第361話 フェルヴェフルール(入口)

「で? シャーリーは何で俺の部屋に?」


「特に用事なんかないわよ? 寝る前に従魔達をモフモフしておこうと思っただけだし。私達はモフモフ団ですからね!」


 凛々しい顔でそう言い放つシャーリーに呆れつつも、それだけで済んでいるのが不思議でもあった。

 仲間とは言え、勝手に部屋に入られれば腹も立ちそうなものだが、そんな気さえ起こらない。

 もちろん信用はしている。ミアとはまた違う何かを感じるのは、恐らく慣れから来るものなのだろう。

 俺を慕ってくれているからこそ心を開いてくれているのは大変ありがたいことではあるが、正直最近は開きすぎなんじゃないかとも思えるのだ。


「モフモフを愛する者に悪人はいないのよ? モフモフ団には1日1回モフモフしないといけないルールが……」


「んなもんねぇよ……」


 なんにせよ特に用事があった訳ではないようだ。なんてことはない俺とシャーリーとのやり取りに笑顔を見せるミアとシャロン。アニタは相変わらず不愛想だが、旅は順調に進んでいた。

 幾つかの街を跨ぎ、少しずつ様変わりしていく種族模様。既にダークエルフとハーフエルフは見る影もなく、その殆どがウッドエルフとハイエルフが占めていた。

 変わったのはそれだけではない。高さは100メートルを超え、くり抜いてしまえば人間すら住めそうな太さを誇る巨木達が眼前に広がる景色。しかし、ジャングルほど密生もしていないのは、恐らく日の光の殆どが遮られているからだろう。

 周りは薄暗く鬱蒼としていて、地上には緑が少なく感じる。そのおかげか、街道は整備されていなくとも走りやすく、稀に巨木の根で馬車が少々跳ねるくらい。もちろんそれらが邪魔で、世界樹なんてまるで見えない。


