第13話 "契約"

血の海が広がっていた。

赤い赤い真っ赤な夕日のような赤い血だまりが。

スポットライトを浴びたように男の子を中心に広がっていた。

あれは、誰だろう?

羽衣は……あの男の子を知らない。

羽衣の知らない風景。

羽衣が知らない世界。

ここは……この世界はどこだろう?


羽衣は体を動かそうとするけど動くことができなくて。

動かそうとする羽衣の体は、ボロボロで。

……羽衣は……羽衣は……?



「はぁ……はぁ……はぁ……」



手を伸ばそうとして。

あれが夢だったと気が付いた。

ベッドの上でカラカラになった喉の奥から、息を一息つく。

いつもと違う夢だった。

いつもと違う風景だった。

羽衣の知らない世界の夢。

羽衣の知らない人の夢。

こんな事を夢に見るなんて。


普通ならただの夢だと一笑に伏すところだろう。

けれど羽衣は"魔法使い"だ。

"魔法使い"の夢には何か意味がある。

だから、この夢にも、最近見ている嫌な夢にも何か意味がある。

そう思う。

それが一体何なのか。

それは全然分からないけれど。

とても……とても嫌な予感がした。


―――


「嫌な夢を見る?」



とりあえず、今朝見た夢をばっちゃに相談してみた。



「んー……羽衣は人一倍魔力が強いからねぇ……。そういう夢を見ることも有るっちゃ有るのかもしれないねぇ」


「そういう夢って言ってもさぁ……。とっても嫌な感じなんだよ、ばっちゃ」


「まぁあんまり気にしなさんな。夢は夢。現実は現実さね。とりあえずあんたは時空干渉だけはやっちゃあいけないよ」


「……む……なんでさ?ばっちゃ」


「あんたの時空干渉は強すぎる。それだけさ……」



言いながら羽衣をばっちゃは幼子をあやす様に撫でまわす。

むー……そうやってばっちゃはいつも羽衣を子供扱いするー……。

まぁいいか。

気分を切り替えて行こうかな。

今日はとても大切な日なのだから。

今日は『願いを叶える"魔法"』を契約する日なのだから。



『願いを叶える"魔法"』。

『"魔法使い"は人々の奉仕者だ』というのはココにある。

"魔法使い"は人々の願いを叶える。

その為だけに存在している。

その為だけに生かされていると言っても良い。

静空のようにアホみたいに、バカスカ環境破壊しまくるのが"魔法使い"という訳ではないのだ。

大半の"魔法使い"は一生懸命、人々の願いを叶えて回っているのだ。

ここ最近の環境破壊の悪化は決して"魔法使い"のせいではない……そのはず、だと思う。



「とりあえず、羽衣。今日は大切な日なんだから、しっかりしてきな」


「はーい」



羽衣はばっちゃの朝食を頬張りながら元気にそう答えた。


―――


そして午後の授業。

『願いを叶える"魔法"』の契約が始まった。

『願いを叶える"魔法"』は基本的にどんな"魔法使い"でも使うことができる。

ただしその人の願いを叶える事ができるかできないかは、その"魔法使い"の魔力量による。

つまりは魔力が少ない結詩は叶える事ができる願いは限られるし、羽衣みたいに人一倍魔力がある天才には叶えられない願いはないという事になる。

天才の羽衣ちゃんはこの世界では引っ張りだこっていう訳だ。

いやー、天才は人気者で困るね、本当に。


契約の儀式はつつがなく進行した。

そしてそこで事件は起こった。

ただ一人、『願いを叶える"魔法"』を契約できない生徒が一人いたのだ。

それは、この学園の落ちこぼれの結詩でもなく。

羽衣の次に天才と呼ばれる静空、その人だった。

契約ができなかった時、静空は全てに絶望したような顔だった。

それもそうだ。

落ちこぼれの結詩ですら契約できた"魔法"を、自分は行使することすらできないのだから。

そして、『願いを叶える"魔法"』を使えないということはつまり……。

"魔法使い"として、静空は失格だという烙印を押されたに等しい事なのだ。


羽衣と結詩は、静空を励ましたけれど。

静空はずっと泣き止むことはなくて……。

その日以来。

静空が学園に姿を現すことはなかった。



あれから何度か静空の家にも行ったけど静空のばっちゃんの話だと部屋からも出て来ないらしい。

静空の家からの帰り道。



「はー……どうしたもんかね」


「んー……どうしようもないよねぇ」



静空が部屋から出てこない事には話のしようも無いのだし。



「でもさー、なんで結詩が契約できて、静空は契約できなかったんだろうね」


「さぁなぁ……。でも俺も契約できたとはいうけど、俺の叶える事ができる願いなんて微々たるものだぞ?」


「まぁ……そうだね……。結詩、魔力が絶対的に少ないからね」



言いながら羽衣は口元を抑えニシシと微笑む。



「たぶん結詩が叶えられる願いなんて、明日の天気が晴れますようにとか、そんなとこだと思うよ」


「ぐぬぬぬ……。正論すぎて言い返すことができねえ……」



そんな馬鹿な世間話をしながら、夕日を背に羽衣と結詩は笑いながら帰路を歩いていた。

その時だ。

羽衣達の背後から爆音が響いた。

村中につんざくような爆音が響き渡った。

その音に村の皆がガヤガヤと集まってくる。

そして二度目の爆音。

今度は夕焼けに染まる空を更に赤く染めるような赤い業火の火の手が上がる。


羽衣と結詩は慌てて静空の家へと駆け戻る。

そこには。

暗い闇を纏った静空の姿が。

燃え盛る炎を背景に佇んでいた。

赤く赤く燃え盛る炎の中、どす黒い闇を纏った静空の姿。

それは。

私が見る夢の闇の光景にとても酷似していた。

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