第71話 船上の戦い 

「ウゥゥッ!! この人間たちは何なのだ!?」

「そんなことわらわにも分からないなの! でも、襲って来るから敵って分かるなの!!」


 おれとルティがレイウルム半島に漂着していた頃のことだ。

 王国行きの船上で、大変なことが起きていた。


 ルティは巨大なタコ、クラーケンを釣り上げてしまい、そのまま海に転落。

 その場に残されたシーフェルが、事なきを得たかと思われた。


 しかし、

「あ、あたしの魅了が効かないというの!? この姿になって力が弱いと思っていたのだけれど、そういうこと?」


 スキュラだった時の力を失っていた、現シーフェル王女。

 エドラから成り代わった彼女は、タコを制御出来ずにいた。


 そんな状況の中、タコを刺激したのが乗船していた冒険者パーティーだった。

 炎属性魔法を一斉に放ち、タコの動きを止めたかに思えたが……。


「王女様! ご無事ですか?」

「リエンス、あの人間たちは何をなさっているの?」

「ご安心ください。あの者たちは、ザーム共和国に向かう冒険者たちです。乗船していたので、僕が頼んだのです! 攻撃魔法を使う者たちですので、すぐにでも倒してくれるはずです」

「……それにしては人数が少ないわ」

「剣士たちはタコが弱り切るまで、待機しているそうです!」

「それもキナ臭いことですわね」

「――え?」


 シーフェルの疑いは、船室にあらわれる。

 剣士とは程遠い粗暴な男たちが、シーニャたちのいる船室を襲っていた。


「獣人が生意気にも船に乗ってやがんなぁ?」

「おまけに変わったガキもいるぜ。どうする? やっちゃうかぁ?」

「だな。テミドさんへのいい手土産になりそうだ」

「じゃあオレは、外で魔法ぶっぱなしてるラリーに知らせて――」

「おい、デミリス! ラリーにいちいち言うことでもねえだろ。獣人とガキはここで始末する! 黙っておけよ?」

「……わ、分かった」


 外にいる者と船室を襲っている男たちでは、明らかに素行が違うのか、連携が取れていないようだ。

 そんな連中を前にして、シーニャとフィーサは落ち着いている。


「むぅ~! アック以外の人間は、変なのしかいないのだ! シーニャがやっつけてやるのだ」

「中にはマシな人間も混じっているなの。でも、容赦なんてしないなの!」


 粗暴な男たちの中で剣を手にしているのは、デミリスと呼ばれている男だ。

 その他の男はダガーを片手に持ち、いつでも攻撃が出来るようにしている。


「……ま、そういうわけだ。獣人とガキには悪ぃが、ここで――」


 男のひとりがダガーの剣先を脅しに見せた時、


「「「ぐがあぁっ!?」」」


 複数の男たちの、声にならない叫び声が船室に響く。

 その場に残されているのは、剣を持つ男と脅しをかけた男だけだ。


「――な、何だ!? どうなってやが――ぐげっ!? ……く、くそがっ」

「ひ、ひぃぃ……」

「弱い人間だったのだ。一体何がしたかったのだ?」

「全くですの」

「コイツも倒すのだ?」

「見たところ、そんなに悪そうじゃないなの。手にした剣も、使われたことがないみたいなの」

「それなら、放っておくのだ。シーニャ、後で褒められるのだ!」


 粗暴な男たちはあっさりと、シーニャによって倒されていた。

 ただ一人の弱気な人間をのぞいて、船室を後にするシーニャたち。


 デミリスと呼ばれた男は、ただ一人、船室で呆然と立ち尽くすしか無かった。


「うぅ、助かった……これでレイウルムに帰れる……」


 ◇


『く、くそっ!! 頭足族には炎属性だけでは倒せないのかっ?』

『ラリーさん、そろそろ魔力が尽きます。デミリスは何をしているのですか!?』

『寄せ集めの義勇兵をまとめられないあいつでは、どうしようもなかったようだ……まずい、まずいぞ』


 クラーケンの動きを止めるだけが精一杯の魔道士たち。

 ラクルでパーティーを結成した剣士の加勢も無いまま、力尽きようとしている。


 巨大なタコにはレベル不明の強さも相まって、表面に僅かな焦げがついているだけ。

 3人の魔道士からは炎属性攻撃だけしか放っていないようで、致命傷を与えられないままだ。


「……やはりこのまま魔法を撃ち続けても、ジリ貧ですわね」

「そんな……」

「リエンス。あなたは王国の騎士なのではなくて? あの者たちに加勢するのは、いけないこと?」

