第333話 ヴィルザール教

「で? アニタは何でここにいるんだ?」


「どうせ王都方面に向かうんでしょ? だったら乗せてってよ」


 王都へと向かう馬車の中。何時の間に乗り込んだのか、アニタはまるで実家のようにくつろいでいた。


「ちゃんと許可は取ったし」


「本当ですか? バイスさん」


「ああ。冒険者なら馬車の相乗りなんか珍しくないだろ?」


 そういうことではなく、少し前までは敵同士だった者を警戒はしないのかと言いたかったのだが、この様子では微塵も気にしてはなさそうだ。

 まあ、バイスのそういうザックリしたところは嫌いじゃない。


「バイスさんがそう言うなら構いませんが……」


 アニタは結局無罪放免となった。結果的にはシルビアとセレナが殺されるところを助けたのと変わらない。

 情状酌量の余地アリと見なされ、全てが不問となったのだ。

 とはいえ、今のアニタは本当に反省しているのかと疑うほどにニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべていた。

 その手に大事そうに握られているのは、小さな小瓶に入った薄紫色の液体。マナポーションだ。


「それはどうするつもりなんだ? 売るのか?」


「売るわけないでしょ!?」


 怪訝そうな顔の俺に食って掛かるアニタ。

 それは本来グレッグから貰えるはずだった報酬らしい。

 屋敷に保管されていたそれを、レストール卿はアニタへの褒美として譲ったのだ。


「でも、最近ギルドじゃ在庫も少ないんだろ?」


「だからよ! 緊急時、持ってて損はないでしょ?」


 魔力切れは死を意味する。それは魔法を行使する者にとって、喉から手が出るほど欲しい命綱だ。

 表向きは、その100%をギルドが生産していることになっている。

 緊急時や、難易度の高い依頼に支給される物であり、それ以外に入手する方法はないとされている。

 貴族や王族などがカネを出せば買えるのかもしれないが、それほど多くはないはずだ。

 それをグレッグが持っていたということは、裏で密かに流通しているのだろう。


「そうだが、ちょっと多すぎじゃないか?」


 1本や2本であれば何も言うまい。だが、アニタの足元に置かれた木箱には、1ダースほどが入っていた。

 冒険のお供に持参するには、正直言って多すぎる。


「いいじゃん別に! 欲しいったってあげないからね!」


 手に持つそれをサッと隠すような仕草を見せ、舌を出すアニタ。


「いらねぇよ……」


 ……とは言ったものの、正直気にならない訳じゃない。

 技術が拙い所為か、分厚いガラス瓶に詰められた液体。その中身は正味100ミリリットル程度。

 それを服用してどれくらいの魔力が回復するのか――ではなく、知りたいのはその味だ。

 アニタは知らないだろうが、それは賢者の石と呼ばれる濃縮魔力を薄めた物なのだ。


「俺は飲んだことはないが、どんな味がするんだ?」


 見たところ、超薄いグレープジュースといった感じだが……。


「あっ。私も気になる!」


「お前に聞いたんだよ……」


 俺に同調したのはアニタだ。これだけの数を確保しているのに飲んだことはないらしい。


「仕方ないでしょ? 今まで魔力切れに陥った事なんかないし……」


 それに勢いよく手を上げたのはミア。続いて申し訳なさそうにシャロンも片手を上げる。


「はいはーい。私ちょっと舐めたことあるよ?」


「私も1度だけ……」


「どうなの!? おいしい?」


 すでに俺よりもアニタの方が興味津々だ。


「どう表現していいのか難しいのですが、美味しくはありませんね……」


「すっごいマズイよ! 土みたいな味がするの」


 その味を思い出したのか、ミアは顔を歪めて舌を出す。

 土の味はわからないが、とにかく不味いということだけは理解した。


「コツは一気に飲んでしまうことでしょうか……。口に含んでしまうと味が広がり、飲み込みづらくなってしまうので」


 同じように顔を歪め、飲み方をレクチャーするシャロン。


「げぇ……。聞くんじゃなかったかも……」


 アニタは一緒になって舌を出し、渋そうな表情で手の中にあるマナポーションを見つめる。


「こんだけあるなら1本飲んでみようぜ?」


 誰かが言うと思った。それを切り出したのはバイスだ。


「ダメよ! 勿体ない!」


「いいじゃねぇか。1本くらい。カネは払うからさ」


「絶対ダメ! いくら積まれても売る気はない!」


「じゃぁ、金貨100枚でどうだ!?」


 アニタはそれを聞いて悩んだ様子を見せた。

 売る気はないんじゃなかったのか……。

 表向きは流通していないものだ。その相場は不明だが、提示された金額の価値はないだろう。


「おいおい待て待て、冗談だよ。さすがに金貨100枚は払えねぇからマジで悩むんじゃねぇよ。そんなもんに金貨100枚も使うなら九条を雇った方が100倍マシだ」


 俺を引き合いに出したバイスにムッとするアニタ。


「九条だって魔力切れくらいするでしょ? 神様じゃないんだから」


 どんなに強力な魔法を扱えようとも、魔力がなければただの人。

 それは魔法系適性の宿命ではあるが、そんな事より俺が気になったのは神様の存在である。


「そういや、ヴィル……なんとかって神様はどういう神様なんですか?」


「知らないのか九条? 安定と停滞、そして平和を司る神様だよ。教会くらいは見たことあるだろ?」


 残念ながらコット村にはないが、ギルド以外に神聖術師プリーストが在籍している場所であり、元の世界で言うところの病院的役割を担っている場所だというのは知っている。

 アンクの後ろに翼を模ったようなシンボルが目立つ建物だが、気にした事はなかった。


「利用した事はありませんが、見た事なら」


「小さな所は知らんが、大体どこの国もヴィルザール教を信仰してると思うぞ?」


「へぇ……」


「なんだ。あんまり興味なさそうだな? 九条だって勇者くらいは知ってるだろ?」


「2000年前に魔王を倒したっていう?」


「そうそう。その勇者を授けてくれたのがヴィルザール神なんだよ。俺も詳しくは知らねぇから、もっと知りたきゃ教会に行ってみるといいぜ? プラチナの冒険者なら親身になって教えてくれるはずだ。ついでに入信も求められるけどな」


「遠慮させていただきます……」


 そこまでは求めていない。元の世界では宗教法人に身を置いていた手前、この世界の神がどういったものなのか、多少気になっただけだ。

 世界が変わったところで、怪しい神なぞを崇めるはずがない。

 シルビアが言っていたように、祈りを捧げることにより願いを叶えてくれるのであるとするならば、信者全てが満たされているべきなのだ。

 そこに隔たりはなく、全員が平等でなくてはならない。そうなっていない時点で、俺にとっては信じる価値すらないのである。

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