された記憶がない

紀之介

確認なんだけど…

「で──」


 デートの終盤。


 いつもベンチに、俺は腰を下ろした。


「…来週は、何処に行く?」


 続いて隣に座った曜子が、ボソッと口にした。


「確認なんだけど…」


「?」


「─ 私達って、付き合ってるの?」


 耳に入った言葉が、俺の脳内で意味を成す。


「デ、デートの終わりに…そう言う事 聞くか??」


 曜子は、何も言わずに俺に向かって小首を傾げてみせる。


「ど・う・な・の?」


「付き合ってない男女は、何回もデートしないよな??」


「でも私…された記憶がないし」


「な、何を?」


「アンタからの、こーくーはーくー」


 そもそも、最初に声を掛けてきたのは曜子の方だ。


 付き合う様になったのも、ある意味なし崩し。


 告白と言う儀式が入り込む余地など、ありはしなかった。


 反論しようと思った刹那、曜子が俺の目を覗き込む。


「し・て・く・れ・な・い・の?」


 この状況では、何を言っても俺の負けだ。


 仕方なく、問題の先送りを図る。


「じゃ、じゃあ…何れ 機会を改めて……」


「いーまーすーぐー」


「え?!」


「こう言うのは…勢いだよ?」


 どうやら告白しないと、この場は治まらないらしい。


 諦めて覚悟を決め、呼吸を整える。


「お、俺と…つ、付き合って欲しいんだけど……」


 満面の笑みを浮かべる曜子。


「はい。よく言えました♪」


 いつもの悪癖で手を伸ばした曜子が、俺の頭を撫でる。


「良い子だから返事は、次のデートまで待ってね♡」


「─ は!?」


----------


「うん。お利口さんだね♪」


 背が高いのを誇るかの様に、曜子は何かと言うと俺の頭を撫でる。


「これで3回連続で、遅刻せずに来れたじゃない」


 不機嫌になられた方が始末に悪いので、下手な抵抗はしない。


 特に人目がない場所でなら、したい様にさせるに限る。


「じゃあ、行こうか♡」


 曜子が機嫌良く、俺の肩の後ろあたりの服布に手を伸ばす。


 本来は、腕を組みたいらしい。


 だが、俺の方が曜子より背が低いので、腕が上手く絡められないのだ。


 その代償行為なのか、ふたりで並んで歩く時には必ず、俺の左の肩から二の腕あたり裏の布を 指で摘んで持つ様になった。


「─ この前の告白の返事は、お茶の時間を おーたーのーしーみーにー」


 楽しみにしろとは言う事は、良い返事だと予告していると同じではないか。


 と言うか、今から嬉々としてデートをする相手に、悪い返事をする筈が──


----------


「じゃあ…この前してくれた……告白の返事、今からするね──」


 お茶の時間。


 行きつけの店のオープンテラス。


 テーブルの向こうで、珍しく曜子が言い淀む。


「えーとぉ…ごめんなさい…… 私、あなたとはお付き合い出来ません」


 俺は頭が真っ白になる


 体は凍りついた様に固まり、身動き出来ない。


 何とか絞り出そうとした声を遮るように、曜子が呟く。


「─ ってされた告白を断るの、ずっと憧れてたんだよねぇ♪」


「は…!?」


「それだけ驚いてくれれば、私も 色々と本望♡」


 脱力した俺の上半身は、ゆっくりと椅子の背もたれに崩れた。。。


----------


「─ 怒ってる?」


 曜子の小声が、俺の耳に届く。


「まあ…今回は 流石に度が過ぎたかもだけど」


 俺は目を閉じたまま、姿勢も変えずに無言。


「ねえ。ごめんってばぁ」


 機嫌取りのつもりか、曜子が頭を撫で始める。


 この店ぐらいの大きさのテーブルなら、反対側の俺の頭まで、椅子から立ち上がり目一杯腕を伸ばせば、長身故に手が届くらしい。


 頭を撫でれば俺の機嫌を取れると思っているのにも、その背の高さにも腹が立つ。


「今晩は、私がご馳走するから」


「…食い物なんかで……誤魔化す気か?」


「お礼なんだから、素直に奢られなさい」


「?!」


「この前、告白してくれたのと…今日、私の返事に嬉しい動揺をしてくれたお・れ・い♪」


 思わず瞼を開ける俺。


 目前の曜子は、喜色満面だった。


「別途、お詫びはお詫びで ちゃんとしてあげるし」


 毒気を抜かれた俺は、怒り続けるのが馬鹿らしくなる。


 しかし、ここで一矢ぐらいは 報いない訳にはいかない。


「夕食は、デート史上 最高に高価な料理だからな」


「り・ょ・う・か・い」


「─ だったら、誤魔化されてやる」


 再び曜子の手が、俺の頭を撫でる。


「はい。お利口さん♡」

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された記憶がない 紀之介 @otnknsk

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