第40話 封印(物理)

「バイス。本当にこんな所で破壊神グレゴールが復活したのか?」


 ダンジョンを慎重に進みながらも訝しんでいるのは、ハーフプレートの鎧を着込み、ロングソードを手にしているいかにも剣士といった風貌の男。

 首からはゴールドのプレートがぶら下がっている。


「いや、正直まだ半信半疑だが、魔族がいるのは間違いない」


「でも、あんたらはそいつの姿を見てないんでしょ?」


 2人の会話に割って入ってきたのはショートヘアの女性。軽装で短弓を片手に持っている。

 胸元のプレートはシルバーだ。


「目の前で魔物達の死体が起き上がり襲って来たのよ……。何度倒しても起き上がってくる……。あれは人間の魔力で出来る範囲を超えているわ」


「ネストの言っていることは本当だ。フィリップもシャーリーも油断しないでくれ」


「まあ、大丈夫だろ? 今回はウチのギルド担当もついて来てる。補助2人、前衛2人、それにレンジャーと魔術師ウィザードだ」


「それが油断だと言っているんだ!」


 不意に声を荒げるバイス。ネストに静かにするようにと諫められ、フィリップは溜息をつくと一応の謝罪をしながらも、ついでに愚痴をこぼした。


「悪かったよ。まぁ空振りだけは勘弁願いたいね。なんせ前回は緊急の依頼だっつーから行ってみたら誤報だったからな」


「ホントよ。ベルモントでは珍しくデカい仕事が来たと思ったのに……」


 6人の仲間達は警戒をしながらも、ダンジョンを奥へと進んでいく。

 1度は封印の扉まで攻略しているのだ。多少の魔物はいたものの、大した数ではない。

 そして3層の封印された扉の少し手前まで来ると、作戦の最終確認の為足を止める。


「シャーリー。ここから少し先に行くと封印の扉だが、何か感知できるか?」


「……いるね。魔族の反応が1つ……。けど小さい。こいつがグレゴールなら大したペテン師だよ。それ以外の反応は今のところないね」


「よし、ネスト。封印解除までの時間はどれくらいかかる?」


「そうね……。5分から10分といったところかしら」


「オーケー。じゃぁ手筈通りネストは封印解除を。それ以外はネストの護衛だ」


「バイス。アンデッド達は強いのか?」


「いや、強くはない。ただ数が多い。頭を潰しても関係なくよみがえる。足を狙って行動を制限するくらいしか対処法はない」


「了解だ。……で、扉を開けた後はどうするよ?」


「もちろん偽のグレゴールを叩くが、先がどうなっているかわからない。封印を解除することによってグレゴールがダンジョンの奥に逃げる可能性もある。その場合は索敵しながら探索を続けよう」


