第487話 待ち伏せ
「チチチッ。ようこそ、最北方塔駐屯地へ」
俺達を出迎えてくれたのは、リーチという名の
確か塔の見張りも含め、6人ほどで警備の任に就いていると聞いていたが、俺達の視界には既にその倍近い人数の兵士が活動していた。
「予想通りだな。直接殺気を向けられる感覚とでも言おうか……。ワクワクするなぁ、九条殿」
そう思っているのは恐らくワダツミだけだろう。悪い予感程的中するというのは、どうやら本当の事らしい。
そんなワダツミの声を聞き流し、笑顔を作りながらも差し出された手で握手を交わす。
「今回もお世話になります。……前回とは違うメンバーなんですね」
「我々は交替勤務制なんですよ。月に一度、食料と同時に人員も入れ替えているんです。前任者達は既にメナブレアに戻っている事でしょう」
「へぇ……。人数が多いのは何故です? 魔物の被害でも出ましたか?」
「いえいえ。
「あぁ、なるほど。ご苦労様です」
会話を繋ぎ、探りを入れながらも何も知らないふりをして辺りを見渡す。
その景色は前回と殆ど変わらない。中央の篝火は最低限の火力が維持され、駐屯地の敷地以外は一面の銀世界。お昼時という事もあってか、陽の光の反射が眩しいくらいである。
敢えて気になる点をあげるとすれば、前回とは違い兵士達が既に武装しているという事くらい。
「見えているだけで15人。後方で隠れているのが15。各種天幕の中に20といったところでしょう。出来れば囲まれる前に決断を。後方に待機している者達の中にずば抜けた手練れが混じっているのが気になりますが、我らの足にはついてこれますまい」
そう呟いたカガリの上にはミアとキャロ。その強張った表情をもう少しほぐしてほしいのだが、これから襲われるのを知っていれば、それも難しいか……。
やはり相当数の部隊を投入してきたなぁという感想しかないが、それ以前に駐屯地を襲撃の場に選ぶなどとなりふり構わないそのやり口から、相手の本気度が窺えるというものである。
しかも、到着早々だ……。その行動力は、敵ながらに恐れ入る。
「早速ですが、供物の祭壇へと行ってこようかと思います。今からなら往復でも夕方には帰ってこれるでしょう」
「いえ、お待ちになって下さい九条様。長旅を終えたのですから、お休みになられてはいかがでしょう? 従魔達もお疲れの御様子。丁度食事の用意をしておりますので、どうぞ従魔をお降りになられまして……」
ミアとキャロだけではなく、カイエンにはケシュアが乗っている。勿論、即座に逃走する為であり、地に足を付けているのは俺だけだ。
「お気遣いありがとうございます。ですが、それは皆さんとご一緒ということでしょうか?」
「ええ。勿論でございます。……あっ、同席がお気に召さないのでしたら別々でも構いませんが……」
残念ながら、その返答で俺達を騙そうとしていることは確定した。
プラチナを相手にするのだ。真正面から戦いを挑むのは分が悪い。恐らくは食事に毒を盛られているのか、酔わせて闇討ちといった辺りが妥当だろう。
俺達だけならまだしも、皆で食事をするのであれば、犬ぞりを引く犬達も一緒に食事をしなければおかしいのだ。
それが犬達への敬意であり、礼儀なのだとローゼスからは聞いている。
前回この場所を利用した時もそうだった。流石に天幕には入ってこなかったが、外では数人の兵士達と犬達が同じタイミングで食事を囲んでいたのである。
しかし、今現在犬達の小屋が集まる場所には食事が用意されている気配すらせず、人っ子一人見当たらない。
「ワダツミ、行こう」
俺の隣で突如遠吠えを上げるワダツミ。それと同時に後方から聞こえてきたのは、悲鳴にも似た叫び声。
「コラッ! お前達ッ! 言う事を聞けッ!!」
皆が奪われた視線の先には、荷下ろしをしていたローゼスが犬ぞりに引き摺られる姿。
華麗なUターンを決めた犬達は、猛ダッシュで駐屯地から離れていく。
「――ッ!?」
犬ぞりの暴走に見えたであろうその隙を突き、俺はワダツミへと急ぎ跨り走り出す。
「残念だったな。悪いが先に生贄を捧げさせてもらう!」
狙われているのは俺達だが、逃げるローゼスにヘイトを向けない為にもワザと声を荒げて見せる。
そのまま目立つよう従魔達が駐屯地のド真ん中を突っ切ると、後方から聞こえてきたリーチの声に思わず口元を緩めてしまった。
「追えッ! 奴等を逃がすなッ!!」
自分達の目論見がバレていたのだ。もう隠す必要はないとは言え、なんと潔い事か。
天幕に隠れていたであろう伏兵たちが飛び出してくるのを横目に、塔を迂回し風のように駆け抜ける従魔達。
すぐに見えて来たのは、塔の入口を見張っていた一人の兵士。
当然武器を構える暇すらなく、その顔は恐怖に歪む。
「ヒィィッ!?」
悲鳴の主を華麗に飛び越える2匹の魔獣。助かったのかと振り向く兵士の後ろから、強烈なラリアットをぶちかましたのはカイエンだ。
その勢いたるや、吹き飛んだ兵士が積もった雪に隠れてしまうほど。
そこでカイエンだけが足を止め、そのまま塔内部へと入っていく。
「えっ!? ちょっと待って! こっちじゃない! カイエン!?」
微かに聞こえたのはケシュアの叫び。ケシュアにとっては寝耳に水だが、俺から見れば計画通り。
「カガリは先に行け!」
これでローゼスとケシュアから解放され、ようやく自由の身となった。後は、どれだけこちらに敵を引き付けられるかにかかっている……。
優先順位は俺達の方が高いはずだが、それでもケシュアは目撃者。無視するという選択肢はないはずだ。
仕込みがあるとはいえ、大勢がケシュア側に向かってしまえば流石に捌ききれないだろう。
「ワダツミは、このまま付かず離れずを維持して……」
「いや、そうもいかないようだぞ?」
振り返ると、迫って来ていたのは兵士ではなくウルフの群れ。その首で踊るアイアンプレートは、今にも千切れそうなほど。
その数から相手の背景が窺える。目には目をとはよく言ったものだ……。
「仕方ない。供物の祭壇で迎え撃とう」
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