第2章 2

 今日も心配そうな顔をして見送る母親をなんとか説得して登校した優子は窓際にある自分の席に座ってボーッと外を見ていた。

 優子の視線の先では、遅刻を免れようと必死に走る生徒たちが次々と校門に飛び込んでいる平和な日常的な光景があった。



 「あっ、やっと来た!」


 不意に聞こえた誰かの呟きに反応して優子が視線を向けると、奈々が窓に額を付けて熱心に外を見ていた。


 (誰を見ているんだろう?)


 優子が知る限り、奈々が気遣う相手はクラスにはいない。

 ちょっとした好奇心から奈々の視線を追って行く。


 (あっ、あの子かな)


 目についたのは、一際小柄な女生徒だ。


 (うわ、スゴイ足が速い!)


 同じように走っている生徒をごぼう抜きして校門に駆け込んだ姿に優子は感嘆してしまう。

 校門を越えて力尽き歩いている生徒たちを、そのままの勢いで追い抜いていき、その姿は校舎の陰に隠れて見えなくなった。


 (あの人、確か藤城さんのお姉さんだ。ふふっ、藤城さん、お姉さんの心配をしていたんだ)


 視線を前に戻すと、窓から頭を離した奈々と目が合った。

 すると自分のさっきまでの行動が恥ずかしかったのか奈々は少し頬を紅く染めて優子に「おはようございます」と言い優子も同じ言葉を返した。


 (藤城さんって、思っていたよりクールな人じゃないのかも)


 好感を持っている相手の意外な一面を見て優子の口元が自然に緩んだ。



 だが、そこから優子が会話を続けようとした時にチャイムが鳴り担任が教室に入ってきた。


 「お~い、竹内、号令頼むぞ~」

 「あ、はい!」


 担任に促され優子の号令が教室に響き、いつもの学校生活が始まった。


 


 (どうしたらいいのかな……?)


 授業の間も、失った記憶とゴミ捨て場の写真の事を考えてしまい優子は全く授業に集中できなかった。

 しかし、いくら考えてみても、この自分の身に起こった謎を解明する手段は思い浮かばず、優子は悶々とした気持ちを抱えながら昼休みを教室で過ごしていた。


 情報を集めようにも、『誰に』『何を』聞けばいいか分からない上に、『優子の現在の状況』を周囲に悟られないように誤魔化す必要もある。


 (無理無理無理!ああ、どうしたらいいの!?)


 段々追い詰められて思考が狭まっていく中、「竹内さん」と名前を呼ばれ優子は視線を上げた。

 そこに居たのは昨日と同じ心配そうな顔をした奈々だった。


 「先生がちょっと職員室に来てくれって言ってましたけど……。顔色が悪いけど大丈夫ですか?」

 「あっ、大丈夫です。あはは、ちょっと寝不足なだけですから」


 また、あの不気味な夢を見らればと期待半分、恐怖半分でベッドに入ったのだが変に緊張してしまい、なかなか寝付けず朝を迎えてしまったのだ。


 「気分が優れないなら無理しない方がいいですよ。先生の所へ行くの代わりましょうか?それとも保健室に……」

 「あっ、大丈夫です!えっと職員室ですよね。ちょっと行ってきます」

 「あの差し出がましいかもしれませんけど。この学校の事なら先生方に聞いたら何か分かるんじゃないでしょうか?」

 「え?」

 「あっ、ごめんなさい。昨日の質問の事です。先生方なら答えられるんじゃないかなって思ったんです。余計な事でしたか?」

 「……!ううん、そんな事ないです、ありがとう、藤城さん!」


 久しぶりに無理をしていない自然な笑みで優子がお礼を言うと、密かに質問に答えらなかった事を気にしていた奈々も微笑を返して自分の席に戻っていった。


 (ゴミ捨て場に何かなかったかを聞くんじゃなくて、学校の歴史を知りたいとか昔の写真を見たいとか理由をつければ……。うん、いけそうな気がしてきた!)


 まだやれそうな事は残っている。そう思えるだけでこんなにも気持ちが軽くなることに驚きながら優子は職員室に向かった。

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