第335話 ベルモントギルド支部長 ノーマン

 シャーリーとシャロンがベルモントに帰って来た。随分と長い旅であったが、それもこれも九条の機嫌を取る為だ。

 ギルドの奥からこっそり様子を覗き見る。

 九条はいないが、知らない冒険者を連れている。何処かで意気投合したのだろうか?

 その胸にはゴールドのプレートが輝いていた。

 さすがはシャーリーだ。ゴールドの冒険者をスカウトしてくれれば我がギルドの評価も上がるというもの。


「ノーマン支部長……」


 後は九条が来てくれれば申し分ない。ギルドの為ならばいくらでも頭を下げよう。

 九条から許しを貰い、シャーリーとくっついてくれればプラチナ保有ギルドとして、私も鼻が高い。


「ノーマン支部長? 聞いてますか? シャーリーさんが呼んでますけど……」


「ん? ああ。今行く」


 自分のデスクを離れ、カウンターへと顔を出す。


「おかえりなさいシャーリー。九条様は何か言っていましたか?」


「帰ってきて第一声がそれ? まぁ別に構わないけど、暫くは九条の話はしないで」


 シャーリーはどこかご機嫌斜めな様子。何があったのか聞きたいが、これ以上機嫌を悪くするのは得策ではない。

 後でシャロンにでも聞けばいいだろう。


「シャロンは報告書をまとめておくように」


「……はい」


 シャロンは素っ気なく、そのままギルドの奥へと姿を消す。それが不自然に見えたのだ。

 いつもはシャーリーと言葉を交わすはずなのだが……。

 シャーリーに視線を移すと、シャロンの後ろ姿を恨めしそうに見つめていた。


「シャーリー。私に用事というのは?」


 恐らくは九条の事か、隣のゴールドプレートの魔術師ウィザード風の女性についてだ。

 ホーム登録をしてくれるならありがたいが、その読みは外れてしまった。


「適性の再検査を頼みたいんだけど……」


 なるほど。確かにシャーリーはシルバーになって結構経つ。

 だが、平均してもゴールドに到達する年齢は25歳前後だ。20にもなっていないシャーリーは時期尚早と言わざるを得ない。

 まだゴールドには早そうなものだが、何かを焦っているのだろうか? それとも隣の女性の影響か?


