学校一のイケメン
食事を終えた後、俺は信二に連れられて学校内を見て回っていた。体育館や家庭科室、視聴覚室や保健室など頻繁に訪れそうな場所からそうでもない場所まで、区別なく見て回る。
「――で、ここが中庭な。一応ベンチがあるから昼休みは食事もできるけど、風の強い日なんかは砂埃がヤバいから気を付けろよ?」
「こんなところで食事なんかするつもりはないから、大丈夫だ」
昼食は教室でも食える。わざわざ外に出てまでやろうとは思わない。
「ん? おい信二、あの人だかりは何だ?」
中庭を見回していると、中庭の中央付近に何やら人だかりができていたのが目に入った。しかも妙なことに人だかりを構成しているのは、全て女子生徒だ。
「ああ、あれか。あれはウチの学校の【プリンス】様に群がる女子たちだな」
「【プリンス】……何だよ、それ?」
群がる女子たちというワードも気にはなったが、それ以上に【プリンス】という日常生活ではあまり用いられることのない単語に食い付いた。
「そのまんまの意味だよ。……まあ、説明するより実際に見た方が早いか。友樹、あの人だかりの中心にいる奴が見えるか?」
「人だかりの中心……?」
言われて、人だかりを注視する。一見規則性などなくただ集まっているだけのように見えた人だかりだが、よく見てみると、人だかりの中心にいる誰かに群がるかのようにして集まっていた。
なら、その中心にいるのは何なのか? 群がる女子が多すぎて、ここからでは見えない。なので少し集団との距離を詰めて確認してみる。
するとそこには、一人の生徒が立っていた。男にも女にも見える中性的で整った顔立ちをしているのが特徴的だ。
その生徒は自身に群がる女子の一人一人に爽やかな笑みを浮かべながら、何やら楽しげにお喋りをしているようだ。双方楽しげな様子だ。
「あいつの名前は
二年D組ということは、B組の俺とは教室はかなり近いな。もしかしたら、今後何か関わり合いになることがあるかもしれない。
「友樹も見てたら分かると思うが、あいつは女子にメチャクチャモテる。見てるだけで嫉妬したくなるくらいにな」
信二の言う通り、群がる女子たちは皆一様に天王寺とやらを見つめて頬を赤くしている。中にはキャーキャー叫んで大騒ぎしてる奴もいる。
顔がいいのもあるが、ここまでモテるということは他にも余程の美点があるんだろうな。
「文武両道で人望もある。【プリンス】の名に恥じない完璧超人だ。噂じゃ、ファンクラブまであるって話だぞ」
「そりゃ凄いな」
素直に感心する。
特にファンクラブなんて信じられないような話だが、あの若手俳優顔負けの爽やかな笑みを見てると、あってもおかしくないと納得できてしまう。
「全く羨ましいよな、あんなに女子にモテて。俺もあの半分でもいいからモテたら、彼女もできるんだけどなあ……」
「そうか? 俺はあんまり羨ましいと思わないけどなあ……」
ああも女子に集まられたら、一人一人に対応するのは面倒臭そうだ。見たところ天王寺は上手いこと一人一人に対応しているが、俺なら絶対に無理だな。流石は【プリンス】と呼ばれるだけのことはある。
「……っと、いけねえいけねえ。今は友樹に学校の案内をしている最中だったな。友樹、次行こうぜ。昼休みは短いからな」
「ああ、分かった」
流石に昼休みだけで、この広い学校内の全てを見て回るのは無理だ。しかしわざわざ信二が案内役を買って出てくれたのだから、時間を無駄にはしたくない。
この場を立ち去る前に、もう一度だけ天王寺の方を見てみる。
「あ……」
何の偶然か、天王寺と視線が合ってしまった。そこまで距離は離れていないとはいえ、女子の人混みの外側にいる俺を見つけたのには、ちょっとだけ驚いた。
まあ視線が合ったからといって、だからどうしたのかという話だ。偶然視線が交わることぐらい誰にでもある。特別驚くようなことでもない。
なのに、向こうはなぜか俺の姿を認めるとギョっと目を見開いて固まってしまった。いったいどうしたのだろうかと思っていると、何と天王寺は女子の波を除けてこちらに向かって歩き出した。
女子たちは驚きながらも天王寺に追従しているが、当の天王寺はそちらを見向きもせず近づいてくる。
「笹村君……!」
天王寺は俺の前で立ち止まると、俺の名前を大声で呼んだ。
まさか、女子とのお喋りを中断してまで俺のところに来るとは予想外だ。もしかして記憶を失う以前の俺は、天王寺とも交流があったのか?
