第1章 2
「はいはい、どなたですか~?」
「お姉ちゃん、いる……きゃっ!」
茶々がドアをスライドさせ外に顔を出した途端、視界が闇に包まれ、柔らかい感触に顔が包まれた。
「おお、いい感触!」
「ちょっ、顔を擦り付けないで!もう、いい加減にして!」
怒った声と共に肩を掴まれ心地よい感触から無理やり引き剥がされてしまった茶々は、自分より頭一つ背が高い少女の顔を見上げニッと笑う。
「いいじゃん、久しぶりにお姉ちゃんを甘えさせてくれたって~」
「普通は姉が妹を甘えさせるものでしょ!」
「おお、奈々は甘えたかったのか~。いいよ、おいで~」
「や・か・ま・し・い!」
両腕を広げ自分の薄い胸を張って迎え入れるポーズをとる茶々の頭に、妹である奈々のチョップが炸裂する。もちろん手加減しているので大して痛くはない。
「むう、奈々は素直じゃないな~。昔はもっと素直に甘えてくれたのに~」
「記憶を捏造しない!いっつも私に引っ付いてきたのはお姉ちゃんでしょ」
「でも、奈々も喜んでたじゃん。それなのに背と胸が大きくなってからは冷たくなってお姉ちゃん寂しいよ……」
「人の胸をおもちゃみたいに揉みしだくお姉ちゃんが悪いんでしょ!」
「ええ~、姉妹だからいいじゃん」
「お姉ちゃん、親しき中にも礼儀ありって言葉知ってる?」
「もちろん知っているよ!だからこうして胸に触ってもいいってお伺いをたてて……」
「全っ然分かってないじゃないの!」
開いたドアをそのままに茶々と奈々、一歳違いの姉妹のじゃれ合いを、自らの超能力で姿を消したティアーネは微笑ましく眺めていた。
事ある毎に姉であることをアピールする茶々だが、傍から見れば誰もが奈々の方を姉と思うだろう。それぐらいにこの姉妹の容姿は逆転している。
よく見れば顔立ちこそ似ている部分があれど、身長147センチしかない茶々に比べ奈々の方は160センチと高く完全に妹が姉を見下ろす格好になっている。
スタイルも既に女性らしい体つきの奈々に対して茶々の方は悲しいくらいに幼児体型である。
性格も元気だが落ち着きのない茶々と、大人しく落ち着いている奈々とを比べると、やはり奈々の方が姉と見られるのも致し方ないところではある。
とはいえ、ティアーネが見る所では、姉という事をアピールする割には茶々の方は自分の子どもっぽい所は全く気にしてはいないし妹と間違えられる事も本気で気にしている訳ではない。
一方の奈々の方はスタイルや雰囲気で実年齢より上に見られることに色々思う所があるようだ。
特に、自分が姉に間違われる事を『大人びている』というよりも『老けている』と捉えているフシがある。
だから事あるごとに、肉体的には無理でもせめて精神的に茶々に『大人になる事』を求めているのだろうが、残念ながら奈々の想いは茶々には届いてはおらず、完全に馬の耳に念仏であった。
「だから、そうじゃない……って、そんなことはどうでもいいの!それより誰かと話していなかった?」
ティアーネが物思いにふけっている間にも続いていたじゃれ合いを止めて奈々が茶々の頭越しに倉庫内を見渡すが、特殊な能力がない奈々にはティアーネの姿を見つける事は出来なかった。
「体育館の中の声と間違えたんじゃないの?」
「そうなのかな~?」
納得がいかなそうな奈々だったが現に倉庫内には誰もいないのだから納得するしかなく言葉を飲み込む。
「さてと、そろそろここは閉めるから外に出ようか?」
「あ、ちょっと手を引っ張らないでよ、お姉ちゃん」
キチンと消灯してから姉妹と、その後にこっそりとティアーネが外に出る。
倉庫の周りは相変わらず人気がないが、裏にある体育館からは元気のいい声とバスケットボールのダンダンッと床にぶつかる音が聞こえてくる。
「それでどうしたの、わざわざ学校で会いに来るなんて珍しい」
「お姉ちゃん、朝にママが呼んでいるのを気づかないで家を出て行ったでしょ。だから私がママに頼まれたの」
そういって奈々は茶々が忘れていった家の鍵を茶々に手渡した。
「今日パパもママも帰りが遅くなるって。だから夕飯は自分で用意してね」
「ありゃ、勝手にかぁ」
「あ、でもご飯は今朝のお弁当の残りがあるから、買うならおかずだけにしてね。お金はリビングのいつもの所にあるから」
「奈々の分は買っておく?」
「うん、お姉ちゃんと同じものでいいからお願い。ああ、だからって訳の分からない物は買わないでね。普通のでいいからね」
「だ、大丈夫だよ!もうあの激辛唐揚げは買わないから!」
「うん、そうだね。私が辛いの苦手なの知っているのに黙って食べさせたの、一生忘れないからね?」
「その節は本当に申し訳ないことを……」
「じゃあ、頼んだからね。私は部活があるから帰りは6時くらいになると思うから」
「うん、分かった。また後でね~」
奈々を見送ると茶々は倉庫のドアを閉め、鍵をかけた。
「あとはここの鍵を職員室に返さないとね。ねぇ、ティア?」
「分かっておる。まずは一度家に帰り準備を整え、帰りにどこかで夕飯を買えばよかろう。帰る時間も少々早めにして奈々に心配をかけないようにしなければな」
ティアーネの小声が終わると同時にヤオヨロズに新しいルートが送られてきた。
「流石、仕事が早い!にしても夕飯どうしようかな~」
「……喰らうモノを見つけるという任務を忘れてはおらぬじゃろうな?」
「それは憶えているよ!でも、夕飯も大事なの、食べ盛りなの!」
「こら、あまり大声を出すでない。ほれ、早く職員室に行ってこい。我は校門で待ってるでな」
「は~い。じゃ、また後でね~」
茶々が小走りで校舎へと駆けていくのを見送った後、ティアーネもフワフワと宙を浮きながら校門へと向かっていく。
だが、彼女たちはまだ知らなかった。
自分たちのすぐ近くに異変が既に起こっていた事を。
ちょうど二人が別れたのと同じ頃。
茶々たちがいた園芸委員用倉庫の直線状にある堺山中学校のごみ捨て場に思いつめた表情の女生徒がいた事を。
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