第4話 運命

夢を見ていた気がする

長い長い夢を見ていた気がする。

俺が翼希を庇って、死んでしまって。

翼希はそれを責任に感じて。

翼希がただ、無意味に生を過ごす夢。


夢の中で俺は何度も、翼希に手を差し伸べようとしたけれど。

でも、その手は届くことはなくて。

翼希はただただ虚しい日々を送る。

そんな夢を見ていた気がする。


目を覚ますと俺は真っ白な病院のベッドの上に寝ていた。

話によると俺は数週間病院のベッドの上で延々と眠り続けていたらしい。

おかげで体中の筋力は無くなってしまい、自分でまともに歩く事すらできない。

やれやれだなと思いながらもリハビリを受ける毎日。

そういや、翼希のやつは無事だったんだろうか。

俺が突き飛ばしたから、はねられたのは俺だけで済んだはずだったと思うのだけれど。


看護師さんに話を聞いてもそんな女の子は存在しないの一点張り。

何かの冗談かと思い、電話をかけても、あのやかましい幼馴染はでることはなく。

流石に何かおかしいと思い、クラスメイトだったしおりを呼び出して聞いてみる。



「翼希?誰それ?」


「お前の親友で部活のマネージャー仲間だよ」


「は?マネージャーは私一人じゃない」



俺の言葉に訝し気にしおりは答える。



「……マジか」



さすがにこれは何かがおかしい。

体もまともに動くようになったころ、フラフラの体に鞭打って俺は翼希の家に行ってみた。

けれどもそこは全然違う人物が住んでいて。

この世界で翼希の事を覚えているのは俺だけだという事に愕然とした。


そして体の調子も大分よくなった頃。

あいつが好きだった青い空を病院の屋上から見上げながら。

ぼんやりと二人でとった携帯の写メを見つめていた。

あいつがいなくなってしまったというのが未だに信じられなかった。

この写真のなかで、こんなにも満面の笑みを浮かべているというのに。


この少女の事を俺以外の誰一人覚えていない。

その事実が。

その現実が。

俺の胸に茨の様に突き刺さる。



「翼希……」



真っ青な空を見つめながら俺はぼんやりとこの世界から忽然と消え去ってしまった少女の名前を口にする。



「……呼んだ?」



軽い声が。


聞きなれた声がどこからか聞こえてくる。



「翼希、どこだ?翼希!!」


「ここ。私はここだよ、歩」



声がした方を見上げるとそこには真っ白な羽を生やした翼希が空に浮いていた。



「……なんだよ、それ」


「うーん……よくわかんない。でも、羽、だね」



言いながら翼希は白い羽を自分で触りながら、にははと微笑む。



「とりあえず、久しぶり、歩」


「……ああ、久しぶりだ」


「うん。元気そうでよかった。これで、私も安心かな」



翼希はそう微笑むと俺のすぐ傍に降り立つ。



「なぁ翼希、これってどういうことなんだ?」



率直に疑問をぶつける。



「……」



けれど問いかけた疑問の答えは返ってくることはなくて。



「ねぇ歩。私達の運命って生まれた時から決まってたのかな?」



背を向け歩きながら、代わりにそんな疑問を問いかけてくる。



「生まれた瞬間、運命の決まるやつもいるだろ。それこそ言葉通り、運で……」



俺が車にはねられるのもそれこそ運が悪かったからだ。

そう運が悪かった、それだけだ。



「……生まれは選べないからね」



そう言いながら、翼希はあはははと苦笑いする。



「もしも運命を変えられるとしたら、どうする?」


「運命は変えられないから、運命なんだよ……」



そう。

運命は変えられない。

変えることなんてできるはずはないのだ。



「でもね、私は、歩の運命を変えちゃったんだ」



翼希は振り返り涙を浮かべながらそう呟く。



「だから、私、行かなきゃ」


「……行くって、何処に」



俺は翼希の涙の意味を分かっていた。

もう俺とコイツは、一緒に居れないのだと。

分かっていても、そう問いかけずにはいられなかった。



「空の上、かな……」


「……」



何も言葉が出てこない。

何かを言いたいはずなのに。

コイツを引き留めたいはずなのに。



「私はさ、歩の事、ずっと見守ってるから……。母やしおりの事もだけど」



言いながら翼希は羽をはためかせ空中へと舞い上がっていく。

俺は慌てて、翼希に向かって手を伸ばす。


行くな。行くな。行くなっ!!!


そう言葉にしたいのに。

言葉は声にならなくて。

伸ばした手は空に舞い上がる少女には届かなくて。



「じゃあね、歩」



翼希は羽を一際大きく羽ばたかせて、青い空の彼方へと飛び去って行った。

残ったのは翼希の残した白い大きな羽根が一枚。



「……馬鹿……野郎……」



俺はただ、そう呟くことしかできなかった。


あいつは俺の運命を変えたと言った。

それはいったいどういう意味なのか……。


……それから。

俺はただその答えを求めるために生きている。

翼希のその言葉の意味を問いかけて生きていた。

翼希のその言葉の意味だけを知るために人生をすごしていた。

そのためだけに生きていた。


俺がいつもの様に空を見上げながら翼希の写真を見ている時のことだった。

クラスメイトだったしおりから変な話を聞いた。



「町はずれの屋敷に何でも願い事を叶えてくれる人が居るんだって」


「どんな願いもか?」


「らしいよ。私の友達の友達の友達が宝くじ当てたとかなんとか」



苦笑しながらしおりは俺に告げる。



「……それ、騙されてるんじゃないのか?」


「まぁそうかもね。友達の友達の友達の話だし」



しおりと会話をしたその日の夜。

俺は今、町はずれの一軒家へとやって来ていた。

もう日も暮れているというのに明かりもついていない屋敷の前に。

なんだ、やっぱりまゆつばか……。

そう思って帰ろうと思い振り向くとそこにはかわいらしい少女がいた。



「私の家に何か用……?」



私の家……っていう事はこの屋敷の住人ってことか?



「ちょっと変な話を聞いたからな……」



そう俺が口を濁すと、少女はフフリと微笑みながらこう続ける。



「……あなた、願い事があってここに来たんでしょう?……いいよ、あなたの願い叶えてあげる」



少女は憂いを湛えた瞳を俺に向けながらそう呟いた。



―――


夢を見ていた。

青い空を、白い羽ではばたいている夢。

私はそこから、歩や母やしおりの姿をぼんやりと見つめていた。


何年も。

何年も。


そんなある日のことだ。

歩は町はずれの屋敷で空の上の私を取り戻すために<小さな星>リトル・スターに願いを伝える。

歩の一番叶えたい<夢>を代償に。

私と一緒に生きていたいという<夢>を代償に。


やめて、と私は声を上げるけれど、その声は届かなくて。

届くはずもなくて。


やがて、私の体は光に包まれていた。


ふと目を覚ますと私は白い天井を見つめていた。

目からは溢れるように涙が流れていた。

なんで……。

なんで……歩は、いつもそんな選択をするかなぁ……。

私は溢れ出る涙を堪えることができなかった。


諦めない……。

私は絶対に諦めないからね、歩……。

こんな訳の分からないものが、運命なのだとしたら。

そんなの絶対に歩には任せることなんてできやしない。

私がこんな訳の分かんない運命を変えてみせる。

私は溢れ出る涙を拭いながら、真っ黒に染まった空を見上げていた。

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