第100話 帰る前の戯れ場
幻霧の村ネーヴェルに、少しだけ行くことが出来た。
ドワーフしか行けないというより、認められた者のみが入れるような感じだった。
ただ一つの収穫として、ルティが薬師の知識を得られたくらいだ。
何かをされたわけでもなく、何も出来ずに再び眠る。
そして濃い霧に包まれるように、おれの意識と体はロキュンテに戻されていた。
◇◇◇
「ルティシア、そ~っと、そ~っとですよ? 私は彼女たちにも声をかけて来ますから、あなたは彼を」
「はい! 母さま」
「それと、樽は洗っておきましたから存分に」
「ありがとうございます!!」
何やらルティとルシナさんのやり取りが聞こえる。
おれの体と意識はまだ目覚めそうにないのだが、何かを企んでいるのだろうか。
ルティは純粋娘で違いは無いが、母親のルシナさんは先を見通す力が計り知れない。
どこまで知っているのか気にはなるが……。
それにしてもさっきから、全身が上がったり下がったりしている。
ルティによって、こっそり抱きかかえられている感じだ。
「えっほ、えっほ……もうすぐですからね~」
いつの間にか、装備やら腰袋の重みが消えている。
まさかと思うが、素っ裸にされたんじゃ……。
そうだとしたら、ルシナさんの手際が良すぎるぞ。
ルティと樽……それが聞こえた時点で、何かの予感がありすぎる。
◇◇
「ウニャッ! ドワーフ、遅いのだ! 早くするのだ!」
「わらわも入りたいなの。でもでも、傍で見ているだけなの! 人化出来なくなっているなの」
「っしょ、こいしょ~……ではでは、お待たせしました~! ご主人様、お目覚めくださ~い」
シーニャとフィーサは、すでにおれを待ち構えているか。
人化出来ない言葉も気になるな。
あれこれ考えていても何も事は始まらないし、目を覚ましてやるか。
『ぼごぉっ――!?』
な、何……っ!?
息が苦しくて何か熱い液体が、体の中に流れ込んで来るぞ。
まさかまた、幻霧の村にでも運ばれたんじゃないよな。
くそっ……、実は幻を見せられていて、ルティたちの幻聴だったりするのか。
【アック・イスティ ドワーフのお気に入り 業火耐性強化、刺激耐性】
まさかの自分スキルが見られるとは。
業火ってことは、火口のマグマでも飲まされたか? 刺激が何なのかは不明だが。
「あぁぁっ!? お、溺れてますよぉぉぉ!! 引き上げて~!」
「任せるのだ! アック、シーニャに掴まれ~なのだ!」
幻じゃなく、溺れかけじゃないか。
シーニャの言う通り、彼女の声がする方に勢いよく飛び込む。
『ぬあっ!!』
『フギャァァ!?』
視界がぼやける中、掴まれるところに向けてとにかく必死に喰らい付く。
かなり熱湯を飲み込んでしまっているだけに多少、
それが収まったのは、静寂な空間が広がった時だ。
おれの両手は何かにしっかり掴まり、握りしめている。
目を閉じていても分からないままだ。
おれは少しずつ、目を開く。
視界に広がる光景は霧のような、それでいて温かいものから立ち上る水蒸気が、空気中で冷えて白く見える湯気のようにも見える。
『も、もういいのだ? アック、放して欲しいのだ……フニャ』
『うん? そ、そうか。もしかして尻尾を掴んでいたのかな? ごめんな、シーニャ』
『い、いいのだ……シーニャ、アックの女なのだ。いつでも握っていいのだ』
目をこすり、湯気が薄まっていくのを待った。
視界が鮮やかになる前に、ルティとフィーサの怒り狂った声が響く。
二人とも、顔を真っ赤にしている。
フィーサは剣の姿、ルティは肌着にまでなっているが、
「あぁぁぁぁ……!! アック様! 何でシーニャなんですか~!!」
「わらわも人化していたら、あんなことやこんなことまでしてもらえたなの!!」
「……何のことだ? おれがシーニャに何だって?」
「そんなこと、わたしが言うはずないじゃないですか!! 全く全く、アック様には本当に本当に~」
「おい、ルティ。落ち着け。というより、お前その格好は……」
「もちろん準備万端に決まっていますよ!! うぅぅ~それなのに~」
「何の準備だよ……なぁ、シーニャ――」
『フニャゥ……』
な、何でシーニャが……!?
彼女の全身は、獣人らしく毛皮のようなものに覆われている。
だが今見えている彼女の全身は、獣人のそれじゃない。
両手で握っていたのは、まさか……。
しかし何かに抑制されているのか、それ以上の思考には及べない。
なるほど、刺激耐性がこれか。
おれはそうでも、シーニャはそうじゃないはずだ。
そのせいか、彼女は湯に浸かったままびくともしない。
幻霧の村で、幻霧にやられて来たようだ。
これは本当に気を引き締めなければ……。
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