第414話 星詠みの杖

「ゲオルグだって馬鹿じゃない。付かず離れずを維持しながら、相手をかき回しているだけで深追いはせん。加えてあらぬ方向から巨大な矢が降り注ぐ状況。どれだけ凄い魔術師が相手側にいようとも、2000人を守り続けるほどの障壁を維持できる者はそういない。相手に天候を操る魔法の使い手がいれば、多少の有利を捨ててでもその射出地点を割り出し、反撃を試みるとは思わないか? 普通のバリスタではあそこまで届かない。近くに敵が潜んでいると考えるのが道理だろう?」


「確かにそうですが……」


 バルザックの言うことは尤もだが、それはレギーナの存在を視認させてしまうことと同義。射程外とは言え、こちら側も不利な状況になりかねない。

 しかし、ネストの不安そうな顔を見たバルザックはその肩にポンと手を置き、親指を突き立て笑顔を作った。


「信頼と実績のソルジャーパートナーズ黒翼騎士団にお任せあれだ。なにせ300年前も同じ作戦で勝利を収めたのだからな」


 胡散臭い売り文句に疑いの目を向けるネストであったが、バルザックの目は笑っていない。


「スタッグの国王を助けてやった時と状況が似てんだよ。懐かしいねぇ……」


 その足……ではなく、手を止めずにそう言い放ったのはレギーナ。


「どういうことですか?」


「私が貴族に重用された逸話は知っているだろう? スタッグの国王陛下がエンツィアン領でローレンス卿との会談を終え帰路に就いていた矢先、何者かに襲われたんだ。そして陛下が命からがら逃げてきたのがこの砦。気付けば外には数千の兵。それを蹴散らしたのが私達だったというわけだ」


「まさか国王を助けることになるとは思わなかったよな!」


「そうだな。私達が黒翼騎士団を去り、冒険者として登録したのがシュトルムクラータだった。その時受けていた依頼がこの砦の住み込み警備でな。日がな一日城壁に寝そべり鼻クソをほじっておったら、急に砦が慌ただしくなりおった。何を騒いでいるのかと身体を起こせば、ローレンスの軍旗を掲げた兵達が意気揚々と攻めて来る。だからそこにデカいのを1発お見舞いしてやったのよ」


「いやぁ、あたいもあの時は気分がスーッとしたねぇ。黒翼騎士団から追い出された怨みとばかりに暴れ回ってさ。砦に駆け込んできたのが国王だと知ったのは後からだったんだよ」


「気付けばトントン拍子に話が進み、あっという間に貴族の仲間入りだからな。人生何が起こるかわからんもんだ。わっはっは……」


 当時の国王はバルザックの実力をその目で見ていたのだ。それならば周りの反対を押し切ってでも貴族にと考えるのも頷ける。

 過去を思い出し、クスクスといたずらっぽく笑うレギーナに不敵な笑みを浮かべるバルザック。その様子は戦場に立っている緊張感なぞ微塵も感じぬほどに楽観的。

 その時だ。シルトフリューゲル軍の奥から、一筋の光が天を突いた。それと同時に暗雲立ち込める戦場に光芒が差し込み、ゆっくりと雲が退いて行く。

 空には大きな虹が架かり、その景色は息を呑むほどの絶景ではあったが、それを悠長に見ている暇なぞない。

 霧が晴れると、見えてきたのは敵軍の状態。平坦だった地形はレギーナの所為で穴だらけになっていたが、それほど混乱が起っているようには見えず、機能不全というにはほど遠い。

 最前線には大盾を構えた兵達が3重に並び、負傷兵は後方にて回復術を受けている様子。

 恐らく息絶えた者もいるのだろうが、ゲオルグが深追いしなかったこともありそれほど数が減っているようには見えず、薄皮を1枚削ぎ落しただけといった状態である。


「うおぉぉぉぉ!!」


 そのゲオルグはというと、脇腹にザラを抱えながらも叫びながら必死にこちらに向かって来ていた。

 敵軍から奪ったであろう軍馬に跨り、背中に背負っていた軍旗は見るも無残に折れている。後方から雨のように降り注ぐ矢は、風の魔剣である無明殺しの障壁によってそのほとんどを弾いている状況。

