第363話 うっかりアニタ

 ジョゼフに続き、ギルドに足を踏み入れる。さすがはチェーン店。内装は変わらず、実家のような安心感。

 と言っても、冒険者はハイエルフとウッドエルフしかいない為、常連客の中に紛れ込んだ珍客感は拭えない。そして例の如く集まる視線。


「では、こちらに座ってお待ちください。担当の者を呼んでまいりますので」


 そう言ってギルドカウンターの行列に並ぶジョゼフ。さすがは大規模ギルド。結構な行列である。


「出来れば早くしてほしいな」


 それに頷くミアとシャーリー。人間が珍しいのは理解するが、その視線は鬱陶しい。

 それは敵意ではなく、どちらかというと興味の方が強いのだろう。ボソボソと聞こえてくる声は、俺達の事で持ち切りだ。


「珍しい……」「人間……」「魔獣と子供……」「プラチナ……」「はずれ……」


 全ては聞き取れないが、俺が単語として聞き取れたのはこれくらい。

 なんにせよ、別に喧嘩を売られている訳じゃない。少々居心地は悪いが、雑談でもしながら待っていればいいのである。


「言いたいことがあるならハッキリいいなさいよ!」


 大声で怒鳴り散らしたのはアニタである。それが聞こえた瞬間、思わず手で顔を覆ってしまったほどだ。

 何と言えばいいのだろうか……。若さ故の過ち? ……いや、違うな。忍耐力がないだけか……。溜息しか出ない。


「おい、アニタ。いい加減にしろ……。問題を起こすなとあれほど……」


「は? こんなことで問題になるわけないでしょ? 私はゴールドなの。当然気に障れば言い返しもするわよ。あんただってプラチナでしょ? 逆らえる奴なんかいないんだからガツンと言ってやんなさいよ」


 言いたいことはわからなくもない。冒険者はプレート至上主義と捉えている者が大半で、自分よりも上位のプレートには逆らわぬ者が多いのも事実。

 とは言え、いきなりこれでは印象は最悪だ。アニタには、モフモフ団としての自覚をを持ってもらわなければ困るのである。


「いい加減に……」


 そう言いかけたところで、エイブレストの酒場での事が頭を過り、言葉に詰まった。

 アニタとは言え、さすがにそろそろ信用してあげてもいいのではないかと思い立ったのだ。

 ある意味賭けではあるが、何かあればすぐ止めればいいだろうと、そのままアニタを放置してみた。……決して面倒くさかった訳じゃない。



 その結果、数分後には最初のギスギスした雰囲気は鳴りを潜め、あり得ないほどに仲が良くなっていたのだ。

 アニタと意気投合した冒険者達は、互いの冒険譚を語り合ったり、自慢のレア素材を見せびらかしたりとご機嫌である。


「そうはならんやろ……」


 だが、実際そうなのだから仕方がない。

 ちゃんと言葉にすれば、誤解も解けるということの表れなのだろう。彼等には俺達に対する期待が大きかったばかりに失望してしまったという明確な理由があったのだ。

 8年前。他種族への規制が強化され、街中では純血のエルフ族以外、見ることがなくなった。

 それが冒険者達にとっては痛手だったのだ。純血のエルフは魔術系適性が多い。裏を返せば、それ以外の適性は限りなく少ないのだ。

 前衛職が不足気味なのである。既にソロで活動している前衛職の冒険者は何処かしらのパーティに所属していて、解散待ちの状態。パーティ募集掲示板は前衛職の募集で溢れ返っていた。

 風の噂で俺達の来訪を聞きつけ、あわよくばパーティにと考えていたらしいが、蓋を開けてみれば後衛職だらけ。期待が外れたということだったらしい。

 バイスを連れて来ていれば、奪い合いが発生していたかもしれないと思うと、それを想像して頬を緩めてしまうのも仕方のない事である。


「そうならそうと、早くいいなさいよ」


 アニタの機嫌も直り、和気あいあいと雑談を楽しんでいると、ようやくギルドから呼び出しがかかる。


「……モ……団の皆様。お待たせしました。ご依頼の件は作戦会議室にて承ります」


 俺達の前に立ったギルド職員の女性は、もじもじと恥ずかしそうに頬を染める。


「モダン?」


 恐らくモフモフ団と言いたかったのだろう。本気なのかワザとなのか、それを聞き返すミアを無視したギルド職員は、俺達を作戦会議室へと案内すると1枚の依頼書を差し出した。


