第370話 ヤート村

 それから3日後。俺達を乗せた馬車は国境を越え、目的地のヤート村は目前へと迫っていた。その間、従魔達にはアニタの匂いを探ってもらってはいたのだが、リブレスを出た時点で、追跡は諦めた。

 その匂いの元が俺達同様に国外へと出ていたからだ。恐らくはサザンゲイアへと戻ったのだろう。ならば追うまいと仕事を優先させることにしたのである。

 アニタはマナポーションを欲しがっている。ならばこちらから探さずとも、向こうから顔を出してくる可能性は高い。その時にガツンと言ってやればいい。

 失踪した理由は知らないが、一時的とはいえパーティメンバーなのだ。相談してくれれば、別のやり方もあったかもしれない。まぁ、元々協調性のある奴ではないと思っていたが、迷惑をかけた分は言ってやらねば気が済まない。


「見えてきましたよ。あれがヤート村です。……いや、跡地……ですかね……」


 切り開かれた森の中に佇む廃村。ジョゼフの指差した方向にあるのは見るも無残な廃墟だ。いや、廃墟とも呼べない何か。

 そろそろ野営の準備をしなければならない時間帯。廃村で一夜を明かすつもりであったが、辺りは暗く如何にも出てきそうな雰囲気だ。

 木造の家は腐り、屋根は抜け落ちていて蔓と苔に覆われた壁はもはや緑の絨毯だ。半分以上が森に還っている家屋が無数に散らばっている惨状は、酷いとしか言いようがない。


「トラッキングに反応はないけど、魔物でも住んでそうな雰囲気ね……」


「おにーちゃん……」


 俺の袖をぎゅっと掴むミア。その表情は不安でいっぱいといった様子。


「どうした?」


「なんかコット村みたいでやだ……」


 廃村となってから8年。以前の姿はわからないが、その景色は何処となくコット村に似ていた。

 ミアに言われてふと思い出してしまったのだ。村が盗賊に襲われていたあの時の情景を。村の東側は酷い被害だった。

 救助が間に合わず、復興も出来なければ、ヤート村のような運命を辿ったかもしれないと思うと、他人事には感じられなかったのだ。

 恐らくミアもそうなのだろう。そんな不安を少しでも払拭できるようにと、肩を抱き寄せ震える手を優しく握った。


 馬車から降りて村の淀みを探す。それはすぐに見つかった。ジョゼフが場所を知っていたからだ。


「当時、この辺りに死体の山が出来ていたのだと聞いています……」


 8年も前だ。まるでそんな形跡は残されていない。骨さえ残っていないのだ。恐らくは供養されたのだろう。


「村人じゃないな……。ここは違う……」


「ならば、墓でしょうか……。ご案内します」


 ジョゼフについて行くと、うっすらと残る墓場の面影。白い石碑だったであろう無数の墓標は腐葉土と草に塗れ、墓場だと言われなければ気付かないレベル。

 そして、誰もいないであろうそこに居たのは1人の女性。年の頃は30代中ほどから後半といったところか。庶民的な服装に薄汚れたエプロンを羽織り、ブツブツと何かを呟いていた。

