第5話 海底洞門と水棲の魔物

 ルティは指をくわえながら少女に対し、腹を立てている。

 しかしまさか、ミスリルの剣が少女に変わるなんて想像出来なかった。

 てっきり愉快なルティの冗談によるものだとばかり思っていたのに、これは素直に驚いた。


「マ、マスターって……おれのこと?」

「わらわを綺麗って言ってくれたの! そんなこと、今まで生きて来て初めて言われたんだよ? 今度はどんな奴が~って思っていたけど、イスティさまこそ、わらわのマスターご主人様なの!!」

「そうか、ご主人様か――って! その前に、君は女の子だよね?」


 女の子の姿をしているが、自分のことを”わらわ”とか言っているし、相当な年代物の宝剣なのではないだろうか。

 唯一の救いは、きちんと衣服を身に付けていることだ。

 

 複数の毛糸で織られた腰衣と薄めのシャツを着ているだけでも、気恥ずかしさは薄れる。


「うん! 九百歳なの! 基本はミスリルだけど、マスターが望むままの姿に変われるから、いつでも教えてね!」

「九百か、なるほど――」


 レベルがそのまま彼女の生きて来た証みたいなものか。

 だからといってルティのレベルとは、勝手がまるで違うだろうけど。


 しかしこれで武器は何とかなった。

 これならすぐにでもクエスト仕事に向かえそうだ。


「ルティ、そろそろ行くよ?」

「ぬぅぅぅ……! これはうかうかしていられない事態ですよ! そうと決まればやることはただ一つ!」

「ん?」


 ルティはフィーサの前に仁王立ちをして、強い口調で言い放つ。


「どれだけ強いかなんて、それは結局! 拳なんですっっ! 剣の切れ味よりも、力こそ全て!! そういうわけなのでアックさんに使われるつもりがあるのなら、役に立つことを見せてもらいますからね!」


 これはもしや、やきもち的な何かだろうか。

 確かにルティが言うように、フィーサの剣としての強さは今の時点では分からない。


 まして持ち主がおれに決まったことだ。

 切れ味が鋭くても、魔物とかにどれだけ通用するものなのか。


「ふっふん。赤髪の小娘なんかに負けないよ~だ! べ~!」

「むっか~!! そうと決まれば、さっさと行きましょう! アックさん!」


 もはやお揃いの剣だとかそういうことでは無くなったようで、ルティはすでに用意していた食事を袋に入れて、ズンズンと歩き出した。


 町を出てすぐの岩場から洞門への道が見えていて、冒険者には恵まれた環境なのだと実感する。

 

 受けた依頼は、あくまで侵食されて出来た洞窟の調査と資源の回収だ。

 そういう意味で、深く入れるダンジョンでは無いといえる。


 これから海底近くまで進むとなれば、おれ自身の衣服も防水鎧か何かで固めたいところだ。

 だが、そこまで危険な目には遭わないはずなので気にしないことにした。


 歩き進んだ崖の一部に断層が出来ている。

 すぐ目の前では波しぶきが迫って来て、油断をしなくてもびしょ濡れになりそうだ。


「ここから内部に降りて行くから、足元に気を付けて」

「水に入るのは好きですけど、濡れるのは許して欲しいです~! あぁぅぅ……」

「マスター……わらわ、濡れたくない。だからしばらくさやに入って大人しくするね」


 錆びることは無さそうだが、濡れるのは嫌なのかフィーサは剣に戻り、鞘の中に収まっている。

 自分で剣を振る機会があれば試せそうだが、海となると力任せのルティに託す方が無難か。


 しばらくごつごつした岩だらけの洞門を進むと、さらにそこから地下への道が続いた。

 今のところ襲って来る魔物の姿も無く、武器が無くても受けられる依頼のようにも感じる。


 それにしても、


「結構体が冷えて来るものだな」

「それは大変ですっ! そんなわけで、アックさん。これをお飲みください」

「うん?」

「体が温まる回復水です。温泉水は全て切らしちゃいましたので、さっき町で作っておきました! さぁ、グイッと!」

「あぁ、ありがとう」


 寒いというだけでどこも痛くは無いが、飲み物として作っていたのはさすがだ。

 ルティに言われるがまま、全て飲み干した。


 「う――おぉっ?」と声を漏らしたが、何だかさらに力がみなぎってきた気がする。

 体が温まったのは言うまでも無いが、内側から何かが溢れて来ているような感じだ。


 腕力どころか、今ならすぐ目の前の貝殻石を破壊出来そう。

 試しにやってみるか。


「あっ、言い忘れたんですけど、アックさんの力が上がりますのでくれぐれもその辺を殴ったりは――」

「――えっ? あっ……」

「駄目です、駄目です~!!」


 彼女に言われるも、すでにおれの拳が硬そうな貝殻石にヒットしていた。

 しかも運が悪いことに、洞門のあちこちに見られる壁の一部だったりする。


「あっ――!」

 

 何か鈍い音が響く。

 感触は確かなもので、相当なダメージを与えたような感じだ。


 硬い壁を攻撃したというよりは、石に見せかけた軟体生物からのはね返しに似ている。


「ひぃぃえええええ!? く、崩れちゃいますよぉぉぉ!!」

「いや……多分、ただの貝殻石じゃない」

「ひぃえっ!?」


 ルティが心配するよりも先に、貝殻石に見えた水棲の魔物が正体を現す。


「何すんのよっ!! せっかく寝ていたのに、無理やり起こすなんてあなた、誰!」


 上半身は獣の耳に似た触角で、下半身はタコやイカの足、加えて狼に似た獣が腰辺りに数匹見えている。強気の口調で姿を現したのは、水棲の魔物のようだ。


 ただの貝殻石ではないと思っていたが、こんな所で魔物に遭遇するとは。


「アックさんっ、わたしが倒して差し上げますっっ!」

「いや、彼女は敵じゃなくて、おれが叩き起こしてしまっただけなんじゃ――」

「こんなまだ中途半端な場所で眠っていたなんておかしいですよ! 待ち伏せで人間を襲おうとしていたに決まってます!」


 そうとも言い切れないが、貝殻石の姿でここにいたのも不思議ではある。

 ルティの言うとおり、襲おうとしていたのかあるいは、害も無い魔物なのか。


「何よ? やるつもり? 言っとくけど、この先の海底遺跡に行くつもりならキラキラ光るものをあたしに納めてから進みなさいよね! それが出来ないなら、受けた痛みを倍にして返すんだから!!」

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