と、しゅ、しゅんみぃ~?」

 「春眠暁を覚えず?」

 「そう、それそれ~」

 「はぁ、眠いのはわかったけど、そろそろ準備しないと遅刻しちゃうよ!」


 朝食を食べ終わりソファーでだらだらしている姉を見下ろし奈々が叱るが、茶々が動く気配はない。

 こういう場面で茶々を叱る母親は仕事が忙しいらしく既に家を出ており、その役目は奈々に任されていた。


 「もう、ほら、ダラダラしてると寝ちゃうから起きなさい!」


 眉を吊り上げ茶々の手を取って無理やり立たせようとする奈々の姿は、昨日優子に見せた姿とはまるで違っていた。


 茶々や両親の前で見せるこの姿こそ本来の奈々なのだが、人見知りからくる寡黙さと人と距離をとるような仕草が、外ではなぜかクールな性格と認定されてしまい、クラスの中でちょっと浮いた存在になっていた 


 とはいえ、奈々は特に一人でいる事に苦痛を感じるタイプではないので気にしてはいないのだが、その雰囲気のせいで外に出ると高校生はおろか大学生に間違われる事が目下最大の悩みであった。


 「お姉ちゃんがそんなだから、私が年上に間違われるのよ!」

 「いやいや、その立派なおっぱいが原因でしょ……って苦しい!お腹に座らないで~!」

 「なら、さっさと起き……きゃははははは!ちょっと、脇をくすぐらないで!」

 「ふふ~ん、お姉ちゃんを甘く見るな~。奈々の弱い所なんてお見通しだ~!」

 

 八つ当たりからのじゃれ合いに変わり数分後。

 ついに奈々が音をあげて茶々が勝利した。


 「はぁ、はぁ、だ~か~ら~、こんなことをしている場合じゃないの!」

 「うん、奈々は部活のミーティングがあるんでしょ。先に行っていいよ~」

 「……!もう、知らないからね!」


 本当は久しぶりに出来れば一緒に学校に行きたいと思っていたがそれを口にするんは奈々のプライドが許さない。

 怒って会話を打ち切った奈々はテーブルに置いてあった自分のカバンを手に取り。


 「本当に私、行くからね!」

 「ん、しょうがない、茶々も準備するか~」


 じゃれ合いで少し眠気が覚めた茶々もゆっくりとソファーから体を起こすが、その動きはまるでナマケモノのようにゆっくりだ。

 

 「はぁ。まぁ、起きてくれたからもういい。それじゃ先に行くからね」

 「うん、奈々も部活頑張ってね~」


 手をヒラヒラ振ってやる気のない声援を背に奈々はリビングを出ようとして、ふと足を止めた。

 昨日、同じような事を級友に言われた事を思い出したのだ。

 それと共に、もう一つ奈々の記憶に残っていた優子の質問も。


 「ねぇ、お姉ちゃん?」

 「ん~。なに~?」

 「学校のゴミ捨て場の近くに何かあったか知ってる?」

 「ん~。ゴミ捨て場~?」

 「ううん、やっぱりいいや。それじゃ私行くから。遅刻しちゃだめだよ!」

 

 今の茶々に何を聞いても無駄と思ったのだろう、会話を切り上げて奈々が部屋から出て行った。


 「ゴミ捨て場~?焼却炉がどうしたの……って、もういないや。はふぅ、やっぱりまだ眠いや」


 そう呟きながら茶々はまたソファーに倒れこみ寝息を立て始めてしまった。




 その20分後。茶々は様子を見に来たティアーネに手荒に叩き起こされて学校へと朝から全力ダッシュをする羽目になるのであった。

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