 もちろん、それは生きてはいない。


「アーニャ……。私のアーニャ……。どこへ行ったの……」


 何かを探しているかのように、墓の周りを徘徊する女性の霊。刺激しないようにと皆を下げさせると、単身そこへ近づいて行く。

 すると、俺に気が付いた女性の霊が、一気に詰め寄って来たのである。


「アーニャ! 私のアーニャを返して!!」


 伸ばされた両手は虚空を掴み、そのまま俺の肉体をすり抜けると、女性の霊は闇の中へと消えた。


「ちょっと九条! 今のは何!?」


 振り返るとガタガタと震える仲間達。


「もしかして、見えたのか?」


「一瞬だけ……。凄い勢いで迫ってきて消えた女の人……」


「そうか……」


 相当な未練があるのだろう。恐らくは廃村になった原因も知っているかもしれないと当たりをつけ、一旦は馬車へと戻った。


「よし。野営の準備だ」


「「えぇ!?」」


 俺の提案に驚きの声を上げたのは女性陣だ。


「どうした? 最初からそう言う話だっただろ?」


「ここはやめにしない?」


「もしかして……怖いのか?」


「あたりまえでしょ!?」


 そんなことない……と強がるかと思ったのだが、返って来たのは素直な意見。

 シャーリーの言葉にヘッドバンキングかと思うほどに頷くミアとシャロン。その2人はまぁいいとしても、何故シャーリーが怖がる必要があるのか……。


「トラッキングに反応しないなら魔物じゃないだろ? 大雑把に言えばイリヤスやペライスと一緒だ。相手はこっちに干渉出来ないんだぞ?」


「そうだけど、そうじゃないのよ!」


「いや、一緒だろ……」


 まるで話が噛み合わない。とはいえ、言いたいことはわからなくもない。危害が加えられるかどうかではないのだ。それが未知への恐怖というもの。

 自分の理解の及ばない物に恐怖するのは当然のこと。動物が本能的に火を恐れるのと同様である。


「ジョゼフさんを見習えよ……。ねぇ?」


 俺達のやり取りをただ茫然と眺めていたのがジョゼフだ。怖がるどころか、笑顔を浮かべているほどである。


「え? あはは……。驚いてはいますよ?」


 まるでそうは感じないのは、恐らく慣れているからだろう。8年間まさか1度も調査していないという事はないはず。

 何度も調査に来ていて、ゴーストやレイスが出る場所として認知されていれば、この女性の存在を知っているのもおかしなことではないし、最終的に死霊術師ネクロマンサーに頼ることになったのも頷ける。


「ここから2時間程かかってしまいますが、小さな街がございますので、そこまで移動しても構いませんが……いかがいたしましょう?」


 その提案に、何度も頷く女性陣。


「仕方ない。俺の荷物だけ置いてってくれ」


「え? 九条は行かないの?」


「ああ。さっさと調査を終えて帰りたいしな」


 こちとらガキの頃からお寺で生活しているのだ。魔物は怖いが、幽霊なんて怖くない。


「そうだけど……」


 俺だけ置いて街で一夜を明かす。それに罪悪感を感じているのか、悩む様子を見せるシャーリー。

 もしかしたら、「やっぱり私もここに残る」と、言ってくれるかと思ったのだが、現実は非情である。


「じゃぁ、また明日ね」


「すいません。九条様……」


 馬車へと乗り込むシャーリーとシャロン。しかし、ミアだけが戻って来た。


「やっぱり、おにーちゃんと一緒にいる!」


 パタパタと駆けてくるミアは、俺のみぞおちにヘッドバッドをかます勢いで体当たり。


「ぐえ……」


 その後を追ってきたカガリも、まんざらでもない様子。


「いいのか? 無理しなくてもいいんだぞ?」


「ちょっと怖いけど平気! おにーちゃんとカガリがいるもん!」


 ミアの決意に満ちた表情は、鼻息も荒く気合十分といった感じ。やはり、持つべきものはミアである。その頭を優しく撫でると、俺の顔を見上げ笑顔を見せる。

 結局残るのは俺とミアとカガリとコクセイ。そしてジョゼフということになった。


「ジョゼフさんも避難してくれて構いませんよ? 結果は明日報告しますので……」


「いえいえ。九条様の案内人ですので。残るのが当然です。これもお仕事ですのでお気になさらず」


 それだけ俺が信用出来ないのだろう。気分を害すほどではないが、監視の仕事も楽ではなさそうだと苦笑した。

 シャーリー達にワダツミと白狐をつけたのは護衛の為だ。俺達を尾行しているイーミアルが、どちらに行っても問題ないように……。まぁ十中八九こちら側だろうとは思うが……。

 俺達はシャーリー達の乗った馬車を見送ると、村の中心であろう広場で野営の準備を始めた。

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