「ぼ、僕は見習いの身。い、いえ、僕には戦う力は……」

「ふぅ……。どうしたものかしら」

「――アックさんやレティシアさんがいてくれたら……」

「あたしもそう思いますけれど、仕方のないことですわ。タコを片付けないことには、王国へもたどり着けないのですもの」


 クラーケンを従わせられなかった誤算。

 そしてアックの漂流。


 これには、さすがのシーフェルもお手上げである。

 どうしようもなく、魔道士の苦戦も見ることしか出来ない。


 そんな時だった。

 シーフェルとして何もやれることがないと、思わずめまいを覚えていると、


『ウガウゥゥッ!!』

 

 ロインクロスから、隠れようのない尻尾が見えた。

 そうかと思えば、その主からは強烈な一撃が入っていた。


「じゅ、獣人の……!? 王女様、彼女はアックさんと一緒にいた……」

「ええ、そうですわ。彼女の強さであれば、ある程度焦げついたタコにも、攻撃が届くでしょうね」

「そ、そして彼は剣士の……」

「ウフフ……隠れるばかりで出て来ないかと思っていましたけれど、宝剣に魅せられての行動なのかしらね。それにしてもあの方以外に言葉を伝えるなんて、意外でしたわ」


 シーニャの攻撃から遅れること数秒後。

 人化の宝剣フィーサと共に、剣先の鋭い両手剣を手にした剣士が姿を見せる。


 剣士デミリスは、自分自身の精神的緊張がほぐれたことで、意を決しやる気を出したようだ。

 宝剣の言葉を聞き入れ姿を見せたデミリスには、魔道士の面々も驚きを隠せない。


『デ、デミリス!? ひとりだけ……いや、誰だ? まぁいい、元Sランクの剣士がいれば何とかなる!』

『もう少し踏ん張りましょう!!』

『獣人の邪魔をすることなく、炎を出し尽くすんだ!』


 剣士の姿とシーニャの加勢によって、魔道士たちは残った魔力を放ち続ける。

 表面がやわらかく攻撃もままならないタコ。


 だが、何度も焦げをつけられ静止した状態だ。

 シーニャの爪により表面の皮も引き裂かれていくタコは、次第に弱まって行く。


『よしっ、デミリスに交代だ!』

『や、やってやる! ラリー、悪かったな』

『やる気を出しただけで十分だ』


 魔道士ラリーたちは後退し、剣士デミリスが前に出る。

 そして重厚そうな両手剣を振り下ろし、弱り切ったタコに突き刺した。


「ウニャ? 強い気配が消えて行くのだ」

「やっぱりそうだったなの。イスティさまに似た意志を強さを持つ剣士なら、何とかなると思っていたなの!」

「タコが海に落ちて行ったのだ~!」

「元々船を襲ったタコじゃなかったなの。倒せなくてもいいなの」


 フィーサの言葉通り、巨大なタコ、クラーケンは気配を弱めながら海へと沈んで行く。

 それを見たデミリスは、途端に腰を砕き、その場にへたり込んでしまった。


「はあぁぁ~……よ、よかった」

「ウニャ、お前人間のくせに強い」

「え? あ、ありがとう」

「シーニャのあるじと合うぞ。きっと合うぞ!」

「あ、あぁ……あるじがいるんだね?」

「シーニャ、お前を解放する。早く行け」


 弱っていたタコへの攻撃ではあったが、シーニャは人間である剣士を見直していた。

 同時に、あるじのアックと合いそうな気配を感じたようだ。


「リエンスはあの者たちに褒美を取らせなさい。あたくしは、この子たちと話をしますわ」

「はっ。かしこまりました」


 リエンスをデミリスたちの元に行かせたシーフェルは、シーニャたちと相対する。


「……その姿で、そのまま人間として生きるつもりがあるのなの?」

「どうかしらね。少なくとも、あたくしはあの方の傍に仕え続けるつもりがありますわ。スキュラを捨てただけで、そのまま王国の王女になる予定はありませんわ」

「今度は、人間に乗っ取られるようなことがないようにして欲しいなの」

「小娘に言われるまでもありませんわ」

「むっ! 妾はこう見えても900……」

「ウフフ……あたしはもっとですわよ? 口の利き方にお気を付けあそばせ」

「ムカつくなの~!!」


 フィーサとシーフェルの相性は最悪のまま、仲直りをしたようだ。


「ウニャ~アックに会いたいのだ~……」

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