「それではこちらにサインをお願いします」


 それにはしっかりと目を通す。グリムロックでの二の舞いは御免だ。


「えっと……。内容がコット村で提示されている物と変わらないのですが?」


 依頼におかしな点はない。廃村となった原因の調査。だが、その場所が伏せられているのも変わらなかった。


「目的地は、依頼主から直接聞いていただくことになります」


「このイーミアルって人ですか?」


「はい。依頼を受理しましたら、そのまま依頼主の元へとご案内することになっています」


 確認の為、ミアやシャロンに依頼書を見てもらうもおかしな点はないとの事から、それにサインし依頼を受諾した。


「ねぇ、九条……」


 何故か当たり前のように隣に座っているアニタから耳元で囁かれ、肘でコツコツと小突かれる。

 もちろん、催促されずともわかっている。約束は約束だ。


「すいません。消耗品リストを……」


「畏まりました」


 差し出されたそのリストは、何処のギルドでも使っている同じ物。目的の物は最終項目のはずなのだが……。


「あれ? マナポーションは?」


 そこにその項目は見当たらなかった。消されているのではない。そもそも存在しないのだ。


「すいません。マナポーションは本部から供給が止められていて……」


「なんでよ!?」


 予想外の答えに、血相を変え身を乗り出したのはアニタ。その迫力たるや、殺してしまいかねない程の勢いだ。

 それに驚き、ビクッと身体を震わせるギルド職員は、恐る恐る口を開く。


「さ……3年前からそうなんです。8年前の入国法規制の強化で純血エルフ以外の冒険者も締め出されました。ギルド本部はそれに不服を申し立て、リブレス側に規制緩和を求めたのですが現在でも状況は変わらず……。ギルド本部は、依頼料の引き上げやオプションサービスの停止など様々な制裁を行ってきましたが、ついにはマナポーションやその他消耗品の流通をも止めたんです。魔術系適性の多い我が国のギルドとしては死活問題で、最近ではリブレス国内のギルドを閉鎖する噂まで囁かれる始末でして……」


「そうなのか?」


 膝上のミアは首を横に振り、シャロンも聞いていないと口をそろえる。そしてカガリは嘘ではないと言い切った。

 ギルド本部側がマナポーションの枯渇に便乗した可能性は否めない。リブレス側がそれを制裁と捉えてくれれば、そこに供給予定のマナポーションを他の所へ回すことが出来る。ギルドとしては一石二鳥だ。もちろん、制裁中なら復活した在庫を配る必要もない。

 確かにギルドがなくなれば、リブレスにとっては痛手だろう。冒険者は、流れ者が多数。気に入らなければ他の国でも活動は出来る。

 それに、この国にいるプラチナプレート冒険者である泡沫夢幻ほうまつむげん白波しらなみが国を捨てる可能性すらあるのだ。

 とは言え、俺にとってはギルドとリブレスの現状なぞどうでもいい。そんなことより気になるのは、怒れるアニタをどうなだめるかである。


「落ち着けアニタ」


「落ち着けるわけないでしょ! 私が何の為にここにいると思ってるの!?」


 観光や恩返しなんかの為について来ている訳じゃないことくらいわかっていた。むしろ気付かれないとでも思っていたのだろうか……。

 勢いで出てしまった言葉にハッとしたアニタは、口を噤むとわちゃわちゃと慌て始める。


「あぁっ! えっと……今のは違くて……。なんというかその勢いで……」


「いいよ……。仕事が終わったら他のギルドで工面してやるから……」


 恐らく俺が言えば1本くらい融通してくれるだろう。ギルドに借りは作りたくはないが仕方ない。

 こんなところでアニタに暴れられるよりはマシである。

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