第58話 ルティシアの約束された気持ち

 確証は持てないが、嫌な予感はルタットの町で感じていた。


 だがバヴァルが投げた魔石が関係しているとすれば、猶予は残されていない。

 見習い騎士にこのままいてもらっては厄介なことになる。


「リエンス。おれは神殿に行くことになるが、あんたは手前で待っていてもらう」

「ど、どうしてですか? 僕は王女に会うために……」

「神殿には高レベルの魔物と厄介な相手がいるからだ。王女に会うならその後が望ましい」

「そんな!? それほどまでの相手が神殿にいるなんて……」

「大丈夫だ。シーフェル王女は、きっと無事だ」


 スキュラと聖女エドラは、ともに弱体魔法を得意としている。

 スキュラの精神を乗っ取っていることを前提とするならば、魔法を多用されるはずだ。

 

「ルティ、待たせた! 予定通り、リエンスを護衛して――」

 

 少し目を離した隙に、予想通りの騒がしさが届いて来た。


「いい気になってちゃ駄目なんですからね? わたしが一番なんです! 一番初めはわたしなんですから!」

「……下らないなの。たまたまガチャを引いて、小娘が最初に呼ばれただけに過ぎないなの! 優先も何も関係ないもん!!」

「いいえ!! わたしはアック様の全てをお任せされている身! 剣なら剣らしく、お役に立つべきですよ!」

「別にそれだけがわらわの全てじゃないもん!!」


 ――やはりこうなったか。

 つくづくルティとフィーサは、相性が悪いらしい。


「アック! シーニャ、どうする? シーニャ、止めるのだ?」

「いや、シーニャは何もしなくていい。すぐ終わる」

「ウニャ」


 最近はルティと行動することが少なくなっていた。

 だからといって避けていたわけでもなく、単なる役割分担をしいていただけのことだ。


 とにかく今は彼女たちを抑えなければ。


「そこのルティシアとフィーサブロス! そろそろ先に進むぞ」

「は、はいいっっっ!!」

「な、なのっっ」


 彼女たちの正式名を呼ぶ時は、強調することが多い。

 それが分かっているだけに、二人とも素直に返事をしてくれた。


「ルティ。頼むな!」

「お任せ下さいませ! あっ! アック様」

「ん?」

「お手をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「手を? 何かまた作ったのか?」


 いつもは特製ドリンクやら何やらを、ルティは渡してくるが。

 今回はそうではなく、おれの右手をがっちりと掴み始めた。


「ではではっ、恐れながら右手をお借りしますっ!」

「おれの右手に何か――ぬぉわっ!? な、何をしてい……!」

「アック様、わたしのご主人様の心はわたしがお守りします。たとえこの先、揺らぐことがあったとしても、ルティはあなた様をお慕いし続けます」


 幸か不幸か、ルティがした行為は他の誰にも見えていない。

 さり気ない行為を時々して来るが、今回はそれとはまるで違った。


「ル、ルティ……お前」

「え、えへへ。ど、どうでしょうか? 今はわたしがお手をお借りしているだけなのですが、アック様さえよければ、ぜひぜひご自分の意思で撫で回しても……」

「い、いやいや、そ……それはまた今度にする。と、とにかく、後方は任せたからな!」

「はいっ、それはもう!」


 唐突なことで驚いた。

 もしかすれば、ルティなりに寂しさは感じていたのかもしれない。


 ――とはいえだ。


 それがまさか、募り募って自分の胸に手を引き寄せるなんて。

 彼女の場合は、最初から好意があった。


 隠れ口づけも以前あったが、今回の行為は約束された気持ちになるのだろうか。

 それにしても彼女の胸の上に触れた右手は、どういうわけか力がみなぎり始めた。


 胸に触れただけでそうなるとは、やはり回復魔道士としての素質は伊達じゃないということか。


「イスティさま。ドワーフ小娘が何かしたのなの?」

「い、いやっ、何でもないぞ。そろそろ進もう」

「……? はいなの!」

「アック、たくさん出たもの、着けない? 着けないのだ?」

「そ、そうだな。装備しとかないとな」


 変に意識させられそうになったが、今は神殿に進むことを考えねば。

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