豊かの海

 今や地球は遠くあり、私の目の前に大きな青い星として宙空に浮かんでいる。

あまりに大きく見えるその星は、私の遠近感を狂わせて、手を伸ばせば地球の何処かに手が届くような錯覚をおぼえさせる。

しかし。

もはや、今の私にとって地球は遠くにあり、目の前にある、大きく近く、けれども致命的に遠い場所にその青い星は浮かんでいる。

かつて。

かつては私もそこにいて、人と人との間を結ぶ両手でもって地の上を闊歩していた。

しかし。

もはやそれは私にとっては遠く、私の両足はここ……月の中の海。豊かの海についている。

そして。

恐らく私の両手と両足は、私の身体は地球に還ることもないであろう。

であるから。

私はもはや、遠く宙空に浮かぶ青く美しきあの惑星を遠目に見ることしか出来ない。

私は言った。

「彼らはいつ、ここに至るのだろうか」

 誰も応えない。ここには私の他に、誰も居ないからだ。

「いずれは」

「いずれは、あの星に居る誰かが私に気がついて」

「私の元に訪れるのであろうか?」

 そうなったら。

「そうなったら私は、それをどう迎えれば良いのであろうか」

 熱い抱擁を。

強い握手を。

そして、涙を流すであろうか?

海は星の蒼き光を浴びてしんとしている。……

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