第436話 大事の前の小事

 ここは魔法学院宿舎の使われていない一室。床板は既に剥ぎ取られ、床下の地面が丸見えだ。

 俺の前に立っているのは虚ろな表情をした奴隷のような格好の3人の男。

 彼等は俺がよみがえらせた採掘の適性を持つ者達。と言っても魂は入れていない為、単純な命令を聞くだけの人形に過ぎない。


「じゃぁ、頼んだぞ」


 俺の言葉に反応し無気力に頷いた3人の男は、持っていたツルハシとスコップで地面を掘り返し始めた。

 今まさに着工したのが、炭鉱とコット村とを繋ぐトンネルの起点。まずは地下へと向かう穴を掘り、階段を作る。

 俺が黒き厄災の調査依頼を受ける代わりに連絡通路を作りたいとネストに打診したところ、2つ返事で許可を貰えた。

 幾つかピックアップした起点を提示したところ、より見つかりにくい場所ということで、室内に出入口を設けることになったのだ。

 まるで秘密基地でも作っているかのような気分である。年甲斐にもなくテンションが上がってしまうのは、そこにロマンがあるからだ。

 開けっ放しの窓から投げ捨てられていく残土は、外に置いてある荷車に上手い事積み上がっていく。


 トンネル建設に与えられた期間はおよそ1ヵ月。工期としては正直少し心もとないが仕方ない。

 グランスロード王国の特使は、近隣諸国に黒き厄災の事を報告しに走り回っているようで、俺を迎えに来るのはそれが終わってからになるらしい。

 多少の前後はするものの、その期間が1ヵ月程度になるだろうとネストは見込んでいるようだ。


 そんな訳でアンデット達はフル稼働である。

 村では無理でも炭鉱側からなら24時間掘り進められる。もちろん掘るだけではなく、炭鉱が崩落しないように補強しながらの作業。

 同時並行でトロッコのレールを回収し、トンネルに敷き直す。捨石の回収に使いつつもトンネルが完成すれば、それはそのまま避難時の荷物を運ぶトロッコとして運用する予定だ。

 当初、荷車程度が通れる程度には広げる予定だったのだが、セキュリティを優先し村の起点を室内とした為拡張性は皆無で、短い工期で作業を終えるにはこれが精一杯なのである。


「九条殿。何か我等に手伝えることはないか?」


 俺の隣で大きな欠伸を披露したのはワダツミだ。大人しく座ってはいるが、動きたくて仕方がないのだろう。

 尻尾をぱたぱたと振る度に、土埃が辺りに舞う。


「村人以外に見られないよう見張っていてくれれば、十分だ。それと東門の警備だな」


「この時間はカイル殿とコクセイが東門の見張りをしているはずだ。そもそも見張りなぞいるのか? 村の東側は村人以外殆ど来ないだろう?」


 魔法学院の宿舎は村の東側に位置し、ギルドや商店、宿屋など人の集まる場所とはそこそこ離れている為、村の住人以外が東側エリアに来ることは滅多にない。


「まぁそう言うな。用心の為だよ……。最近はブルーグリズリーの目撃情報も増えてるしな」


「確かにそうだが……」


 それはフードルがシルトフリューゲル軍を追い払った時期を境に、目に見えて増えたと聞いている。

 幸い小競り合い程度の衝突で大事はないが、被害があってからでは遅いのだ。

 それにシルトフリューゲル軍が、なんらかのちょっかいを出した可能性も否定はできない。

 ブルーグリズリー側からすれば、シルトフリューゲル軍なのか村人なのかは関係ない。彼等は総じて人間の所為だと言うだろう。


「東の森は餌が少ないのか? 恐らく村には食料を求めて来てるんじゃないかと思うんだが……」


「森が焼かれたと言っても半分ほどだ。それに5年以上も前の話だぞ? 食料がなければ我等のように住処を変えればよい。山を越えれば自然豊かな森もあるだろうに……。ブルーグリズリーは決して弱くはない種族。縄張り争いとて、そう負けることはないと思うが……」


「そうだよなぁ……」


 そう考えると、やはり疑うべきはシルトフリューゲル軍だろうか……。


「なんだったら我らが奴等を殲滅して見せようか? ……そうだ。それがいい。そうすれば見張りなぞせずともよくなるだろう? 空いた時間で九条殿が我等をかまえば一石二鳥だ!」


 最後はただの欲望でしかないところがワダツミらしい。

 まるで名案だとばかりに目を輝かせ、色よい返事を期待してか更に速度を上げる尻尾は、埃を掃うどころか最早扇風機だ。


「待て待て。それは流石にやりすぎだ。生態系を壊すつもりはない。村にだけ迷惑を掛けなければそれでいいんだよ。なんとかならないか?」


「それなら我等よりも、九条殿の方が適任であろう?」


「あ……」


 その通りだ。獣達との会話が出来るのなら、俺が出向いた方が手っ取り早い。

 面倒ではあるが、話し合いが上手くいけば村が襲われることもなくなり、従魔達の仕事も減る。

 問題は、相手がこちらの言い分を聞き入れてくれるかどうかだが……。


「俺が村を襲うのをやめろと言って、ブルーグリズリー達が聞くと思うか?」


「九条殿なら余裕だろ? 言うことを聞かねば、得意の死霊術で完膚なきまでに叩きのめしてやればいいのだ」


「もう少し穏便に……」


「九条殿。言わせてもらうが我等の世界ではそれが正攻法なのだ。人間は話し合いで解決しない問題をカネで解決するだろう? それと同じ事だ。我等は力で問題を解決する。故に手加減なぞ無用だ。九条殿も良く言っているであろう。郷に入っては郷に従えと」


「うぐ……」


 まさかワダツミに諭されるとは思わず、言葉に詰まる。しかし、それでは殲滅するのと同じこと。

 出来れば双方が納得する形で終えることが出来ればいいのだが……。


「ここで考えていても仕方ないか……。少し急だが、行ってみるか?」


「うむ!」


 1ヵ月後には北の大地へと遠征しなければならないのだ。少々面倒だが、今のうちに不安の芽を摘んでおくのも悪くない。

 正直ワダツミに乗せられた感はあるものの、トンネルの見張りはひとまず他の従魔達に任せ、俺とワダツミは急遽東の森へと向かったのである。

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