第470話 三大厄災列強伝(獣人編)
スッと立ち上がったケシュアは、俺の隣に腰掛けると大きな咳ばらいで喉の調子を整える。
そして、ミアにもわかるよう穏やかな口調で物語を紡ぎ始めた。それは、子供を寝かしつける為の囁きにも似た柔らかさだ。
「その昔、この地上は三大厄災と呼ばれる3匹の王によって支配されていました。白く巨大な蛇の王ウロボロス、漆黒の竜王ファフニール、黄金の獅子王レグルス。強大な力を持った王達には、誰も逆らうことは出来ませんでした。そんな中、暴君であるレグルスに迫害されていた獣人達は、ファフニールに助けを求めます。それを憐れみ聞き入れたファフニールは、レグルスに戦いを挑みました。大地が震撼するほどの激しい戦いは世界の頂点を決める戦いと言っても過言ではなく、それに後れを取られまいと割り込んで来たウロボロスをも巻き込んで、3匹の王達による熾烈な争いは長きに亘り続きました。それは世界を滅ぼしかねない力のぶつかり合い。しかし、それもある者の力によって終焉を迎えます。……ハイ! ここでミアに問題です! ある者とは誰でしょう?」
「えっと……勇者様?」
それほど考える間もなく出てくる答え。俺も勇者だと思ったのが……。
「ぶっぶぅー! 残念! 正解は魔王です!」
そのケシュアの言い方ときたら……。子供相手にマウントを取ってどうするのか……。
滑稽というより、苛立ちすら覚える顔である。
「長きに亘り戦っていた王達は疲弊し、魔王率いる魔族達は魔法という未知の力で次々と王達を殺めていきました。レグルスを打ち倒し、ウロボロスをも手に掛けた。そして残されたファフニールを追い詰めると、その前に獣人達が立ちはだかったのです。獣人達は言いました。ファフニールは、我々の為に戦ってくれたのだと。だからファフニールだけは許してくれと魔王に何度も頭を下げ、懇願しました。魔王はそれを聞き入れファフニールは一命を取り留めましたが、既に死は時間の問題でした。ウロボロスの石化の呪いがファフニールの身体を蝕んでいたからです。ファフニールは言いました。命が尽きる前に子を残したいと。魔王は言いました。それには対価が必要だと。そしてファフニールは石化を免れていた自分の首を魔王に差し出し、その見返りとして1つの卵を残しました。それを獣人達が大切に育て黒き竜が成熟すると、鱗を1枚置いて何処かへ飛び去ってしまいましたとさ――。……おしまいっと……」
パチパチと拍手するミアに、やり切ったとばかりに得意気な表情を浮かべながらも安堵するケシュア。面倒臭がるだけの、聞きごたえのある物語ではあった。
確かにそれだけの事があれば、獣人達が黒き竜を崇める理由にも頷ける。
それよりも意外だったのは、魔王にも人並の情があるのだろうと思わせる内容であったことである。
「獣人の王家にどれだけ話が伝わってるのか知らないけど、私が知っているのはこれで全部。どう? ちょっとは見直した?」
「面白かったよね? おにーちゃん」
「あぁ。まぁな……」
その言葉を聞いて素直に嬉しそうにするケシュアを見て、ミアも満足そうである。
「それで? 九条はどうするの?」
「どうする……とは?」
「九条は第4王女経由で依頼を受けたんでしょ? ならエドワードを助けてあげるんじゃないかなって思って」
確かにエドワードを不憫に思う。
例えるなら、立ち寄った店の客が全て常連だった時の居心地の悪さだ。それだけの疎外感を覚えながらも立場上、逃げることは許されない。
俺達が調査を成功させれば、グランスロード内でのエドワードの評価は多少なりとも向上するだろうし、リリーは喜んでくれるだろう。
「言いたいことはわかるが、調査の成否はやってみなきゃわからんだろう? 忖度するつもりはないが、俺達が黒き厄災の無力化に成功すれば、エドワードの助けになるだろう事は理解している」
「なら、エドワードの為にも頑張らないとね?」
「忖度はしないと言っただろ。だが、手を抜くつもりもないことは確かだ。……後、あんまりくっつくなよ……」
俺の隣でニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるケシュア。なんというか、宿屋の一件からケシュアの距離が大分近くなった気がする。
勿論、奴隷としての奉仕活動の一環ではないことくらい百も承知。まだ俺との子供が諦めきれていないのか、隙を突いて指環を探し出そうとしているのか……。
せめて指環の実物を確認したい――という魂胆が見え見えではあるのだが、1日中警戒していなければならないのも正直疲れる。
本当のことを言ってしまえば気は楽なのだが、どうしたものか……。
そもそも、俺は指環を持ち歩いてはいないのだ。現在はフードルに預かってもらっている。
事前にケシュアと行動を供にする事がわかっていたのだから、盗まれるかもしれない貴重品を持参するわけがないだろう。
宿屋での一件は、ただのハッタリである。あたかもポケットに入っているように見せかけ、手を突っ込んだだけであり、ケシュアが勘違いをしているだけなのだ。
そんなことも知らずに俺の機嫌を取る為か、調子の良いことをペラペラと……。
「いいじゃない。私は九条の奴隷だもん」
「ファッション奴隷のクセに、よく言うよ……」
「何それ? どういう意味? 異世界にはオシャレな奴隷がいるの?」
キョトンとするケシュアの反応に、思わず笑みがこぼれてしまった。
転生者であるとバレた事で、周りに配慮せず喋らずとも良いのだ。その事実に、ある種の解放感のようなものを覚えてしまったのである。
「違う。打算的に調子の良い時だけ、奴隷になるなってことだよ……」
その意味を理解しムッとするケシュア。しかし、その視線は強烈なものではなく、どことなく柔らかさを感じさせるもの。
そんな2人の間に生まれた穏やかな雰囲気を壊すべく、ミアがその間に突撃して来た事は言うまでもないだろう。
勿論、物理的にだ――。
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