第337話 夜逃げ屋九条
シャロンの異動を本部に打診し、許可が下りた。
さすがはプラチナと言うべきか、九条の関わる人事は何を置いても優先しろとは気前のいいものである。
目の前には自分のデスク回りを片付けるシャロン。それを手伝う職員達は皆笑顔だ。
その様子はまるで寿退社。送別会も出来ず、急な異動命令であればそれも尚更だろう。
「本日はこのような場を設けていただき、ありがとうございます。わたくしシャロンは明日付けでコット村支部へと異動となります。ベルモントギルドでは皆様から温かくご指導いただけました。その経験を糧に新天地でも皆様のお役に立てるよう頑張ります。ありがとうございました」
職員達の前で見事な挨拶を披露するシャロン。満面の笑みを浮かべ頭を下げると、職員達からは盛大な拍手が送られる。
「シャロン! 元気でな!」
「あっちでも上手い事やれよ?」
「気をつけてね!」
感極まってしまったのか涙を拭う様子を見せたシャロンは、そのまままとめた荷物を手に、ギルドを去って行った。
残されたのは小綺麗にされたデスクだけ。
「支部長の私にはなんの挨拶もなしか……」
嫌われていることは自覚しているのでわかってはいた事だ。感傷なぞには浸らない。
むしろ出て行ってくれて清々した。後は、シャーリーに新たな担当を見繕えばいいだけだ。
「お前達。シャロンの代わりにシャーリーの担当になりたい奴はいるか?」
シンと静まり返る室内。職員達からは冷やかな視線が向けられる。
「最低……」
「支部長はもう少し空気を読んだ方がいいですよ?」
空気なんて読んでいたら、出世なぞ夢のまた夢である。周りを蹴落としてこそ未来があるのだ。
シャロンだってそう。シャーリーを蹴落としたからこそ九条をものにしたのだろう。シャーリーはシャロンを信じ、裏切られたのである。
翌日。シャーリーがギルドを訪れた。
「おはようございます。シャーリー。お話はシャロンから聞いていますか?」
「話ってなんの?」
「ご存じない? まさか担当冒険者にも黙って行ったのですか!?」
ワザと大袈裟に声を上げた。シャロンの事だ。どうせ言わずに行くだろうとは思っていた。
それを知った時、シャーリーはどう感じるのか。恋敵がいなくなりホッとするのか、それとも大手を振って喜ぶのか。
「行くって何処に?」
「ああ。可哀想なシャーリー。シャロンは異動になってしまったのです」
「そうなの?」
「ええ。そうなのです」
思ったより反応が薄い。まるで予想の範囲内だと言わんばかり。
興味がないのか、それとも無理して淡泊を装っているのか……。
それが面白くなかった。
「異動って何処に?」
本来それは業務規約で教えることは出来ないのだが、教えた方が面白そうだと欲を出した。
シャーリーが九条とシャロンを追いかけ、コット村が修羅場と化せば愉悦である。
直接見に行くことは出来ないが、ここは情報の集まる冒険者ギルド。その噂が風と共に流れて来れば、それを肴に祝い酒を飲むのも悪くない。
周りに聞かれないよう声のトーンを下げる。
「本当は教えることは出来ないのですが、シャロンの新しい職場はコット村なんです。シャーリー、あなたは裏切られたのです……本当に酷いことをする……」
少々わざとらしかっただろうか? チラリとシャーリーの顔を見た。
怒りに打ち震えるのか、はたまた涙を流すのか。その結果はどちらでもなかった。
シャーリーは満面の笑みを浮かべていたのだから。
「そう。ならよかった」
何が良かったのか……。暫くその場に留まり思考を巡らせた。
恐らくシャーリーは九条のことを吹っ切ったのだろう。シャロンと顔を合わせることもなくなり安堵した、という事なのであれば頷ける。
「ノーマン。次の休みは何時?」
「えっ? あ……あぁ。5日後ですが……」
「そう。邪魔したわね」
シャーリーはそれだけ言うと去って行った。
休みを聞いたのは、新たな担当選びに立ち合いが必要だからだろう。恐らくは5日以内に次を決めようと言うのだ。
修羅場にならなかったのは残念でならないが、これも1つの結末だ。
九条の許しを得られ、シャロンを追い出し、シャーリーはギルドに残った。ゴールドに昇格したのは想定外だが、ギルドが潤うのは間違いない。
九条引き抜きの夢は潰えたが、このあたりが落としどころか。これ以上望むのは欲張りである。
今日は枕を高くして寝れそうだ。
それから私が休日まで、シャーリーはギルドに顔を出さなかった。
余程九条の事がショックだったのか、もしかしたら密かに修羅場が始まっているのかもしれない。
そんなことを考えながらも更に月日は進み、1ヵ月が経過した。
おかしい……。シャーリーがギルドに姿を見せない……。
シャーリーの事が心配で食事も喉を通らない。また、行方不明になってしまったんじゃないかと不安に駆られる。
「おい。誰か最近シャーリーを見なかったか? 何かの依頼か、遠征の報告を受けてる者はいないのか?」
「え? 支部長何言ってるんですか? シャーリーさんならホーム解消届けが出ていますよ?」
「……は?」
耳を疑った。それは冒険者には有利な制度。より高額な依頼が受けられるかもしれないのに、ホームを解消する意味がわからない。
街を出て行ってしまった可能性を考え、頭を掻きむしった。
「何故だ? 何時届けを出した!?」
「届出が出されたのは、確か支部長がお休みだった日ですね。理由については聞いていませんので、わかりませんが……」
「シャーリーの家はどこだ!」
「さぁ? 過去のホーム申請書類に書いてあるんじゃないですか?」
それはすぐに見つかった。有能な職員が、ホーム解消届けと一緒にして保管していたからだ。
ギルドを飛び出し街中を爆走した。
ホームの解消をしたのは何か事情があるからだ。引っ越した訳じゃない。きっとそうだ……。
だが、その事情は見当もつかない。
シャーリーの借りていた家に辿り着くと、その扉には貸し部屋の張り紙がしてあった。
「シャーリー! いるんだろ!」
何度も扉を強打していると、後ろから肩を叩かれた。
シャーリーが帰って来たのだと僅かな希望を胸に振り返ると、そこにはシャーリーとは似ても似つかないおっさんがいた。
「「誰だお前は!?」」
2人のおっさんが一瞬のハーモニーを奏でたが、どちらもその表情は真剣である。
少しの間を置き、先に声を上げたのは肩を叩いたおっさんだ。
「私はここの大家ですが……」
「おお! 丁度良かった! シャーリーは何処にいる!?」
「シャーリーさんなら引っ越しましたよ?」
「何処に!?」
「さぁ? 聞いていませんので……」
「他に何か言っていなかったか!? 何か変わったことでもいい!」
「賃貸解約以外の話は特に何も……。……そうだ。変わった事と言えば、お引越しを手伝っていた男の人が大きい獣を使って家具を運び出していたんですよ。それはもう圧巻の一言で、あんなに早く引っ越し作業が終わるなんて夢でも見ているのかと……」
間違いない。九条だ。シャーリーに飽きたんじゃなかったのか!?
気付いた時には早馬を走らせ、コット村へと向かっていた。
行ったところでシャーリーが帰ってくる保証は何処にもないのに……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます