第367話 虫は嫌い

 イーミアルが部屋を出て行くと、静まり返る室内。


「嵐みたいな人だね……」


「そうだな……」


 ミアの言葉に、言い得て妙だなと全員が頷いて見せる。


「女王様もそうだったけど、イーミアルさんもモフモフ団って言わないね。そんなに変な名前かな?」


 笑顔の中にもふと陰りを見せるミア。


「ミアが一生懸命考えてくれたパーティ名だ。バカにする奴がいたら俺がそいつの奥歯をガタガタ言わせてやるから安心しろ!」


 ガッツポーズで励ますも、返って来たのは喜ぶでもなく笑うでもない微妙な表情。


「そ……そこまではしなくてもいいかも……」


 周りからの視線は痛いが、間違ったことは言っていない。相手の表情を見るに、バカにしているというより恥ずかしくて口に出せないといった類のものだとは思うが、そこまで気にするほどのことだろうか?

 俺達に配慮して、努力してくれているというなら可愛げもあるのだが……。


「言いたくなければ最初から口にしなければいいのにな。エルフが他種族に高圧的なのはわからんでもないが、これもそういった種族や文化の差って奴じゃないか?」


「そうかな? でもジョゼフさんは普通に言ってくれるよ?」


 言われてみれば確かにそうだが、ひとまずそれは置いておこう。今はそれよりこれからの事だ。


「そんなことより、もし行動制限が解かれたらどうする? ミアが街を見て回りたいというなら、依頼を受けても構わないが……」


 それに待ったをかけたのはアニタ。席を立ち俺を睨みつけるその形相は、焦りの色を隠せてはいない。


「ちょっと待ってよ九条! 私の約束はどーなるのよ!?」


「わかってるよ。忘れてないって、急ぐほどの事じゃないだろ?」


 残念ながらアニタのマナポーションより、優先すべきはミアである。

 仕事が増えるとは予想していなかったのだろう。とは言え、アニタが仕事を手伝わずとも報酬は折半するつもりだ。


「どちらにせよ、ちゃんと報酬は折半するから……」


「報酬なんかどうだっていいの! 私は……」


「私はもう帰ってもいいかな? リブレスも十分堪能したよ?」


 アニタの声を上書きしたのはミアだ。苦笑いを浮かべるその様子は、申し訳なさそうでもあり、アニタに遠慮しているようにも見えた。


「……いいのか、ミア? こんな奴に気を使う必要はないぞ?」


「こんな奴とは何よ!?」


 怒り心頭のアニタは無視し、ミアの顔を覗き込む。


「うん。別にアニタさんの為じゃないし、むしろ早く帰りたい……かな?」


 その理由を考えるも、思い当たる節は1つしかない。


「そうか……。まぁ、シャロンさんには悪いが、エルフの種族差別的な考え方はちょっとな……」


 言われるであろうと思っていたシャロンは乾いた笑みを浮かべ、シャーリーは何故か不躾な目を俺に向ける。


「いやいや、何言ってんの九条。虫でしょ?」


「虫?」


 シャーリーの言葉に、恥ずかしそうにこくりと小さく頷くミア。


「あー……そうだったのか……」


 今まで気にしてはいなかったが、ミアくらいの歳であれば虫が嫌いなのは仕方のないことだ。それを表に出さなかったのは、我慢していたか強がっていただけなのだろう。

 シャーリーやアニタが気にしないのは冒険者として慣れているから。シャロンは元々そこに身を置いていたのだから当たり前の話。

 考えても見れば、巨大な樹木が聳え立つウッドエルフの領域からその兆候は表れていた。自然が多いコット村でも虫は出るが、フェルヴェフルールはそれ以上。

 そりゃぁこれだけの大自然。スタッグより南に位置する大陸で、暖かい気候。春先でコレなら恐らく夏は地獄であろう。……いや、虫からしてみれば天国なのだろうが……。


「なら、当初の予定通り調査のみで切り上げよう」


「どうせなら、今受けてる依頼もキャンセルして帰っちゃえば?」


 突然の物言いに、全員がそろって振り向いた。そこにはニヤリと不敵な笑みを浮かべるアニタ。

 悪魔のささやきかと思うほどに衝撃を隠しきれず、その斬新すぎる提案にはさすがの俺も舌を巻く。

 アニタからは同族の匂いがする。同気相求とまではいかないが、もしかするとアニタこそが真の仲間なのかもしれない。


「お前……天才か?」


「おにいちゃん!?」


 違約金としてキャンセル料は発生するが、そもそも報酬はそれほど高くはない。俺にとっては微々たるものだ。

 だが、依頼を受ける前提でリブレスへと入国しているとなると、いきなりキャンセルして出ていくというもの心証が悪い。

 仕事をしないなら何のために入国したのかと怪しまれるのは確実で、観光がしたくて……と言って信じてくれるとは思えない。


「冗談だよ。ミアは俺がそんなことすると思うか?」


「うん」


 間髪入れずに返って来た情け容赦ない返事に胸を打たれていると、戻ってきたのはイーミアル。


「すまん。ダメだった!」


 肩で息をしているところを見ると、急いで確認に言ってくれたのだろう。その努力には敬意を表するが、例え外出許可が出ても依頼を受ける気はなかったので、丁度良かった。


「ならば、予定通り調査の依頼だけということで……」


「うむ。仕方あるまい。この後はこちらで用意した部屋にて休んでくれ。王宮内を見て回るのは構わないが、その間は監視をつけさせてもらう。出発は明日だが、問題はないか?」


「え? 王宮に泊めさせてもらえるんですか?」


「そうだが……不満か?」


「いえ、そう言うわけではなく、ジョゼフさんが宿を取っていると言っていたので……」


「ジョゼフ? ……あぁ、お前達を迎えに行った送迎馬車の御者のことだな? そっちは気にしないでいい。予定が変更になったんだ。まさかこちらもプラチナの冒険者が来るとは思わなくてな。急遽王宮でもてなすことにしたのだ。連絡がいっていると思っていたがうまく伝わっていなかったようだな」


「はぁ……」


 それからは各自が部屋へと案内され、一夜を過ごした。相変わらずミアに用意された部屋は使われないのが不憫である。

 夕食に出た神樹茶は、なんというか独特の風味で人を選ぶ飲み物であった。ジョゼフの言う通り、まろやかで口当たりはいいのだが、飲み終わった直後に鼻に抜ける匂いが泥臭いのだ。不味くはないのだが、クセのある感じ……。長く飲み続ければ、その良さがわかるようになる嗜好品と言えば分かり易いだろうか……。

 そういった意味ではコーヒーやビールなどに感覚は似ているのかもしれない。

 その味に懐かしさを感じていたのは、シャロンだけであった。

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