第14話 "深淵よりも、なお深きモノ"
「……静空?何やってるの?」
に
羽衣は燃え広がる静空の家の前、力なく佇む静空に声をかける。
「私は、思い知ったんだ。私は"魔法使い"失格だったんだって」
そういう静空の顔は絶望の色に染められていて。
「"魔法使い"失格かもしれないけど、静空にしかできないことも有るかもしれないじゃない」
「あはははは。何その私に出来る事って。私に出来る事なんて、魔導を外れた事ばかり。そんなの私の憧れた"魔法使い"なんかじゃないの」
伏し目がちに悲しそうな顔をして静空は語る。
「……。とりあえずお家直そ、静空」
羽衣は静空を慰めるように、諫めるように優しく言葉をかける。
「羽衣……何言ってるの。これは始まりなんだよ。私はおばあちゃんを手にかけた。もう戻れない。"魔法使い"の世界はもう終わりにしよう」
静空が何を言っているのか分からなかった。
これははじまり?
"魔法使い"の世界を終わらせる?
その意味が分からなかった。
「時空干渉"魔法"……ほんとに楽しい"魔法"だね。世界の理(ことわり)を変異できる。あらゆる理(ことわり)をぐちゃぐちゃにできる。私はそれが楽しかったんだ」
「それはおかしいだろう。そんなことして何になるってんだよ」
それまで黙って聞いていた結詩が声を上げる。
「あなたみたいな落ちこぼれには分からないよ。異界に触れる楽しみが。異界に干渉する優越感。すごく楽しいものだったよ」
「そんなもんわかってたまるかよ!」
「そう。じゃあ、結詩。あなた死んで良いよ」
静空はそう冷酷に告げると聞いた事がない詠唱を唱える。
「世界にはびこりし闇の一片よ。我が力となり我が敵を貫け」
その言葉に羽衣は何か危険な香りを感じ、羽衣は結詩の前に立ち深淵の力を行使する。
「我が前に深淵を作れり。その深淵をもって万物をも拒絶せよっ!!!」
羽衣達の前に深淵のバリアが張られ、静空から放たれた漆黒の矢は全て防がれるはずだった。
深淵のバリアは如何なる事象も弾き返すはずだった。
しかし、静空から放たれた漆黒の矢は深淵のバリアをいとも簡単に突き破り羽衣達を襲う。
駄目だっ、防ぎきれない。
そう思った瞬間、羽衣に覆いかぶさるように、結詩が羽衣を庇っていた。
「……ぐっ……」
「…ゆ……う……た……?」
倒れ込んだ結詩の体を、羽衣は慌てて抱き上げる。
結詩の体は血だらけで。
羽衣の手は結詩の真っ赤な血の色に染まる。
……もう癒しの"魔法"の効果が効く範囲を超えている……。
……結詩はもう……助からない。
「結詩っ!!なんで羽衣なんか庇うのよっ!!!」
「……好きな奴、守って……悪いかよ……」
は……?
結詩が羽衣の事を好き?
この期に及んで、そんなこと言われるなんて……。
なんで、なんで、なんでっ。
もっと。
もっと早く言ってくれても良いじゃないっ!!!
「結詩の馬鹿……」
「ああ、馬鹿野郎だよ……俺は……。ま……お前を守れて……充分満足な人生だったよ……」
そう言って結詩の体から力が抜ける。
羽衣は結詩の体を地面に横たえ、うすら笑いを浮かべる静空を見つめる。
「なんでっ!なんでっ!こんな事するのっ!!!」
「私が願いを叶える"魔法使い"じゃないからだよ。これからは新しい"魔法使い"の時代。私が世界の理(ことわり)を作っていく」
「新しい"魔法使い"の時代?」
「"魔法使い"は好き勝手に"魔法"を使って世界を治める時代が来るんだよ」
そんなめちゃくちゃな道理が通るわけないっ。
そんなの"魔法使い"じゃないっ。
"魔法使い"は人々の願いを叶えてこその"魔法使い"だ!
静空を止めなくちゃいけない。
何が何でも。
「羽衣は静空の事を意地でも止める。どんなことをしてでも」
羽衣の言葉を聞いて静空がクスリと微笑む。
「私は新しい力を手に入れたんだよ。深淵なんかよりもなお深きモノ。それは……闇」
言いながら静空は詠唱を始める。
「深淵よりもなお深きモノ。その力、万物を貫く者なり」
羽衣はその言葉を聞いて深淵"魔法"を多重掛けする。
「我が前に深淵を作れり。その深淵は更に深き存在なり。その深き深淵をもって万物をも拒絶せよっ!!!」
静空の放った矢と羽衣の放ったバリアの壁が拮抗し、同時に消滅する。
「あははは。さすが稀代の天才児。付け焼刃の闇じゃ破れないか」
「……そんなこと、諦めようよ。静空。"魔法使い"じゃなくても良いじゃない。この村でのんびり暮らそう?」
羽衣の問いかけに静空は反論するように言葉を紡ぐ。
「"魔法使い"は人々の奉仕者であれ。それは義務なんかじゃない。そうすることしかできないからだよ」
そう。
"魔法使い"は奉仕者だ。
それは義務でもなく運命に定められたこと。
羽衣は黙って静空の言葉に耳を傾ける。
「じゃあこれは知ってる?」
クスクスと含み笑いを漏らしながら静空は告げる。
「"魔法使い"は"魔法使い"の願いは叶えることができない。私も、あなたも。"魔法使い"の願いは叶えられない」
え……。
つまり……誰かが結詩を生き返らせたいと願っても。
誰も結詩を生き返らせることはできない……。
羽衣の体から血の気が引いていくのが分かる。
「そんな"魔法"は存在しない。叶えようとした瞬間に、理(ことわり)は崩壊する」
「そんな理屈、羽衣がこの深淵"魔法"で壊して見せるっ!!!」
「無理だよ、羽衣。深淵"魔法"にはそんな力なんてないんだから……」
無理じゃない。
絶対に無理じゃない。
羽衣は願う。
結詩とは絶対に再会できる。
絶対に、絶対に再会できる。
その言葉を胸に羽衣は深淵"魔法"を行使する。
「我が身に宿る深淵よ、我が願いを叶えたまえ、そして我が願いを実現したまえっ!!」
けれどその言葉は虚しく響くだけで。
「じゃあね、羽衣。いつの日にかまた会いましょう」
業火に包まれていく森の中。
静空は笑いながら去って行った。
そして響く悲鳴と森に広がっていく業火。
私はただ結詩の体を抱きしめていることしかできなかった。
「……羽衣が、天使だったら良いのにね」
羽衣は、願った。
一つの願いを。
羽衣が、もしも天使だったら。
そうすれば……そうすれば結詩も。
静空ともきっと笑いあった毎日が戻ってくると思ったから。
羽衣は天使になりたかった。
そうすれば……きっと……。
羽衣はどんな願いも叶えることができたかもしれない。
どくん。
心の臓が脈打った。
どくん、どくん。
脈打つ鼓動が止まらない。
そして、羽衣の周りには羽衣から染み出した深淵が広がっていく。
深淵が羽衣を侵食していく。
羽衣の願いを叶える為に。
羽衣の想いに応えるように。
羽衣は深淵に取り込まれていく。
やがて……。
羽衣の意識は、そこで深淵の中へと沈んでいった。
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