第50話 口頭試問(1)

「よし、じゃあ行くか!」

「ああ」


 3日後。約束の日が来た。半年間かけて翻訳を行ったオベロン王の歴史書。王による口頭試問が、今日行われる。


 図書館の閲覧室は死屍累々の有り様だった。つい数時間前まで、本にかじりついていた転生者たちは、床に突っ伏して微動だにせずに寝息を立てている。

 歴史書の最後の数ページは本当に滑り込みだった。リョウのスキル〈書籍投影〉は常人が本を読むのとは比較にならないスピードで知識を与えてくれるけど、それは決して即時ではない。この半年で判明したことだったのだが、ある程度の情報量を持つ本を頭の中に入れる場合、その効果は数時間後に現れるのだ。

 そのため、最後のページとそれにまつわる本を投影するのは、明け方前までに済ませる必要があった。その結果が、この雑魚寝状態だった。


「それじゃあ行ってくるぞ、お前ら」


 返事がない閲覧室を後にし、オレとリョウは図書館の中央ホールに出た。


「リョウ様、ゲン様」


 ホールではフェントが待っていた。その横には車椅子に乗ったアツシがいる。


「アツシ、体調は大丈夫なのか?」

「はい。おかげ様で、今朝は気分がいいです」


 アツシは笑った。少しやつれているけど、その顔にはだいぶ生気が戻っている。スキルの連続使用が限界を超え、ブっ倒れたときのコイツの顔色と表情は、まさに死相というべきものだった。


「リョウさんもゲンさんも、寝てないんでしょう? こっちに来てください」


 アツシが右手を掲げる。そこにぽうっと光が宿る。


「バカ!やめろアツシ!!」


 リョウが慌ててアツシを止めようとする。


「いえ、やらせてください。二人には、万全とはいかなくとも、少しでも良い状態で試験を受けてもらわないと……」

「けどな、お前……」

「リョウ」


 オレは、リョウの肩を叩いた。オレの目を見て、リョウは察する。


「たのむアツシ」

「はい」


 アツシは微笑んで、オレとリョウに向かって〈汎用回復〉スキルを使用した。光が俺たちの身体を包み込む。頭にまとわりついていた眠気や頭痛、身体のこわばりが、ほどけるように消えていく。死にかけの脳細胞が息を吹き返し、頭が活性化していくのを実感する。


「すみません、まだこのくらいが精一杯みたいです」


 けど、癒やしの光はいつもよりも短いうちに消えた。


「いや、だいぶ楽になったよ。ありがとう」

「そうですか、よかった。ラスト6日間、力になれなかったのが気がかりだったんで、フェントさんにつれてきてもらったんです」

「ありがとうなアツシ。フェントさんも……!」


 リョウはがっしりとアツシの手を掴み、続いてフェントとも握手をする。この世界に握手の慣習がないことは、この半年の学習で分かっていた。けど、それでもフェントは嫌な顔をせず、リョウの意思をしっかりと汲み取って、握る手を小さく振った。


「おふたりとも、ご武運をお祈りします」


 フェントはにこりと微笑んだ。


「それではついてきてください。王の間にご案内します!」

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