「フェルヴェフルールまでは後どれくらいですか?」


「そろそろ街の入口が見えてきますよ?」


 ジョゼフの言葉に胸を躍らせたミアは馬車から身を乗り出すも、見える景色は茶色と緑。

 裏切られた期待に頬を膨らませるも、見えてきたのは巨木を囲むように建てられた石造りの塔である。


「お待たせしました。ここからは徒歩で登ります」


「登る?」


 馬車を降り、ジョゼフに案内されるがままに塔の内部へと侵入すると、中には大きな螺旋階段。

 長い馬車の旅であったが為に、運動不足解消にはもってこいだが、普段から運動などしていない俺にとっては地獄以外の何者でもない。

 プロスポーツ選手が引退する年齢の平均は29歳前後と何処かで聞いたことがある。つまり俺は肉体的には折り返し地点なのである。


「どんだけ登るんですか?」


「そんなこと聞いてどうするのよ。登らない選択肢はないんだしさっさと行こう?」


 シャーリーの意見は尤もだが、先が見えているのといないのとでは訳が違う。

 巨木に沿って登っていく為ゴールは見えず、見上げても見えるのは螺旋階段の裏側だ。


「九条殿。よければ我の背に乗るか?」


 そんな俺に、救いの手を差し伸べるワダツミ。


「いや、大丈夫だ」


 引きつった表情でそれをやんわりとお断りすると、渋々階段に足を掛ける。

 さすがに俺の我が儘で、従魔達を頼るわけにはいかない。ただ、階段以外の方法はないのかと思っただけなのだ。

 魔法が得意なエルフの街なのだから、魔力で動くエレベーターのようなものがあってもいいのではないかと、勝手に期待していただけである。


 階段を上り始めて数分で頂上へと辿り着く。先頭のジョゼフが扉を開けると、珍しい景色に一同は目を見張った。

 高さ的には思っていたほどではなく、建物で言うと3階くらい。地上から10メートル強といったところ。

 木製の床が張られ、それは高所に作られた解放感溢れるバルコニー。簡単に言ってしまえば、巨大なネズミ返しの上にいるのだ。

 先に見えるのは大きな吊り橋。どうやら樹々の間を幾つもの吊り橋で繋いでいるようだ。

 陽の光の届かない所は魔法のランタンが吊るされ、新緑の輝きが辺りを照らし、幻想的であった。


「すごーい」


 その光景にミアは大喜びである。


「この辺りはウッドエルフの縄張りです。彼等は木の上で生活しているんですよ? 人間には刺激的でしょう」


 そんなミアにジョゼフは偉そうに講釈を垂れる。


「へぇ。そうなんですね。……すごいね。おにーちゃん」


 当たり障りのない返事でジョゼフを躱したミアは、その感動を共有しようと俺の周りで跳ねまわった。


「ああ。すごいな……」


 そう言ってミアに微笑み返す俺に、疑いの目を向けているのはカガリ。その理由はわかっている。俺が嘘をついているからだ。

 確かに巨大な木の上に建物があれば、秘密基地のようで少年心をくすぐられるが、正直凄いかと問われても判断に困る。

 珍しい事は認めよう。文化の違いも素晴らしい。この世界の技術水準で語れば、凄い事なのは理解している。だが、日本と言う別の世界の技術力を知っているからこそ、素直にそう思えないのが少々心苦しくもあった。


「ここから3つほど橋を渡った先で馬を借ります」


「馬ぁ!?」


「はい。ここはあくまで街の入口に過ぎず、都市部はもっと奥ですから。ここからですと、大体20キロほど先になります」


「大丈夫なんですか?」


「何がです?」


「いや……。落ちたりしないかと……」


「エルフで落ちる者はいませんが、人間ですとどうでしょうね……」


 こんな高所で馬に乗るのは、さすがに初めての経験である。そもそも乗馬の経験は少ないのだ。不安しかない。

 張り巡らされている柵は、高さが1メートルもない木の枝で作られた簡素な物。馬の脚ならば、平気で飛び越えられそうだし、そもそも安全帯を結ぶワイヤーさえないのだ。

 高所が苦手な訳じゃないが、ウッドエルフ製の木製の吊り橋と、日本製のコンクリ橋。どちらが信頼できるかと言われれば、言わずもがなだろう。


「すまんワダツミ。やっぱり背中を貸してくれ……」


 結局、ジョゼフとシャロンは馬に乗り、それ以外の者達は従魔の背に跨った。

 さすがのエルフ族とは言え、馬を走らせたりはせず。ゆっくりと馬の歩幅のペースで進んでいく。

 時折住民であろうエルフ達とすれ違うも、俺達が珍しいのか注目は集めるのだが、会話はない。

 エイブラストと違って、昼間だというのに真夜中のような静けさだ。


「なんか高くなってません?」


 巨大なネズミ返しとそれを繋ぐ吊り橋の連続。現在は街の入口と言われたところから恐らく10キロほど。

 時折下を見るのだが、橋を渡るごとに少しずつ高度が上昇しているような気がする。


「もちろんですよ。成長してますから」


 シャロン曰く、入り口の塔が一番低いところらしい。木の成長と共に高度が増すのは当然の話で、奥に行くほどそれが顕著なのだそう。


「フェルヴェフルールに入れる入口は3つしかありません。何処にあるのかは教えてはいけない決まりなので、お教えできないのです」


 なるほど。道理でジョゼフが必要な訳だ。道案内がいなければ到底辿り着けない場所のようである。

 何気なく付いて行ってはいるが、1本の巨木に架かる複数の吊り橋は最早迷路。必ずしも近くの木に橋が架かっているわけでもないことから、恐らくは外敵に対する備えとしても考慮されているのだろう。


「地上からは入れないって認識で合ってます?」


「そうです。フェルヴェフルールは世界樹を中心として、その周りを高い壁で覆われています。ウッドエルフの領域を通らなければ入れないように出来ているんです」


「なるほど。随分とガードが堅いんですね」


「もちろんです。我々エルフの民は神に選ばれた種族! 神樹の守護者なのですから!」


 手のひらを世界樹へと掲げるジョゼフは、恍惚とした表情を浮かべていた。

 自己陶酔と言うべきか……。それに誇りを持っているのだろうが、正直関わりたくない相手である。

 神から賜りし世界樹。その世話を任され、張り切るエルフ達。相手が神だからこそなのだろうが、俺ならたとえ神からのお願いでも、そんな面倒臭い仕事は御免である。故に、エルフ達の気持ちを理解しようとは思わない。

 色々と聞きたいことはあるのだが、それをジョゼフから聞くのは止めておいた。

 こういった盲目的な信者は、拗らせると後々面倒な事になるのを知っているからだ。

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