第36話 春模様

翼希は言った。

紅いローブの少女の名前は、<紅き黄昏>カーマイン・サンセットと。

しかし私は、そのような名前の同族は知らない。


この世界では。

もうこの世の中には。

私のような願いを叶える"魔法使い"は存在しないのだから。


かの英雄王が全て殺しつくしてしまったのだから。

<黒の雪>ブラック・スノーも英雄王の手により処刑されてしまった。

願いを叶える"魔法使い"は全て殺しつくされてしまった。

この私を除いては。


<紅き黄昏>カーマイン・サンセットとは何者なのか。

私には知る由もなかった。


―――


「あなたは、何を考えているの」



私は<紅き黄昏>カーマイン・サンセットにそう問いかける。



「私はね、私の願いを叶えたいの。その為には、<小さな星>リトル・スターの力が必要なの。わかる?」



言いながら、<紅き黄昏>カーマイン・サンセット気味の悪い笑みを浮かべる。

そして私に手をかざすと。



<小さな星>リトル・スターにはもう願いを叶えさせない」



私は強く断言する。

そうだ。

もう<小さな星>リトル・スターに願いなんて叶えさせちゃいけないんだ。

<小さな星>リトル・スターにもう<罪>を背負わせちゃいけない。



「私の邪魔をするというのかな、翼希?」



私の事を冷たい視線で一瞥すると。

<紅き黄昏>カーマイン・サンセットは私に向けて片手を向ける。



「世界にはびこりし闇の一片よ。我が力となり我が敵を貫け」



そう何か呪文のような言葉を口にすると、私の体を黒い何かが貫いた。

私は薄れゆく意識の中で。

私は……。

<紅き黄昏>カーマイン・サンセットが、私に向かって手を伸ばす<小さな星>リトル・スターを連れ去っていくのを見つめていることしかできなかった。


―――


夢……。

夢を見ていた。

少女には二人の幼馴染がいた。

一人の少女と一人の少年。

少女にとっては二人とも大切な親友だった。

けれど。

少女は変わってしまった。

願いを叶える"魔法使い"になれなかったことで。

その少女は深く絶望してしまった。


少女は願った。

人々の願いを叶えられる"魔法使い"になれますようにと。

けれど、どんなに願っても。

どれほどの犠牲を払っても。

叶えることができなかった。


だから、少女は利用することにした。

少女の親友の力を。

稀代の天才"魔法使い"と呼ばれる、その少女の力を。

だから。


少女は滅ぼした。

その"魔法使い"の村を。

自分が願いを叶える"魔法使い"になるために。



目を覚ますとそこはニクス達の部屋だった。

何か、夢を見ていた気がする……。

何の夢だかよく分からなかったけれども。



「あ、気が付いた。大丈夫?翼希?」



私の目の前には心配そうな顔をした、ソリスの姿があった。



「なんか屋敷で凄い音したから、二人で見に行ったら血だらけだった翼希と、そっちのがきんちょが倒れてたんだよ」



私は体を起こして、周囲を見回すともう一つのベッドでは少年が昏々と眠り続けていた。

そして、黒い何かで貫かれた場所を触ってみる。

何ともない。

服には穴が開いているし、なんかどっぷり血に染まっているけれども。

けれど、ソリスの話によると私の体の傷はいつの間にか消え去っていたらしい。

便利だね、天使の体って。

自動回復能力なんてものがあるなんて。

これで、鉄壁の防御ができれば完璧なんだけどなぁ……。

<紅き黄昏>カーマイン・サンセットに問答無用で攻撃されるとは思わなかったし。

ただの人間だった私には対処のしようが無い。


はぁ……さてさて……。

これからどうしたものかな。

そんな事を一人無言で考えていると。



「そんな考え込んでても、しょうがないんじゃない」



ソリスが私の両の頬っぺたを引っ張りながら笑いかけてくる。

いひゃい。

いひゃいから。



「翼希は天使様なんだからさ。もっと気楽に生きて行けばいいと思うよ」



気楽に……かぁ……。

そう生きていければ、良いんだけどなぁ。

でもそう生きていくわけにもいかないんだよねぇ……。



「……この世界はこの先、どうなっちゃうんだろうね……」



ニクスが少年の看病をしながらそう告げる。

冬に閉ざされた世界に春が訪れて……。

雪が、解けていく。

人々を疲れさせていた雪が解けていく……。

氷に閉ざされた世界が解けていく……。

それはつまり。

再び戦争が始まってしまうかもしれないという事で。



「まぁ……それこそ考えててもしょうがないんじゃない。戦争が起こったら、その時はその時だし」


「……それもそうね。私達にはこの家とお金があるのだしね」



そう言って二人は笑いあっていた。

笑いあう二人の姿を見つめながら、私は胸の奥が少し暖かくなるのを感じる。


この冬に閉ざされた世界に春が来て。

この世界は、この先どうなっていくのか分からないけれども。

それでも、この二人は笑い合って生きていく。

だから、この二人なら、この先も大丈夫だ。

そう思えた。

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