第440話 獅子は兎を撃つに全力を用う

「フードルはどこだ?」


 次の日。村を離れダンジョン手前の炭鉱へと足を踏み入れると、近くのゴブリンに問い掛ける。

 作業の手を止め案内してくれたのは、トンネル採掘の最前線。

 あまり広くはない炭鉱の中を多くのスケルトンが行き来している様は圧巻だ。

 邪魔しに来たわけではないのだが、自分だけが浮いている感じがして正直少し落ち着かない。


「おぉ九条か。どうじゃ? 随分と進んだじゃろう?」


 雑音だらけで聞き取り辛いが、そこにいたのは現場監督……もといフードルだ。

 外出が出来ないフードルに代わって、身の回りの物は全てアーニャが買い揃えているのだが、その服装はなんというか前衛的。

 首に巻かれたのは、マフラーではなくタオル。白のタンクトップに下は足元がダボついたニッカポッカ。惜しいのは黄色いヘルメットをしていない事だろう。

 そもそも角が邪魔でヘルメットが入らないというツッコミは置いておくとしても、それさえあればどこからどう見ても一流の鳶職人である。


「あ……ああ。そうだな」


 服装の方に意識が言ってしまって返してしまった生返事。進捗具合なんて聞かれても、わからないと言うのが正直なところだ。

 トンネル建設の経験と言えば、幼少期に公園の砂場で作った程度のものしかない。

 それをトンネル建設と呼んでいい物なのかはさておき、実際は掘り始めた地点からおおよそ500メートル程度の進行具合。

 1日と少しでそれだけ進んでいるのだから、少なくとも遅くはないはずである。


「魔族は土いじりが得意じゃからな」


 子供か! とツッコまなかったのは、フードルがやけに嬉しそうな表情を浮かべていたから。

 それが嘘をついているようには見えなかったのだ。

 その笑顔を見ていると、魔族が本当に人間達を恐怖のどん底に叩き落とすほどの存在なのかと疑ってしまうほど。

 もちろん性格の個体差はあるだろう。しかし、今やフードルは俺の中ではただの気のいい御隠居といったイメージだ。


「へぇ。何か理由でもあるのか?」


「まぁワシ等は地下が住処のようなものじゃからの。土を掘るのに便利な魔法も知っておるしな。ただちぃとばかし魔力効率が悪いんじゃが……」


 キョロキョロと辺りを見渡すフードル。岩肌から飛び出ている鋭利な石に目を付けたのか、それにそっと手を伸ばした。


「【精魂抹消アストラルイレイサー】」


 次の瞬間、そこにあった鋭利な石は跡形もなく消えていた。削いだり引き抜いたのではない。存在自体がなくなったのだ。

 まるでアイスクリームディッシャーでくり抜いたようなきれいな丸い穴だけが壁に残っていた。

 その大きさはバスケットボールほどで、不自然極まりない。


「これは範囲内の物体を消し去る魔法。魔力を込めれば込めるほどその範囲を広げることが出来る。……が、それだけ魔力も食うというわけじゃ」


「凄いな……。なんでも消せるのか?」


「さすがにそこまで万能ではない。生き物は無理じゃ」


「魔力……エーテルさえあれば、無限にトンネルが掘れたり?」


「もちろん可能じゃ。だが、九条の呼び出したスケルトンのように休憩なしとはいかんからな? 魔力だけあっても体力はどうにもならん。老人には鞭を打つもんじゃないぞ?」


 片腹痛いとはこのことだ。老人とは随分と大きく出たものである。

 200人もの軍隊を相手に、余裕で立ち回る老人がいてたまるか。


「見くびるな。手伝ってもらうことはあるかもしれんが、無茶なお願いはしない」


「ホッホッホ。冗談じゃよ。必要ならば言ってくれ」


 確かに便利だとは思ったが、強制はしない。フードルは俺の奴隷ではないのだ。

 あくまで決定権はフードルにある。今日はそんな気分じゃないと断られても、俺はそれを尊重するだけ。……なんて強がってはいるが、どうしても間に合わなそうなら、手伝ってもらうかもしれない。


「それで? 九条はトンネル工事の進捗を確認しに来ただけか?」


「あ……」


 言われて思い出した。フードルに聞きたいことがあったのだ。


「フードルが追い払ったシルトフリューゲル軍は覚えてるよな?」


「ああ。それがどうした?」


「その遺体はどうした? さっきソフィアさんに聞いて来たんだが、村では処分していないらしいんだが……」


「ああ。それならまとめて捨てておいたぞ?」


「何処に?」


「東の森じゃが……。何かあったのか?」


 盛大な溜息が出たのは言うまでもないだろう。ある意味予想通りの答えであった。

 フードルが東の森に捨てた200体近い遺体を、ブルーグリズリー達が勝手に森を焼いた詫びの品……供物として勘違いし、食ってしまったのだ。

 森を焼いた張本人が巡り巡ってブルーグリズリーに食われるとは、なんとも皮肉な事だが彼等に同情の余地はなく、かと言ってフードルを悪く言うつもりも全くない。

 恐らくは村人達を想い、人知れず遺体を処分してくれたのだろう。それこそ本当に魔族なのかと疑うほどの配慮に、文句なぞ言えるはずがないのだ。


「フードル、ありがとう」


「なんじゃ今更改まって……。言いたいことはそれだけか? なにか問題でも起きたのかと思ったぞ……」


 ホッと安堵した様子を見せるフードル。もったいぶった言い方をしてしまった所為で余計な心配をかけてしまったのかもしれない。


「確かに問題は起きているんだが、些細な事だ。……それでフードルにちょっと相談なんだが、ノルディックを数日ダンジョンの防衛から外したいんだ」


「ノルディックというのは、3層の門を守護しておるデュラハンの事じゃろう?」


「ああ。急な頼みで悪いんだが……」


「別に構わんぞ? ダンジョンの防衛ならワシに任せておけ!」


「すまん。恩に着る」


「なぁに案ずるな。それよりも、デュラハンを必要とするほどの相手なのか?」


「いや、正直過剰だが、力の差を見せつけなきゃいけないからな」


「ならば、代わりにワシが出向いてやっても良いぞ!?」


 嬉々として目を光らせているのは、気のせいだろうか?

 確かにダンジョン生活は退屈そうだが、フードルの手を煩わせるわけにもいかない。

 外部の人間に見られるリスクもさることながら、ケンカを売られたのは俺である。他人に泣きついたと思われるのも心外だ。

 それは小学生同士のケンカに、中学生の兄貴を連れていくようなものである。


「いや、大丈夫だ」


「そうか……。九条が何と対峙しているのかは知らんが、相手が不憫でならんわい……」

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