第56話 たとえ拙くとも

 それを聞いて、オレもリョウも、いやこの場にいる20人の賢者達は少しも動揺しなかった。


「我々を疑わないのですか?」

「ええ」


 リョウは事もなげに答える。


「既にこの村は勇者王朝に服従しているのかもしれないのですぞ? この席の酒に、薬が盛られていないと、何故そう言い切れるのですか?」


 村長の緊張した声色に、思わずオレは苦笑した。


「だとすれば半年前のオレ達に、見る目がなかっただけですね」

「何故です? 少なくとも我々にはあなたを差し出す理由がある」


 魔石堂に魔石が安置されるまで、この村はいつ滅んでもおかしくない状況だった。少しでも生きながらえるためには、新たな支配者には媚びを売ったほうがいい。誰でも考えつく打算だ。

 それに、売るのは長年苦楽を共にした同胞でもなんでもない。半年前にふらりと現れ、2ヶ月だけ言葉を教えた得体の知れない転生者だ。しかもそのうちの一人は、村が滅びかけている原因を作った張本人でもある。


「あの2ヶ月が、俺たちにとってかけがえのないものだったから、でしょうね。あなた達にこの世界の言葉の基礎を教えられなければ、オベロン王の試練を乗り越えて賢者の称号を授かる事も、この世界の理を知る事もなかった。あなた方は俺たちの恩師なのです」


 リョウがそう語りかけると、村長は目を閉じてうなづく。その姿は、リョウの言葉を噛みしめるようだった。


「正直なところ……意見は割れたのです。あなた方を信じて待つべきか、新たな王に救いを求めるべきか。使者が訪れてから、何度も何度も議論を交わしました。今、隣の部屋で休んでいるアマネさん。彼女を一時的に監禁するような事もしていました」


 けど、アマネは俺たちの帰還を村の入り口で迎えた。彼女は2人の門番とともに、遠くから来るだろう≪何か≫を見張っていたのだ。オレたちが村を去るときにはなかった物見櫓まで建てて。それが彼らの答えなのだ。


「けど、あなた方は私たちと語り合ってくれた! たとえ拙くとも、私たちの言葉を使って語り合ってくれたんだ!! 使者は例の如く、不可思議な力で自分の言いたいことを私たちの頭に流し込むだけでした。それでどうして彼らを信じられます?」


 その言葉に思わず、涙腺の蛇口が壊れそうになった。よかった……あの日、言葉を学ぼう、そう決意して本当によかった。

 村長は、テーブルに置かれた悪趣味な黄金像を掴み、持ち上げた。


「こんなもんが何になりやしない! 黄金は確かに貴重だ。けど、これひとつで村人の命が、財産が、村の伝統が救えますか? それらを守れるような価値はない!!」

「価値はないどころか!」


 キンダーが立ち上がり叫ぶ。


「これは罠だ! 村を守るためにこの像を売れば、それを理由に村を滅ぼす。そういう事を平気でやるのが、勇者様とやらの正体だ」


 そうだ!その通りだ!! 村人が次々に立ち上がる。


「…………」


 意外だったのがイーズルだった。お調子者のイーズルと堅物のキンダー、こういう時に真っ先に声を上げるのはむしろイーズルな気がしていた。けど、彼は押し黙っている。


「こんなガラクタで人を支配したつもりになっているような偽りの王、我々は必要としない!!」


 村長は勢いよく床に像を叩きつけた。ゴトンと鈍い音がし、勇者オクトが掲げる剣や翻るマント、その他華美な装飾が醜くねじ曲がった。


「だから、気に病むことはないぞイーズル。これは俺たち全員で決めたことだ」


 キンダーは相棒をいたわるように声をかける。


「けど……俺は……俺は!!」

「イーズルが、どうかしたのですか?」


 状況がわからない。オレは村長に聞いた。


「殺したんです。我々の知らないうちに、イーズルが新王朝の使者を殺しました。」

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