第408話 300年前の追憶

 静かな書斎に響く申し訳なさそうなノックの音。スッと開いた扉から顔を覗かせたのは1人の使用人の女性。


「バルザック様。ご友人がお戻りになられました」


「おお。もうそんな時間か」


 書斎机に向かい書類に目を通していたバルザックは掛けていた眼鏡を外すと、大きく背伸びをした。

 テキパキと書類を仕舞い、参考資料として読んでいた書籍の片付けを使用人に任せると、バルザックはロビーへと歩き出す。

 1階と2階を繋ぐ階段は屋敷の中央に位置し、その中程にはバルザックの自画像が飾られている。


「ういっす! バルザック! 帰って来たぜ」


「相変わらず騒々しいなゲオルグ。レギーナもご苦労だったな。仕事は終わったのか?」


「もちろんさ。あたいの弓捌きにかかりゃ屁でもないね」


 ガッツポーズを取りながらもレギーナは、白い歯が輝く程の笑顔を見せる。

 ゲオルグもレギーナも壮健であり微笑ましくも見えるのだが、その格好はお世辞にも貴族のお屋敷には相応しくない。

 ゲオルグ自慢の鎧はキズこそないものの汚れが酷く、レギーナなんて道なき森を駆けたからか所々服が破けていて、今にも大事なところがこぼれそう。


「はぁ……。2人ともまずは風呂にでも入ってこい。さっぱりしたら夕食にしようじゃないか。……もちろん、ザラもな」


 室内だというのに僅かに風を感じ取ったバルザックは、サッと振り向き下を見る。

 そこには頬を染めた黒ずくめの少女がいた。


「……バレてた……」



 食堂にある大きなテーブルには、蝋燭の立てられた燭台と色とりどりの花が活けられた花瓶が置かれているのだが、何故か彼等は小さなテーブルを囲んでいた。

 とは言え、そこに所狭しと並べられた料理は豪華である。


「いやぁ、まさか俺達がこんな贅沢な飯にありつける日がくるとはなぁ!」


「……ゲオルグ……それ毎回言ってる……」


 礼儀なぞ考えず、ガツガツと料理を口に運ぶゲオルグに、ツッコミを入れながらも自分の事は棚に上げるザラ。

 バルザックがスタッグ国王を救い、貴族として登用されてから数年。

 元黒翼騎士団の部隊長達はシュヴァルツフリューゲルの追手から逃れ、平穏な日々を送っていた。

 冒険者として活動しているのはバルザックだけであり、その他3人は名目上バルザックに仕える者として屋敷の離れに借り住まいを設けている。

 と言っても、元は傭兵。勝手気ままな彼等が屋敷に戻る事は稀だ。


「いつもすまんな。ギルドの仕事を任せっきりで……。貴族も中々忙しくてな」


「いいって。気にすんなよ。俺達の仲じゃねぇか」


 バルザックは貴族としての実務が忙しく、冒険者としての仕事はゲオルグ達に任せていた。

 本来であれば本人でなければダメなのだが、そこは国王にコネを持つバルザック。ギルドも口を噤んでいるのが現状だ。

 とは言えバルザックが忙しいのは、ブラバ家が嫌がらせにと余計な仕事を増やす所為であり、それでも貴族を辞めないのはここが仲間達の隠れ家になっているから。

 バルザックが貴族でいる内は、シュヴァルツフリューゲルも表立って手が出せないのである。


「あれ? そういえば奥さんは?」


 骨付き肉を片手に、キョロキョロと辺りを見渡すレギーナ。


「今は……ノーピークスの実家に帰っている」


「え? じゃぁ!?」


「ああ」


 身を乗り出すレギーナに、バルザックは自分のお腹を優しく叩いて見せた。


「「おめでとう!」」


「ありがとう」


 いつもは寡黙なバルザックもこの時ばかりは照れた様子で笑顔を見せる。

 バルザックが貴族となり、ノーピークスの領地を賜った。その地位を盤石なものにする為にと娶ったのがノーピークス町長の娘であるオリヴィアだ。

 新米貴族とは言え一応は領主。町長との面会の度に屋敷にお邪魔していたこともあり、オリヴィアとは面識があった。

 屋敷に赴くたび、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるオリヴィア。バルザックはその献身的な姿に惹かれたのだ。

 どちらにもメリットがある政略結婚に近い形ではあったが、その関係は非常に良好。

 慣れない貴族生活ではあったがオリヴィアは良くバルザックを支え、バルザックもまたそれに応えオリヴィアを愛していた。


「じゃぁコレ。出産祝いね」


 そう言ってレギーナは右手から小さな指輪を外し、それをバルザックに差し出した。

 それは高価なマジックアイテムではあるのだが、どう見ても中古品だ。


「おい……」


 不躾な視線でレギーナを睨みつけるバルザック。


「だって捨てるのも勿体ないし、物珍しさで買ってみたけど使う機会なくてさ。それとも何? 花束とか贈った方がよかった?」


 傭兵として一緒に戦ってきた仲である。お互いの性格は把握済み。

 じっとりと粘りつくような視線のレギーナを、バルザックは諦めたように鼻で笑った。


「いいや。気持ちだけで十分だ」


 その指輪はギルドの帰還水晶を別の錬金術師がパク……リスペクトして作った物。

 帰還水晶の小型化に成功したとの謳い文句で、ミニ帰還リングとして売り出してはいるものの、文字通り転移するゲートの面積も小型化していて人の通れる広さはなく、ゲートを維持する時間も本家の半分。

 唯一本家よりも優れている点は、ゲートを繋ぐ場所を任意に決められるところだ。

 ゲートよりも小さな物を遠くへ送る用途でなら使えるのだが、冒険者付きで乗合馬車に輸送を頼んだ方が安上がりな為、あまり人気のない物である。


「一応お祝いを貰ったんだから、私も何か考えておかんとな」


「へ? 何の話?」


「もちろん結婚祝いだ。ゲオルグとレギーナはそろそろくっついた方がいいんじゃないか?」


「バッ……!?」


 不敵な笑みを浮かべるバルザック。それにゲオルグはなんのこっちゃと不思議そうな顔を向け、対照的にレギーナの顔は真っ赤である。


「バッカじゃないの!? きゅ……急に何を言い出すかと思えば……。あたいがゲオルグを? そんな訳ないでしょ!! 確かに実力は認めてるけど、ガサツで不潔で鈍感で……あと、バカだし酒好きだしギャンブル狂いだし……」


 酷い言われようだが、その慌てぶりは誰がどう見ても図星である。


「……まるわかり……」


「ハッハッハ……。もう傭兵稼業からは足を洗ったんだ。そろそろ身を固めてもいいんじゃないか?」


「……でも、私は獣人族だし……ゲオルグとは釣り合わないよ……」


「何を言い出すかと思えば……。レギーナが黒翼騎士団に入ったのは亜人差別をなくすためだろう? それを自分に当てはめてしまうのか?」


 レギーナはハッとした。肩を竦めながらも、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべているバルザックを睨みつけると、勢いよく立ち上がりゲオルグを引っ張っていく。


「ゲオルグ! 話があるからちょっと来て!」


「おい! なんだよ急に! 飯がまだ残ってるだろ?」


 ずるずると引き摺られるゲオルグと共に部屋を出て行くレギーナ。その決意に満ちた顔は、多少の不安を織り交ぜながらも意気揚々としていた。


「……おもしろそう……」


「おっと……」


 2人が部屋を出て行く様子を見て、席を立ったザラの腕を素早く掴むバルザック。


「一世一代の大勝負。邪魔はしないでやれ」


「……むぅ。残念……」

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