第297話 ダンジョンハートの秘密

 次の日、シャーリーとシャロンはベルモントへと戻り、九条とミアは旅立ちの準備を始めた。

 九条の受ける仕事は、シャーリーの選んだダンジョン調査。ギルドに恩を売れるのは大きい。

 その結果にむくれていたミアであったが、交渉の末なんでも1つ言うことを聞くという条件で、示談と相成ったのである。


(なんでもとは言ったが、ミアの言う事だ。含み笑いが気にはなったが、大したことはないだろう……)


 それをソフィアへと伝え、馬車の長期リース契約を結んで翌々日には出発の予定。



「おや、マスター。本日はどんなご用件で?」


「装備を取りに来た。また旅に出ることになったんだ。すまないがしばらく留守を頼む」


「お任せください!」


 ダンジョンに足を踏み入れると、九条の隣に憑いて回る108番。どことなく嬉しそうにも見えるのは魔力の補充をしてくれるからで、ビジネスライクな関係に近いと九条は感じていた。

 擦れ違うゴブリン達に笑顔で挨拶をしながらも最下層まで降りると、ダンジョンハートの魔力残量にあまり変化は見られなかった。


「ん? 思ったより減ってないな……」


「そりゃそうですよ。こんな膨大な量、四天魔獣皇でも復活させない限り使いませんて」


「お前がそれを言うな……。おかしいとは思っていたがやっぱりそうなのか。気付けばちょくちょく減ってたからな」


「あはは……」


 わざとらしく乾いた笑いを見せる108番。いつもは来るたびに半分程度は減っていた内容量も、今は8割ほどをキープしている状態だ。


(今後は騙されないように抜き打ちで様子を見に来ないとな……)


 持ち出す物はいつもの装備。炎の魔剣に風の魔剣。それと少々焦げ付いているアゲート製のフルプレートメイル。

 もちろん九条はこれらを借り物と認識している。故に持ち出す時は、簡易的ではあるが手を合わせる。それが過去の持ち主であった者への最低限の礼儀だ。


(こそこそ隠すから盗もうとする輩が出て来るんだ。ならば俺の物だと知らしめればいい……)


 プラチナプレート冒険者の持ち物を奪おうと考える者は少ないはず。それはギルドを敵に回すことと同義であり、下手をすれば王族をも怒らせかねない。


「今回はどちらにお出かけに?」


「ブラムエストという街なんだが、知ってるか?」


「さぁ? 古い知識しか持ち合わせていないので、今の街の名前なんてわかんないですね」


「じゃぁ、聞くなよ……」


「もしかしたら変わってない可能性もあるじゃないですか」


「まぁそうだけども……」


 少しずつではあるが、九条だってこの世界の知識は身につけている。とは言え、それは完璧とは言えず、街の名前を脳内の地図に結び付けるには時間がかかる。他国に関してはあやふやだ。

 故にツッコまれればボロが出ると焦り、話題を変えようとした。


「そうだ。この冒険者プレートがダンジョンハートから作られてるって聞いたんだが、本当か?」


 その直後。108番の顔が露骨に陰りを見せたのだ。


「……何故それを?」


 声色は低く、場の空気が一変した。九条に向けられた視線は冷たく鋭い。


「いや、そう聞いたから本当なのかと思ってな……。別に他意はないが……」


 不自然に出来た会話の間。悩んでいるようにも見える108番に、何かがあるのだろうと勘繰っても不思議ではない。


「……間違いありません」


「へぇ……。これがプレートになるのかぁ……」


「ダンジョンハートを壊すおつもりですか? マスターもただでは済みませんよ?」


 その表情は怖いほどに真剣であった。無理もない。ダンジョンハートが破壊されれば、108番の存在も消えてしまうのだ。


「いやいや、そんなことするわけないだろ。これを壊すと俺も死ぬんだろう? まぁ、死なないとしても壊したりはしないけどな」


「何故……」


「何故ってお前、一応は命の恩人だしな。俺の魔力との交換条件ではあったが、助かった事には変わりない。それよりも、なんで俺がこれを壊すと思ったんだ?」


「……」


 108番はそれに答えなかった。九条の言葉の真意を測っているような。そんな視線で見つめていただけ。


「いや、すまん。言いたくなきゃ無理に言わなくていい。金の鬣きんのたてがみみたいに勝手な事さえしなければ、俺は何も言うつもりはない」


 それを教えるメリットは108番にはなかった。九条が知らないのなら、それは人間達に広まっていない知識なのだ。


(極一部の者達が独占しているのだろう……。よくもまぁ、この時代までその秘密を明かさずこれたものだ。やはり人間は欲深い……)