「ニーナ、シャロン。帰還水晶は持ってきているな?」


 それに無言で頷いたのは2人のギルド職員。

 ニーナはバイスの担当職員。前回も同行している為か、少々気を抜いているようにも見える。歳は10代半ばと若く、経験も浅い。

 一方のシャロンはエルフ族の女性だ。その中でもハイエルフと呼ばれる魔法の扱いに長けた種族。白い肌にブロンドの髪。そして長い耳が特徴的である。

 シャロンはシャーリーの担当で、ギルド職員としての経験は豊富。ダンジョンもそこそこ潜ったことのあるベテランだ。


「もしもの時は躊躇せずに使え。今回の目的は封印解除だ。解除出来ればそれでいい。グレゴールをれるに越したことは無いが、深追いはしない。いいな?」


「はい」


「よし。じゃぁいくぞ」


 6人が一斉に雪崩れ込むと、目の前には封印された大きな扉。

 そこまで一気に走り抜け、扉の前に陣を取る。


「魔物はいない! クリアだ! ネスト、頼む」


「了解!」


 ネストは持っていた杖をニーナに手渡し、両手で扉に触れた。


「【解析アナリシス】!」


 魔力で封印されている扉。その解除方法は魔力パターンを解析する事から始まる。

 幾重にも折り重なる魔力の流れを紐解き、封印された魔力と逆の魔力を流し込むことにより、それは解除されるのだ。

 ネストを取り囲むように陣形を組むと、バイスはスキルによる補助効果を入れる。


「”鉄壁”!」


 橙色の薄い光の膜に包まれる仲間達。鉄壁はパーティ全員の防御力を向上させる盾適性のスキル。


「シャーリー。索敵に反応は?」


「言われなくてもやってるわよ。今のところ変化はない。魔族の反応が1匹だけ」


 辺りは嘘のように静まり返っていた。アンデッドが襲ってくるどころか、未だなんの反応もない。

 作戦と違う状況に、戸惑いを隠せずお互いの顔を見合わせてしまうも、出てこなければそれで良し。このまま封印を解除して、扉を開けるだけである。

 しかし、それも束の間。ダンジョン内に響いたのはグレゴールの声。


「やれやれ。またお前等か人間」


「グレゴール!」


「こいつがそうか?」


「恐らく……。姿を現せ!」


「そうだなぁ。お前の魂をくれるなら考えてやらんこともないぞ?」


「やるわけがないだろ! お前こそ観念して姿を見せたらどうだ!?」


 バイスがグレゴールとの会話を引き延ばし、時間を稼ぐ。

 ネストから送られてくるアイコンタクトは、解除までに残り2分と告げていた。


「私はまだ何もしてないじゃないか。それでも私を討とうと言うのか?」


「魔族と言うだけで十分だ!」


「そうか……。ならばこちらも黙ってやられる訳にもいくまい……」


 グレゴールの話が終わると同時に、叫んだのはシャーリー。


「索敵に魔物の反応! 数は……20!」


「どっちだ!?」


「こっちじゃない! 扉の裏側!」


「最後の警告だ。この扉を開けたらお前達は死ぬ。それでもよければ開けるがいい」


「シャーリー。魔物の強さは!?」


「数は多いけど、個々は弱い。勝てる。私達なら問題ない!」


「よし! 扉が開いたらこちら側におびき寄せて各個撃破する!」


 緊張の為か発汗が酷い。恐らくは皆がそうであった。

 シャーリーはレンジャーとして優秀だ。索敵スキルのトラッキングは魔物にのみ反応するスキルだが、その精度は高く、おかげで幾度となく危機を乗り越えてきた実績がある。

 そのシャーリーが勝てると判断したのなら間違いない。

 しかし、魔族を相手にしたことは皆無。ましてや相手は、破壊神と呼ばれ恐れられたグレゴールだと言う。

 皆の頭の中では、偽物だと確信しているのだ。……してはいるのだが、もし本物だったら……という不安が拭えないのも確かであった。


「解析が完了した! 【解呪ディスペル】!」


 ネストの魔法に呼応して激しく輝いた扉は、ゆっくりとその光を失っていった。

 それは封印の解除を意味する。

 ネストはそれを見ることなく一気に後ろへ下がると、ニーナに預けていた杖を受け取り、身構えた。


「来るぞ!」


 準備は万端。戦闘態勢に入ると、開かれるであろう扉から魔物の群れが突入して来るのを待った。



 ……永遠とも思える時間であったが、実際に経った時間は3分ほど。

 今や封印されていた扉は、ただの重い鉄の扉だ。しかし、未だに反応がない。

 導火線はすでに燃え尽きているのに、一向に咲く気配を見せない花火のような感覚。


(このまま手をこまねいていても仕方がない。誰かが様子を見に行かなければ……)


「バイス。俺が開ける。いいか?」


「頼む」


 フィリップが扉に両手をつけ、渾身の力を込めてそれを押した。


「んぎぎ……」


 しかし、扉はビクともしない。形状から押す以外の選択肢はないはずである。


「はぁはぁ……ダメだ……。重すぎる……。誰か手伝ってくれ」


 確かに扉は金属製で重そうだが、成人男性ならそこそこの力で開けられるようにも見える。


「シャーリー。扉が開いたらスパイラルショットを放て」


「わかった」


 スパイラルショットは弓適性のスキル。矢に回転を加え、貫通力に特化させた攻撃スキルだ。

 開いた扉の隙間に打ち込めば、目の前にいるであろう魔物達を一気に葬れるはず。

 バイスは弓を引き絞るシャーリーを確認すると、フィリップと共に息を合わせた。


「いくぞ。せーのっ!」


「「ぐぬぬぬ……」」


 何度やっても結果は同じ。扉はビクともしない。


「どうした? 開けないのか?」


 グレゴールのバカにもしたような声が、無慈悲にもフロア内に木霊する。

 別の鍵が必要なのかと思案するも、そんな痕跡は見つからず、かといって錆び付いて動きが鈍くなっているわけでもなかった。

 封印解除に失敗したのかとも思ったが、封印されていた時の魔力反応はすでに消えている。

 今度はネストとシャーリーを残し、4人で押してみるも結果は変わらずだ。

 地面に膝をつき、額に汗を滲ませながら激しく肩を上下させる冒険者達。

 それは扉を開けても、戦う余力が残らないほどに力を込めた結果であった。


「フン、その程度か。第2の封印も解けぬとは……。また出直してくるんだな」


「第2の封印!? ネスト! どういう事だ?」


 封印は解かれた。それ以外に鍵はないのも調べた。

 常識的に考えて、開かない方がおかしいのだ。


「ありえないわ……。封印は1つのはずよ……。もう魔力反応もない……」


「じゃぁ、何故開かない!?」


 それはネストには答えられないのだろう。

 その表情はあり得ないと言わんばかりに狼狽していたのだから。


 ――――――――――


 腑に落ちない様子で撤退して行く冒険者達に、九条はホッと胸を撫で下ろしていた。

 何故封印の解かれた扉が開かなかったのか。答えは簡単である。

 内側から20体ものスケルトンを使って、押さえていただけなのだ。

 扉の前にずらりと並ぶスケルトン。それは魔法で強化され、鉄のような強度を誇るつっかえ棒。

 セコイと言われるかもしれないが、殺生せずに追い払うにはどうすればいいのかと九条が頭を悩ませた結果がコレである。


「要は、扉を開けなければいいだけだ」


 第2の封印なんてものは存在しないのだ。……しかし、開かない扉を前にすれば、それを信じてしまってもおかしくはない。


「マスターの戦い方って……なんというか、地味……ですよね……」


 呆れたように言う108番に、九条は反論出来なかった……。

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