第345話 臨時使用人ソーニャ
「これが部屋の鍵だ。俺は隣にいるから何かあれば言ってくれ。恐らくこっちから呼び出す事はないがな」
「ありがとうございますにゃ。……それにしても何か生活感に溢れていると言うか、まるで誰かが住んでいたようにゃ……」
「そ……そうか? 気の所為じゃないか?」
あれからシャーリーを探し出し、すぐに部屋の撤去を言い渡した。色々と考えはしたが、結局はプランBを採用したのだ。
そもそもシャーリーがこの建物に出入りしていること自体、怪しいのだ。それを目撃されることすら許されない。
多少の抵抗はあったものの、理由を説明した途端わちゃわちゃと慌てた様子を見せたシャーリーは、最低限の荷物だけを纏めて出て行った。
それがバレれば俺だけではなく、シャーリーだってネストに叱責されるのは間違いない。法外な家賃を催促してくるかもしれないのだ。
ということで、暫くシャーリーはギルドに仮住まいの予定である。
「大丈夫にゃ九条様! 女を連れ込んでいたことは誰にも言わないでおくにゃ!」
余計酷いわ! と言いたいところをぐっと耐える。まぁ、ある意味間違ってはいないが、勘がいいのか冗談なのか。イマイチ判断が難しいが、それならまだシャーリーの方がマシである。
そもそも意気揚々と目を輝かせて言う事ではない。
「変な妄想を口にするのはやめろ……。えーっと……」
「あっ、大変失礼しましたにゃ。私の事はソーニャとお呼びください」
「まぁ、その……一応はよろしくと言っておく」
差し出した右手を不思議そうに見つめるソーニャは、思い出したかのように俺の手を取り握手を交わした。
それからというもの、寝ている時以外は常に俺につき纏うソーニャ。正直勘弁願いたい。
ギルドではシャーリーにからかわれ、食堂では俺の食事の様子をジッと眺めているだけ。
だからと言って、怒鳴りつけるわけにもいかず……。
「なぁ? 別に用事はないんだ。ついてこないでくれるとありがたいんだが……」
「なんでにゃ? 出先でお手伝い出来る事があるかもしれないにゃ」
あるわけがない。出先と言っても村から出る用事なぞないに等しい。あったとしてもダンジョンに顔を出す程度のもの。
基本的に俺は1人の方が好きなのだ。こうひっきりなしについてこられると気が休まらない。
「あっ! 逢引する時は言ってくださいにゃ。遠くから眺めるだけにするにゃ」
「興味津々じゃねーか……」
「それで九条様。今日のご予定は何にゃ?」
「今日は墓の掃除だ」
「わかったにゃ! 大人しく見てるにゃ!」
何気ない会話だった。ここ最近のいつもの事。毎朝予定を聞かれては、それに応えるだけのやり取り。
だが、今日だけは何故か嬉しそうだった。その上擦った声のトーンに違和感を覚えたのだ。
いつもは、何か手伝えることがあるはずだと食い下がって来るのに、今日に限ってはそうじゃない。
やることは共同墓地の掃除。落ち葉を掃き、供えられている花が腐る前に回収し、汚れた墓石を磨いて回る作業。
もちろんそれをやるのは俺であり、手伝ってもらおうとは微塵も思っていない。
普通の人は家族が眠る墓でもない限り、やりたがらない作業なはず。そう考えると大人しく見ていると言うのも頷けるのだが、使用人としてそれでいいのか?
俺に仕えることを諦めたのならそれはそれで構わないが、そういった表情ではなく。いつにも増して輝いている。
ギルドが休みのミアも一緒に手伝ってくれるということで作業を開始したのだが、ソーニャはちゃっかりついて来た。
どうやら仕えることを諦めた訳ではないようだが、俺達の作業をただただ眺めているだけである。
ミアが箒で掃き掃除。俺はバケツの冷たい水に手を突っ込んでは雑巾を絞り墓石を磨く。
墓石と言っても日本のような四角柱の縦長の物ではなく、海外にある大きな石板のようなもの。
日本の物と違ってツルツルしていない為、苔生した物は剥がすのに一苦労。前回の旅が思いの外長く、その間放置されていた為尚更だ。
こちらの世界と日本では、墓に対する考え方はまるで違う。
日本のお墓は故人が眠る場所と考えるのに対し、こちらでは故人を偲ぶ場所であるのだ。
そこには誰もおらず。魂は天へと還っている。墓石はただ故人が生きていたという証であり、どちらかというと記念碑という考え方が強い。
故にお供え物はお花だけ。食べ物や酒などを備える習慣はないのだ。
「おにーちゃん」
「なんだ?」
「ソーニャさん。すっごい見てるよ?」
「ああ。いつもの倍は目が怖い」
ソーニャの瞳孔は開きっぱなし。獣人特有の鋭い視線はまるで獲物を狙っているかのような眼光だ。
その表情は真剣そのもの。俺の行動を見逃すまいとするそれが、監視をしているようにも見えた……。
まさかとは思うが、一応探りは入れておこう。
「そろそろ休憩にしよう」
墓地の広場での焚き火。ミアが掃除で集めた枯れ葉を燃やし、その炎で沸かすのはミルクたっぷりの紅茶だ。
墓地という場所が少々場違いではあるが、ティータイムには丁度いい時間帯。
「ソーニャもどうだ?」
「ご遠慮しますにゃ」
まぁ、断られるのはわかっていた。使用人は主人と一緒に食事をとる事はない。
それはネストやバイスを通じて知っていた事。とは言え堅苦しいのは性に合わない。
「そう硬くなるな。使用人とはいえ、一時的なものだろう? シルビアとセレナの事が聞きたいんだ。お茶の相手くらいいいじゃないか」
笑顔を向ける俺に、悩んだ様子を見せるソーニャであったが、2人の名前を出した途端にその表情は緩んだ。
ソーニャはその2人に仕える使用人だ。屋敷でのことは守秘義務であり口には出来ないはず。
だが、その相手が俺ならどうだろう。恐らく俺は例外として認められているのではないだろうかと踏んだのだ。
俺とソーニャの間にある共通の話題はシルビアとセレナの事だけだ。言いたくても言えないことを俺相手なら言える。
その不満を解消してやることが出来るのだ。
誰が来るのかわからない合コンよりも、共通の話題があるオフ会の方が100倍楽しい理論である。
「……しょうがないにゃぁ」
俺とミアにそそくさと近寄り、丁度いい高さの切り株に腰を下ろすソーニャ。
うーん。ちょろい。
それほど熱くはないミルクティーを両手で受け取り、舌の先でちろちろと温度を確かめている姿はそのまんま猫だ。
「カガリ。おいで」
ミアの隣が定位置のカガリを近くへ呼び、愛でるように優しく撫でれば、お茶会と言う名の尋問の始まりである。
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