第48話 疑われた理由

 実に良い物だ。俺がウルフの族長から受け取ったネストの杖のことである。

 名は知らぬが、きっと名工が作った物に違いない。

 非力な魔術師ウィザードでも扱える適度な重さ。先端に付いている装飾は大きな水晶を守るかのように作られ、高級感が溢れ出ている。

 持っているだけで沸き上がる高揚感は、この杖の効果だろうか?


「どういうこと、九条!」


 そんな俺に水を差したのはネスト。その表情は、悔しさと困惑が半々といったところだ。


「はぁ。それはこっちが聞きたいんですけど……」


「そのウルフ達はお前が使役しているの!?」


「やだなぁ。そんな言い方やめてくださいよ。友達ですよ?」


 どこかで聞いたことのあるフレーズだろう。


「カガリ……。あの魔獣もお前が操っているということ!?」


「それを教える義理はないですね。それよりもこっちの質問に答えてください」


 俺を強く睨みつけるネスト。

 この状況だけを見れば、俺の方が悪に見えるが、尾行していたのはネストの方だ。

 何故、俺が睨まれなければならないのか。


「なんで俺を尾行していたんですか?」


「……」


 それならば、喋りたくなるようにするだけである。残念ながら黙秘権はない。

 俺は、近くにあった腰掛けられそうな大きさの岩に目を付けると、杖の頭部に付いている大きな水晶で、それを優しくコンコンと叩いた。


「ちょっと、何をする気なの……」


 装飾をいれれば1.5メートルほどはあろうかという長い杖を両手で持ち、大袈裟に素振りをして見せる。


「やめて! それは大事な物なの!」


 もちろん、そうだろうと思っているからやっているのだ。

 ネストの方をチラリと見てから岩の方に体を向けると、それを思い切り振りかぶる。


「わかった! 言う!! 言うからそれだけはやめて頂戴!」


 岩まであと数センチのところで、ピタリと止まるネストの杖。


「で? 俺を尾行した訳は?」


「じ……実は……。あなたのことが好きになってしまったようなの!」


 頬を赤らめてモジモジと恥じらうネスト。

 苦節30年ついに俺にも春が! ……って、そんな上手い話があってなるものか。

 とは言え、本当であれば役得だろうとその話に乗ってみた。


「ホントですか! じゃぁ、結婚を前提にお付き合いも!?」


「えぇ……そうね……。ひとまずこの拘束を解いてもらえるかしら?」


「いやぁ、こんな美人と付き合えるなんて幸せだなぁ。……そうだキスしてもいいですか? 一応付き合ってるんですしね」


「いや、待って! さすがに人目が……」


「こんな森の奥深くに人なんか来ないですよ」


「後ろ! 後ろにいるでしょ!」


「あぁ大丈夫ですよ。その人は見てないですから」


 後ろでネストを押さえているのは、俺が呼び出したスケルトンだ。


「キスだけじゃ物足りないので、ついでに胸も揉んでもいいですよね? つきあってるんですしね! あわよくば逝くところまで逝ってしまいましょう!」


「は?」


 俺は再びウルフに杖を預けると、両手をわきわきとさせながら、ゆっくりネストへと近づいていく。


「やめて……こないで……」


「ひどいなぁ。恋人にこないではないでしょう?」


 そしてマシュマロのような柔らかさであろう2つの乳房を鷲掴みにする瞬間であった。


「わかった! 本当のことを言うから! だからやめて!」


 両手をだらりと下げ、溜息をつく俺。

 わかっていた事だが、非常に残念である。


「はぁ。次はないですよ? 嘘だと思ったら杖へし折りますからね」


 ネストは不貞腐れながらも、観念した様子で口を開いた。


「私の祖先に死霊術師ネクロマンサーがいたってことは聞いたでしょう? 私はその遺品を探しているのよ……。色々と調べたけど、わかったのはこの辺りで行方不明になっているって事だけ」


 行方不明は冒険者にとって珍しい事ではない。

 未開のダンジョンで命を落とす者。魔物に襲われ食われる者。骨になってしまえば、もう誰にもわからないのだ。


「このあたりのダンジョンは全て調べた。あとは今アタック中のダンジョンだけ。でも2回のアタックは失敗……。私達はコット村の炭鉱がダンジョンと繋がっていることをギルドから聞いたわ。そして私はそこである噂を耳にした。九条、あなたが破壊神と呼ばれていることよ!」


「ああ。それは子供達が勝手に呼んでいるだけで……」


「それだけじゃない。あなたはあの炭鉱にも入ったことがあり、しかも死霊術師ネクロマンサー! 私が探している遺品は300年前の死霊術の魔法書! そう、今あなたが腰にぶら下げている魔法書の事よ!」


