第566話 ネクロガルド特急便
「最初から生かすつもりはないってことね。運び入れた樽は、証拠隠滅用の油……ってとこかしら?」
相手は海賊。身代金が目的でないなら、残る要求はただ1つ。
先程の言動で、貴族を恨んでいることは明らかだ。犯行動機が復讐というのは、そう珍しい事ではない。
「ちげぇっつってんだろ。中は、ただの水だ。船を燃やしたりはしねぇし、命も取らねぇよ」
そう言いながらも、半裸の男はズボンのポケットから色付きの石ころを取り出し、その1つを海へと放り投げた。
暫くすると、船の周りに幾つもの水柱が上がり。甲板には10体ものサハギンが乗り込んで来たのである。
「――ッ!?」
その手に持たれた網袋の中には、大量の武器。その中には、ネストのアストロラーベも混在していた。
サハギン達が、それらを船の中央に広げると、樽に入っていた水を容赦なくぶっかける。
「……一体、何をしてるの……?」
「はぁ? 洗浄に決まってんだろ。海水に漬けてたら錆びるだろうが。料理でもしているように見えたのかよ……。あぁ、そうか。貴族様は、新品を買うから武器のメンテなんてしねぇよな。住む世界が違うのを忘れてたぜ。わりぃわりぃ」
嫌味のような口調でネストを罵りながらも、男は先程とは違う別の色の石を海へと投げ入れた。
すると、今度は船が前進を始めたのだ。
乗組員はおらず、帆も張っていない。舵も壊れたままなのに、ロイヤルノーズ号はぐんぐんと速度を上げていく。
「何が起きた!?」
「そう驚くなよ。サハギン達が船を引っ張ってるだけだ。感謝しろ? 特急でハーヴェストまで送ってやるんだから」
「ちょっと待って! 一体どういうことなの!?」
隙を見つけ、リリーを助け出す。その為には、自分の命も厭わない。
それくらいの覚悟をしていたネストとバイスであったが、半裸の男はハーヴェストまで送るのだと言いだした。
現に、船はありえないほどの速度で進み続けている。その方角から嘘でない事は明白だ。しかし、その意図が全くもって理解出来ない。
判断に困るとでも言わんばかりに、複雑な表情を浮かべる2人。サーベルを突きつけられても平然としていたリリーでさえもが、眉間にシワを寄せるほど。
「こんなところで油を売ってねぇで、さっさと国に帰れっつってんだよ。このままだと、九条が死ぬぞ」
「九条が!?」
井の一番に反応を見せたのは、囚われの身であったリリー。
男の方へと振り向くその速度たるや、突きつけられていた
「へぇ。王女様は物わかりが良さそうだ。理由が知りたいなら、隠し持ってる護身用の杖を出しな。抵抗しないと誓うなら、拘束も解いてやる。尤も、ハーヴェストに着いたら、そこに山積みの武器たちも全て返すつもりだけどな」
「……もし抵抗したら、どうなりますか?」
「ぶっ殺してやる……と言いてぇとこだが、九条の知人ってことで見逃してやる。まぁ、俺は海に飛び込めばいつでも逃げられるし? お前等はここで救助が来るのを待てばいい。それでもやるなら、この船を引っ張るサハギンが何体いるのかを想像した上でかかってきな。ただ、時間を掛けるだけ九条の死が近づく事を肝に銘じておくんだな」
「……わかりました。ひとまず話を聞いてから判断しましょう」
リリーがスカートを大袈裟にめくると、ふとももに括り付けられていた小さな杖を男へ向かって差し出した。
「賢明だな」
男はそれを受け取るとリリーを解放し、事の経緯を語り始めた。
ヴィルザール教からの使者が、国に圧力を掛けに来た事。そして九条の処刑に至るまでの経緯をだ。
「禁呪使用の疑いで、九条を処刑だと!?」
行き場のない感情を、解放されたばかりの腕に込め、甲板を叩くバイス。
未だサハギンに囲まれているといった状況は、完全に解放されたとは言い難いが、少なくとも話し合いという体裁は整っていた。
「嘘じゃねぇ。なんでも、国が関与していない事をアピールする為に、国葬で集めた招待客や貴族たちの前で、首を刎ねて見せるんだとさ」
お手上げとばかりに肩をすくめる半裸の男。
その仕草から多少の警戒心はあるものの、先程までの張り詰めた緊張感はない。
なにより、自分達の命綱でもあるリリーを解放したのだ。それは対等に話そうという意思の表れ。
リリーを含めた3人は、聞いた話を脳内で何度もシミュレーションし、断定はできないが可能性としてはありえる話だと解釈した。
「派閥のみんなが、黙ってないはず……。ニールセン公だって九条には世話になってるはずだし、少しでも時間を稼いでくれれば……」
「あぁ、それは期待しない方がいいぜ? 王女様の派閥の貴族は、殆ど王都にいねぇらしいからな」
「なんでよ!?」
「九条が王都に呼ばれた本来の目的は、死んだ王様の降霊なんだとさ。呼び出した魂が本物かどうか見極める為に、九条に肩入れしそうな奴等は王都から離れるよう言われてるって話だ。お前等だって、同じような状況だろ?」
「もしかして、さっき言ってた内通者って……」
「だから言ったじゃねぇか。俺達の側じゃねぇ。むしろそっち側だ。恐らく、船乗りの誰かがお前等の足止めを言い渡されたんじゃねぇか?」
リリーに知られぬよう九条を始末し、事後報告とすれば諦めもつく――。そういう算段なのだろう。
ヴィルザール教を敵に回さないための処遇であるのは理解できるが、報告もなく強行しようというその姿勢は、リリーを怒らせるには十分な要素。
「確たる証拠もないのに、何故九条が犠牲にならねばならぬのです!? 九条の働きには、一考の価値もないと!? 国は国民の命を守る為にあるのだと、お父様はそう仰いました! お兄様は何を学んできたのです!? これでは逆ではありませんか!」
終始黙って聞いていたリリーが、感情を露にする。その珍しい光景に、ネストとバイスが驚いてしまうのも無理もない。
あの第2王女相手でさえも、濁す程度で直接苦言を呈することは避けていたのに、今回はハッキリとアルバートを槍玉に挙げたのだ。
「……知らねぇよ。それは、国のお偉いさんに言ってくれや」
「あっ……失礼しました。あなたに言ったわけではなく……つい……」
視線を下げ、俯くリリー。
考えなしに声を上げてしまった事を恥じているかのような仕草に、半裸の男は感心したかのように目を細めた。
「へぇ。王女様はちゃんと謝れるんだなぁ。海賊なんかとは言葉も交わさねぇもんだと思ってたが、なかなかどうして……。良かったら王族なんか辞めて、海賊にならないか? 歓迎するぜ?」
「なるわけないでしょうがッ!」
突然の申し出に目を丸くするリリー。その代理とばかりに、ネストは伸ばされた男の手を叩くよう払いのけた。
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