 とは言え、108番が今の時代まで消滅せずやってこれたのは、そのおかげ。

 108番はある種、罪悪感のようなものを感じていた。


(マスターは何故、私に何も聞かないのだろう……)


 2000年近い時を生きているのだ。それだけの知識が108番にはある。九条でなくともそれを知りたいと願う者は多いはず。しかし、九条から聞かれることはダンジョンの、しかも最低限の事のみだった。

 九条からは膨大な魔力供給を受けているにも拘らず、こちらの情報は明かさない。108番はそれを不公平だと考えていたのだ。


(マスターなら、信じてもいいのかもしれない……)


 ならば、歩み寄りが必要であろうと、108番は九条に賭けた。


「マスターは、賢者の石をご存知ですか?」


「あー……なんとなく名前は聞いた事があるような……気がする……」


 酷く曖昧な答え。ある程度の知識ならば九条にもある。とは言え、咄嗟に言葉を濁したのは、その知識がこの世界の物ではないからだ。

 鉛を金に変える触媒や不死の霊薬など様々な解釈をされてはいるが、実在するかも怪しい眉唾物。

 恐らくはフィクションではないかと思っている九条ではあったが、知識として持っているのはその程度。

 この世界でそれが実在していたとしても、どう使われているのかは九条には見当もつかず、実際この世界では耳にしていない。


「これがそうです」


 108番が指差すそれは、ダンジョンハート。


「石って言うより、大きさ的には岩だな」


「違います。中身のことです」


「中身は俺から吸い出した魔力だろ? 液体のように見えるが……」


「確かにそうなのですが、魔力を可視化できる極限まで圧縮したものをそう呼ぶのです。これはダンジョンハートの中でしか精製出来ません」


「へぇ……」


「へぇーって……。驚かれないんですか?」


「いや、だから知ってるのは名前だけだって。なんか凄そうってのはわかるけど、具体的にどう凄いんだ?」


「マスターは、マナポーションはご存知で?」


「ああ。ギルドでは緊急用に備蓄されているようだが、とても貴重で高価だと言っていたな」


「この液体を薄めた物がそれです。高価なのは自分達で作り出すことが出来ないからでしょう。中身を抜いてしまえば空のダンジョンハートが残るだけ。それがプレートになるのではないですか?」


「……ギルドがダンジョン調査をしている理由ってのは、もしかしてコレの為か?」


「私にはわかりませんが、恐らくそれも理由の1つだとは思いますね」


 それは、ギルドとネクロガルドがダンジョンを取り合う理由としては十分な要素であった。


(ネクロガルドが潰しているのは揺らぎの地下迷宮とは無関係のダンジョンと考えれば辻褄が合う……。そう考えると、ネクロガルドの方が若干良心的なような気もするな……)


 どちらにせよ、九条の考え方は間違ってはいなかった。


(ダンジョンハートの存在は隠しておいて正解だったな……。知られようものならどうなっていたかわからない。少なくともいい結果にはなっていないだろう……。このまま隠し通せればいいが……)



「いってらっしゃいませマスター。お早いお帰りを……」


「ああ」


 若干の不安を胸に、九条はダンジョンを後にした。


 ――――――――――


 その姿が見えなくなると、108番は満面の笑みを浮かべたのだ。


「やったー!!」


 両手を大きく上げ、天を仰ぐ108番はぴょんこぴょんこと跳ねまわる。これで喜ばずにいつ喜ぶのか。


「やっぱりマスターは転生者なんだ!」


 まだ100%とは言えないだろうが、ほぼ確定したようなものである。108番にはそれが嬉しくてたまらなかった。

 この世界に賢者の石を知る者はいない。それは神々の力なくしては精製出来ない物なのだ。

 それをあっけらかんとした表情で、名前だけは聞いた事があると言ったのである。

 九条を疑っていたからこそわかる不自然さ。何と答えていいかわからず、お茶を濁して答えたような自信のなさは決定的であった。

 何故この世界に転生者として現れたのかは不明だが、それは108番の手の内にあるのだ。


(神には感謝しなければいけませんね……)


 丁度いい事に、九条はギルドに不信感を抱くようにまでなっている。


(やはり人間は欲深い。忌々しいと思っていたそれが、今や頼もしく思えるなんて……)


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべる108番。


(そのままマスターの信用を無くせばいいのだ。そしてそれを後悔するがいい……)

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