「それは構いませんが、お隣の方は……?」


「ああ。ただの付き添いだから気にしないで」


「……はぁ」


 気の抜けた返事をしてしまった。だが、期待外れだったのだから仕方ない。


「誰か鑑定水晶を」


 それが運ばれて来る前に勧誘活動をしておかねば……。


「えーっと、お名前をお伺いしても?」


「アニタ。魔術師ウィザードよ」


「初めましてアニタ様。ようこそベルモントギルドへ。この辺りでお仕事をお探しでしたら、こちらのギルドでホーム登録などされてはいかがでしょう?」


「……そんなことより、マナポーションの在庫が知りたいんだけど」


 話を聞いてなかったのか、通じていないのか。返ってきた答えは、全く的外れな質問だ。


「……マナポーション……ですか? 生憎とただいま在庫を切らしていて……。知りませんか? 少し前にこの辺りで魔獣騒ぎがありまして……」


「なきゃいい」


 それ以降何を言っても返事は返ってこなかった。ゴールドだからと思い上がっているのか、生意気な女だ。

 引きつりそうな顔を必死に取り繕う。これもギルドの為である。

 職員が鑑定水晶と未登録のプレートを運んでくると、それを前にいつもの定型文を口にする。


「再検査費用で金貨3枚を頂戴しますが、よろしいですか?」


「ええ」


 シャーリーからお金を受け取ろうと伸ばした手も虚しく、ドンっと強めにカウンターに置かれた3枚の金貨。

 少々苛立ちもしたが、仕方ない。誰にだって機嫌の悪い時くらいあるのだ。これくらいで目くじらを立てては、ギルド職員なぞやってはいられない。


「確かに頂戴しました。では、水晶を利き手ではない方で触れてください」


 シャーリーがそれに触れると、浮かび上がるのは適性の光。それは弓適性に狩猟適性。


「特に変わりはありませんね」


 前回登録時と同じだ。それは予想通り。


「では、こちらのプレートに……」


 それを言い切る前に、シャーリーは利き手でプレートに触れた。

 黒いプレートに無数の亀裂が奔り、僅かばかりに漏れ出る光。

 それを覆っていた薄皮がペリペリと剥がれ落ち、中からは黄金に輝くプレートが姿を現したのだ。


「おおおおぉぉぉぉッ!?」


 年甲斐にもなく興奮してしまった。20歳以下でのゴールドプレート冒険者は一握り。

 シャーリーはその仲間入りを果たしたのだ。これが興奮せずにいられるだろうか。


「おめでとうございますシャーリー! 当ギルドは心より……。何をしているのですか?」


 カウンターのプレートから視線を外し顔を上げると、シャーリーはアニタの手を掴んでいた。

 それを必死に振りほどこうとしているアニタは、掴まれた腕を鞭のようにしならせる。


「離してッ!」


「自分から言い出したんでしょうがッ! 逃げようとしないの!」


 まるで状況が把握できない。わかっている事は、魔術師ウィザードの腕力ではシャーリーに勝てるわけがないことくらいだ。

 他の冒険者達もシャーリーのゴールドプレートよりもそっちに注意が行ってしまっている状態で、皆唖然としていた。


「九条には逃げたって伝えていいから、この手を離して!」


「私はあんたの為を思って言ってるの! 九条から逃げられると思ってるの!?」


 その一言が決め手となったようで、アニタはピタリと動きを止めると力なく項垂れる。


「大丈夫だって。九条ってば案外ヘタレだから、それほどキツイこと求めないと思うよ?」


「ヘタレ? 嘘でしょ? 胸揉まれたんだけど……」


「その話、くわしく……」


 シャーリーの表情が途端に強張る。

 何やら九条が関わっていることは理解したが、こちらとしてはシャーリーのプレートの方が重要だ。


「オホン。シャーリー。この際担当を変えてみるのはどうですか?」


 この話を切り出すにはいいタイミング。ゴールドになれば担当の選択権を行使できる。

 プラチナとは違いギルドの許可が必要になるが、こちらとしてはシャロン以外であれば誰でもいいのだ。


「まだシャロンでいいわ。それよりも早くプレートを削って。予定が詰まってるのよ」


「……わかりました」


 風情もクソもあったもんじゃない。もっと喜べばいいものを、アニタの所為で台無しだ。

 裏の事務所へ戻ると、シャロンのデスクへと向かう。


「おい。シャーリーがゴールドになった。担当は変えないそうだ」


 差し出したプレートを無言で受け取り、加工室へと入って行くシャロンを目で追った。

 やはり何かがおかしい。何というか覇気がない。反抗的な目をしていたシャロンは、九条との旅で丸くなったのだろうか?

 カウンターに戻ると、シャーリーは顔見知りの冒険者に囲まれていた。

 その表情はいつものシャーリーだ。明るいムードメーカー的存在。その愛嬌の良さから、彼女をパーティに誘う冒険者はごまんといる。


「おめでとうシャーリー。何時かはゴールドになるとは思っていたが案外早かったな。どうだ? お祝いに飯でも。今日は奢るぞ?」


「あはは。ありがとう。でもごめん。この後用事があるのよ。気持ちだけ受け取っておくわ」


 そんな微笑ましい様子を見ていると、後ろから肩を叩かれる。振り返ると、そこにいたのは出来上がったプレートを差し出すシャロン。それを不意に受け取ってしまった。

 削ったプレートは担当が直接冒険者に渡す事が多い。自分の担当が昇格したのだ。祝いの言葉を掛けるべき場面なのだが、シャロンはすぐにそっぽを向いて裏へと下がってしまったのだ。

 仕方なくそれをシャーリーに渡すと何も言わずにそれを受け取り、そのままアニタを連れ去って行った。

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