目が合っただけでわざわざ来る辺り、ただの顔見知りというわけでもないだろう。その辺りのことを詳しく訊きたくはあったが、今の俺は別のことに意識を囚われていた。
「なあ信二……」
正面の天王寺ではなく、隣の親友に声をかけた。
「ん? どうした友樹?」
「お前さっき、天王寺のことは【プリンス】だって言ってたよな」
「ああ、言ったな。それがどうかしたか?」
信二は首を傾げる。この反応からして、俺の質問の意図を理解してないみたいだ。
「ならどうして天王寺は――スカートを履いてるんだ?」
そう。俺の前に現れた天王寺は驚いたことに、スカートを履いていたのだ。【プリンス】なんて呼ばれてるから男だと勝手に思っていた。
離れたところから見てた時は、人だかりのせいで肩の辺りまでしか分からなかった。だから下にスカートを履いてるなんて、こうして目の当たりにするまで分からなかったのだ。
「あー悪い悪い。この学校の人間にとっては当たり前のことだったから、説明するの忘れてたわ。天王寺は【プリンス】って呼ばれている女子生徒なんだよ」
「それ、一番重要なところだろ……」
説明足らずの親友に、思わず溜息がもれる。
改めて天王寺の全身を確認してみると、男に比べれば華奢で女子として見た方が自然だ。身長は女子にしては高めだが、男子なら平均を少し下回るくらい。
それに先程は周囲の女子たちが死角になっていて気付かなかったが、天王寺は男というには長い髪は後ろに一束にまとめてある。あれを解けば、もっと女の子らしく見えるはずだ。
「ええと、笹村君? 今、少しだけ話いいかな? 久し振りに会ったから少しだけ話がしたいんだ」
恐る恐るといった感じで、天王寺はそう訊いてきた。
俺のことを知っている人間から、以前の俺のことを聞けるいい機会だ。当然ながら、俺に断る理由はない。
チラリと隣の信二を見てみると、彼は「俺のことは気にしなくていいぞ」と言ってくれたので遠慮なく天王寺の提案に乗る。
俺が頷くと、天王寺はパっと表情を輝かせた。
「笹村君、そろそろ退院するとは聞いてたけど、いつから学校に?」
「今日からだな」
「そっか、今日からだったんだ。……退院おめでとう、笹村君。また元気な姿の君を見られて、僕は嬉しいよ」
祝福の言葉と共に天王寺の端正な顔に笑みが浮かぶ。先程まで女子に向けていた爽やかなものとは違う、柔らかくて可愛らしい女の子の笑みだ。
何となく照れ臭くなって、視線を少し逸らしてしまう。
「あー、ただその……実は俺、事故で記憶喪失なったから何も覚えてないんだ。だから悪いけど、天王寺のことも……」
「うん、知ってるよ。噂で聞いてたから」
「噂?」
「二年生の交通事故に遭った生徒が記憶喪失になったって、夏休み前にちょっと噂になったんだ」
なるほど。同級生が交通事故に遭ったのだから、噂の一つや二つくらい出てもおかしくないか。それに噂として広まってくれたのなら、いちいち説明する手間が省けて都合がいい。
そこまで考えたところで、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
五分後にもう一度チャイムが鳴ったら、午後の授業が始まってしまう。急いで教室に戻らなければいけない。
「あ、待って笹村君!」
教室に戻ろうと駆け出そうとした俺を、天王寺が呼び止めた。
「あ、あの、クラスは違うけど僕にできることで良かったら何でも協力するから、困ったことがあったら遠慮せずに言ってね?」
「ああ、ありがとう。もし必要になったら、力を借りるよ」
ここまで言ってくれるということは、以前の俺と天王寺はかなり仲が良かったんだろう。天王寺の気持ちは、単純に嬉しい。
最後に感謝を告げて、俺は信二と共に教室へ駆け出した。
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