 な……なんだってぇぇぇぇ!! と言いたいところだが、全然違う。

 俺の魔法書は2000年前の物のはずだ。


「あなたは炭鉱からダンジョンへ入り、ご先祖様の書いた魔法書を見つけた! そうでしょう!?」


「いや……これは……」


「ベルモントの魔法書店でも高値が付いたことは調査済み! 違うと言うなら見せてみなさい! ご先祖様の書いた魔法書は、言い伝えによれば深緑色の装丁のはず! そのカバーを外せばすべてが明らかになるはずよ!」


「はい」


 腰の魔法書のカバーを半分剥がしてネストに見せる。

 その装丁は、黒かった。


「……あれ?」


 あれ? じゃないが……。

 再び出る盛大なため息。正直、破壊神の件が出たことでバレたのかとヒヤヒヤしたが、まったく関係はなさそうだ。

 こんなことなら、ここまで手の込んだことをする必要はなかったと、俺は少し後悔した。

 カガリに頼み、ウルフ達に協力してもらえるよう交渉に行かせた。

 それに協力してくれるのを確認したうえで、スケルトンを呼び出して戦っているように見せかけ、ウルフ達が背後を取りやすいよう一芝居打ったのだ。

 ネストは顔を真っ赤にして俯き、プルプルと震えていた。


「なんでこんな回りくどいことしたんですか……。普通に魔法書見せろって言えば見せたのに……」


「そんな……そんなこと言える訳ないでしょ! 私はこれでもゴールドプレートよ!」


 なるほど。プライドの問題か。


「九条。あなたいつから私の尾行に気づいていたの!?」


「一昨日の宿屋の増設工事の時からですね」


 恐らく、それは最初からだったのだろう。ネストの顔はさらに赤く染まった。


「俺がその……、ネストさんのご先祖様の魔法書を持っているかもしれないというのは、皆さんご存じなんですか?」


「いえ、そう思っているのは私とバイスだけよ。彼とは腐れ縁でね。だから私に今回のダンジョンの話を持ち掛けてきた。フィリップとシャーリーは関係ない。ファーストアタックでクリア出来なかったから助っ人としてパーティに入ってもらっただけ。ダンジョンで見つかった宝を山分けにする条件で引き入れた。魔法書が見つかれば、こちらで買い取るつもりだったけど……」


「それが見つかれば、パーティは解散するんですか?」


「私とバイスは魔法書が手に入ればそれでいいけど、フィリップとシャーリーは調査を続けると思うわ。調査はギルドから依頼されたものなのよ」


 どう転んでも明後日の調査は止めることは出来ないようだ。


「まぁでも、ミアちゃんは救われたようで良かったわ……」


「ん? どういうことです?」


死霊術師ネクロマンサーさがみたいなものよ。例えば、死体を操る魔法があったとしましょう。使える死体は2つ。使い易い方と使いにくい方。どちらを使う?」


「使い易い方ですか?」


「そうね。その使い易い方がミアちゃん。死霊術はお互いの想いが強いほどかけやすい。それは多分お互いの事を熟知しているからだと思うんだけど、あなたが死霊術師ネクロマンサーとして未熟で、300年前の魔法書を使えなかった場合、使い易いミアちゃんを手に掛ける可能性があった。だからあの魔獣がミアちゃんのボディーガードになるか試したのよ。尾行にはその監視の意味もあったわ」


 意味もなくカガリに命令した訳ではなかったようだ。

 それを俺に話したということは、やはり俺にはそれほどの死霊術は使えないと思っているのだろう。

 ネストを押えつけているスケルトンは、見せない方が良さそうだ。

 それよりも気になるのは、ネストが探しているという魔法書。

 ダンジョンの奥にあった300年前の魔法書で間違いない。ネストの言っていた通り深緑色の装丁をしていた。

 その存在をちらつかせ、それを餌にこちら側に引き込むことは出来ないだろうか……。

 それが無理なら仕方ない。解放する前に迷惑料として、胸を1回揉んでおこう。

 こちらはウルフ達を使うことが出来るという手の内を1つ明かしてしまったのだ。

 それくらいええやろ……。


「300年前の魔法書……。もし俺がその在処を知っているとしたら、どうします?」


「――ッ!?」


 そよ風で木々が騒めく中、しばらく無言で立ち尽くす2人。

 その均衡を先に破ったのはネストだった。


「九条。あなた一体、何が望みなの……」


 結局、俺はネストの胸を揉むことは出来なかったのだ。

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