 ザラに至っては真顔で小脇に2つの首を抱えていた。恐らくは敵軍の将兵の物なのだろうが、それが生々しくもあり実にシュールな絵面である。

 ゲオルグとザラには目立った外傷もなくひとまずは安堵したが、全速力で逃げ帰って来るその様子は、まさに猪突猛進。それも、この後起きるであろう事象を知っているからなのだろう。


「さて、ようやく空が見えるようになった。そろそろ出番だな」


 バルザックが唖然としていたネストに手を伸ばす。


「我が子孫よ。少しだけ杖を返してくれ」


 その瞳の内に宿る力強い信念はネストでさえも気圧され、ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえてしまうほど。

 一時的とはいえ、アストロラーベが元の持ち主へと帰るのだ。ネストは膝を突き、両手でそれを差し出した。


「なにも畏まる事はない。すぐに返す」


 バルザックがアストロラーベを受け取ると、その感触を肌で感じながらも貴金属の装飾で彩られた大きな水晶を覗き込んだ。


「この感覚……久しぶりだな。これほどまでに良く見えるのは初めてだ……」


 それに首を傾げたのは俺とネスト。その水晶に映し出されているのは、歪んだ周りの風景だ。

 空は蒼く陽は白い。特別感は何もなく変わった様子は見られなかったが、目を輝かせながらもニヤリと薄気味悪い笑顔を見せるバルザックには何かが見えているのだろう。


「おおっとイカン。柄にもなくはしゃいでしまった」


 そう言うと、バルザックは悪魔のような笑みを消し、厳粛な雰囲気を漂わせた武骨な表情を作って見せた。


「御先祖様は、一体何を?」


 ネストがそう聞いた時、折角作ったバルザックの表情は脆くも崩れ、再び口角を上げたのだ。


「この杖の名はアストロラーベ。またの名を星詠みの杖と言う。見せてやろう。この杖に隠されたの真の力を」


 両手で持った杖を天へと掲げたバルザック。詠唱と共に練った魔力を杖に込めると、それは目をそらしてしまうほど眩しく輝きだした。


「我が無形の意思は理、水面みなもに映る月のかげりは新たな星の運命を刻む。宿星しゅくせいを詠み説き紡ぐ者。共鳴せし星をいざない、天上より暗き涙を生み落とせ! 【天文衛星落下アストロギアサテライトフォール】!」


 眩いばかりの光が水晶に吸い込まれると、辺りは何事もなかったかのように静けさを取り戻す。

 するとバルザックは杖を降ろし、額の汗を袖で拭った。


「ふぅ……」


「ど……どうなったんですか?」


天文衛星落下アストローギアサテライトフォールは私の魔力に同調した星を落とす魔法――」


「星を落とす!?」


「そう……。と言っても、極々小さな物がまばらに落ちてくるだけだがな。野外且つ空が晴れている時しか使えず、発動から着弾までの遅延と、命中精度がすこぶる悪いのが玉に瑕だが、範囲と威力は折り紙付きだ。そろそろ落ちて来るぞ?」


 得意気にそう言い放つバルザックであったが、待てど暮らせど空の様子は変わらず、ただ皆で空を見上げていた。

 空が明るい為か、流れ星を探すよりも困難なのかもしれない。


「もしかして失敗? さすがのバルザックも300年のブランクは隠せない感じ? あたいの失敗は指摘しておいて自分の事は棚にあげちゃうのぉ?」


 ねっちこくバルザックを小突くレギーナに、バルザックは鬱陶しそうにしながらも空から目を離さない。


「そんなはずはないんだが……」


「おい、バルザック。予定と違うじゃねぇか! もっかい陽動行ってきた方がいいか!?」


 そんなことをしている間に帰って来たのはゲオルグ。城壁下からの呼びかけに答えたのはレギーナだ。


「ゲオルグ! バルザックの奴、失敗したみたいよ?」


「げぇ……マジかよ!?」


 そのやり取りにバルザックが異を唱えようとした瞬間だった。


「あ……。もしかしてアレ!?」


 空を指差すネスト。皆がそれを見上げると、真っ赤な太陽の隣に米粒程度の小さな黒い点があった。


「イカン! デカすぎる!」


 それに声を上げたのはバルザック。その顔面は蒼白で、どう考えても不測の事態に狼狽しているようにしか見えなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る