第406話 真の役立たず

 ニールセン公とヴィルヘルムが睨み合う中、アレックスはその違和感に気が付いた。


(僕がレナの他殺に気付いた時、お父様は僕を疑いもせず屋敷の封鎖を命じた。……お父様は九条さんから貰った念珠の事を知っていたのか? ならば何故僕が気が付くまで何も言わなかったんだ? それにタイミングが良すぎる。自暴自棄にならずレナを信じろだなんて、まるで僕が自殺でもするかのような……。……もしかして九条さんはこうなる事を予見していた? レナが殺されることを知っていて、それを僕に知らせる為だったとしたら……。念珠は盗まれたんじゃない。最初からなかったんだ! 盗みが目的じゃないなら、自殺に見せかける必要もなかったはず……。最初からレナを殺すことが目的ならば、レナを殺して得をする者の仕業……)


 アレックスの視線が、目の前にいるヴィルヘルムを捉えたその時だった。


「一体なんの騒ぎです!?」


 これだけの騒ぎになっているにも拘らず、ようやく姿を見せたのは第2王女のグリンダとその従者達。

 ニールセン公がその状況を詳しく説明するとグリンダは鼻で笑い、高らかに声を上げた。


「わたくし、その罪人を知っていましてよ?」


「なんと!?」


 得意気に胸を張り、グリンダが皆の前に躍り出ると周囲を一瞥する。


「それはこの場にいない者の仕業……。ずばり九条の凶行に間違いありません!」


 そういえばと、周囲を見渡す貴族達。第4王女であるリリーとその一団は確認できるも、その中に九条の姿はなかった。

 とは言え、そんな憶測で九条を犯人に仕立て上げられては困るとリリーは声を上げる。


「お待ちくださいお姉様。九条は村の危機に駆け付ける為、断腸の思いで帰還を決断したのです。お姉様ならおわかりのはずでしょう」


「もちろん知っています。ですが、少々出来過ぎてはいませんか? わたくしの得た情報がそもそも九条の流した嘘の可能性も考えられる訳ですしね」


「お姉様は私に不確かな情報をお与えになったのですか!?」


 声を荒げるリリーにもすました表情を崩さないグリンダ。その様子はいつものグリンダではない。

 リリーが少しでも反抗しようものなら、有無を言わさず怒鳴りつけるのがお約束。

 もちろんその違和感に気付いた貴族達も中には見受けられたが、それを口に出す者はいなかった。


「可能性の話です。もし本当に村が襲われたら大変でしょう? ……そうだ。丁度使者としてヴィルヘルム卿が来ているのですから直接聞けばよいのです。コット村を襲う計画があるのかどうかを」


 思い出したかのように手を叩くグリンダ。皆の視線がヴィルヘルムに集まると、ヴィルヘルムは慌てた様子でそれを否定した。


「滅相もない。使者として招かれている間に他国の領土を犯すはずがないでしょう。それにコット村を占領したとして何になるというのです。これといった産業が発展しているわけでもなく、人口も少ない為税収も見込めない。険しい山道を越えなければならず、ブルーグリズリーの生息域の所為で物資輸送もままならない。我々から見れば最悪の立地だ。申し訳ないが、くれると言われてもあんな土地はいりません」


「ならば、やはり九条が怪しいということになるのかしら?」


 含み笑いを浮かべ、勝ち誇ったようにリリーを見下すグリンダは、ダメ押しとばかりに声を荒げた。


「それに証拠ならありますよ? 九条の体には従魔達の毛がたくさんついているではありませんか。レナを殺す為この部屋を訪れていたのならその獣達の毛が落ちているはずです」


 言い切るだけの自信がグリンダにはあった。レナを殺したのはヴィルヘルムお抱えの暗殺者。その者が部屋に動物の毛を撒いている手筈なのだ。

 この部屋には従魔達の姿はなく、タイミングも丁度いい――はずだった。



「ふむ……。これだけ探してもないとなれば、九条殿は関係ないのでは?」


 まるで落としたコンタクトを探すかのようにウロウロと床を這う使用人達を前に、待ちくたびれたとばかりに口を開いたのはレストール卿の護衛グラーゼン。

 部屋を荒らさぬようにと、またその証拠を隠さぬようにと指名された数名で従魔達の抜け毛を探すも、それらしきものは未だ見つからない。

 それも当然。既にこの部屋は掃除済み。いくら探してもこの部屋から九条に繋がる物なぞ一切出てこないのである。

 ザラのおかげで相手の手の内は読めている。問題はどうやって相手の尻尾を掴み、白日の元に晒せるのかという一点だけなのだ。


「そんなはずは……」


 予定とは違う展開にグリンダはヴィルヘルムの顔色を窺うも、ヴィルヘルムは知らんぷり。

 むしろ憤っているようにも見えるのは、あまりにもグリンダが無能だからだ。


「グリンダ様。証拠が出なければ、やはり暫くは拘束させていただく他ありません。とは言え、全員を見張るには人手が足りない。フェルス砦に駐屯している者達を帰還させ見張りをさせましょう。異論はありませんね?」


 辺りを見渡すニールセン公の視線は鋭く、暫く待ってもそれに口を出す者は現れなかった。


「ならば、アンカース卿。砦へと赴き伝言を頼みたい」


「かしこまりました。ニールセン公……」


「お待ちなさい! その役目は、わたくしの従者にやらせましょう」


 ネストの言葉を遮り口を挟んだのはグリンダ。名誉挽回とばかりに鼻息も荒くネストを睨みつける。


「何故アンカースなのです? レナを殺したのがアンカースの仕業かもしれないでしょう?」


「失礼ですが、それを言うならグリンダ様の従者も同じ事でございます。それにアンカース卿は昨晩、私と会談をしておりましたので身の潔白は証明されております」


「ぐッ……」


 まさかニールセン公から言い返されるとは思っていなかったのだろうグリンダの表情が歪み、ヴィルヘルムからは大きなため息が漏れた。


「葬儀は罪人が見つかり次第執り行う。それまでは皆、外出は控えていただこう。指示に従わぬ者は、罪人として疑われると心得よ」

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