第269話 魔術師 対 魔術師
生徒達は、目の前で起きている出来事に頭がついて行かなかった。
この世界に救いはないのかとも思える光景。まるで戦場のど真ん中に放り出された感覚。
授業で習った化け物が、目の前にいる。だからこそ、それが絶望にも思えたのだ。
生徒達とて死にたくはないだろう。しかし、逃げ出す者はいなかった。
この恐怖はつい先程、ダンジョンで経験をしたばかり。自分達の無力さに挫折し、逃げ帰った。
そして冒険者の先輩方に、少なからずアドバイスを賜ったのである。それは決していい事ばかりではなかったが、身の締まる想いであった。
逃げることは簡単である。しかし、自分達もまた貴族の端くれ。いずれは領土を……民を守らねばならぬ立場に立つことになるのだ。
自分よりも幼き王女が戦っている。右手はだらりと垂れ下がり、左手に持つ杖から放たれる魔力は恐れを知らぬと言わんばかり。
それに守られているだけの自分達ではない。自分達が王女を守らなければならないのである。
仲間を信じ、力を合わせる。それがパーティなのだと教わったばかりだ。
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1人の生徒が勇気を振り絞り魔法を放つと、デスナイトの足元からボコボコと盛り上がっていく地面。その足が土と岩の塊で覆われるも、それはすぐに砕かれた。
一見無駄な行為にも見えた。だが、それが起爆剤となったのだ。生徒達が一斉に奮起したのである。
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数十人もの生徒達が一斉に放った魔法は全て束縛の魔法。自分達の攻撃魔法が通じないのは知っている。だが、王女様が示してくれた。動きを止めることならば出来るのだと。
そしてそこには2本の巨大な柱が聳え立ったのだ。1つは氷結。そしてもう1つは岩石の巨塔。
その中は最早藻掻くことすら許されぬ、時の止まった牢獄である。
「やるじゃねぇか! ヒヨッコ共!」
生徒達が一斉に沸いた。2体のデスナイトの無力化に成功したのだ。自分達でも力を合わせれば役に立てるのだと歓喜した。
「油断しない!!」
それを一喝したのはネストだ。一瞬にして戻る緊張感。もっともである。まだ最悪の敵が残っているのだから。
その名はリッチ。冒険者ギルドの魔物図鑑にも詳細な事は書かれていないアンデッド。その情報を持ち帰った者が少なすぎるからだ。
故に討伐難易度は未知数。一説には、魔王の時代の魔術師の魂が宿ったスケルトンだとか、魔法を極めた代償として命をなくした古代の魔術師などと言われているが、それを裏付ける証拠はない。
その脅威度はデスナイトよりも遥かに上。その辺にポコポコと現れていい魔物ではないのだ。
とはいえ相手が魔術師タイプであることは判明している。となれば、相手が魔法を使う前に接近してしまえば、強力な魔法は使えないはず。
それは、冒険者達が長年蓄積してきた知識であり常識だ。
「抑え込めぇ!!」
デスナイトから解放された冒険者達が一斉に戦線を押し上げる。だが、それをただ見ている相手ではないのだ。
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魔力を紡いだ曇った声。リッチが放ったのは、全方位に向けた魔力による衝撃波。
殺傷能力こそ低い魔法であるはずなのに、その衝撃波は大盾を持つ冒険者達を薙ぎ倒すほどの威力を誇っていた。
「クソっ! 踏ん張れ!!」
倒れなかった幾人かのおかげで、衝撃波が後ろの生徒達まで届かなかったのは不幸中の幸いだ。
鎧もなしにこれを受ければ数メートルは吹っ飛んでしまうだろう。未成熟な身体であれば尚更である。
それは攻撃こそ最大の防御と言わんばかりであったが、ネストがその隙を見逃すはずがなかった。
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アンデッドの弱点は炎だということは周知の事実。だが、ネストは敢えて雷撃の魔法を放った。
炎の魔法を放っても、防がれたら何の意味もない。不意をつけたからこそのアドバンテージを逃さない為、着弾までの時間が短い最速の魔法を撃ち込んだのである。
そのおかげか、衝撃波の余韻をブチ破り飛翔する一筋の閃光は、見事リッチを貫いた。
「少しはダメージが通ればいいんだけど……」
しかし、そこには何事もなかったかのように佇むリッチの姿。その眼光の鋭さは衰えず、目を逸らしたくなってしまうほど。
魔法を使う者は魔法に対する抵抗力が高い。魔力の扱い方を熟知しているからという理由が1つ。それともう1つは自分の内なる魔力が、外側からの魔力に反発するからだと言われている。
もちろん、それは魔物でさえも例外ではない。
「チッ……」
思わずネストから漏れる舌打ち。一筋縄ではいかないのは誰が見ても明らかであった。
ダメージを与えられるだけの魔法となると限られて来るが、周りの被害を考えると、そう易々と撃つわけにもいかない。
だが、相手はそうじゃない。天を見上げたリッチは、同時に片手を大きく掲げた。そこに集まる魔力量は常軌を逸していたのである。
そしてネストは、その魔法が何なのかを知っていたのだ。
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陽に雲がかかったかのように周囲が暗然とした。ふと空を見上げると、魔力で創り出したであろう物が地上に大きな影を作っていたのだ。
氷系攻撃魔法の最高峰。上空から降り注ぐそれは氷塊というより、最早氷山である。それほどまでに巨大な物体が、慣性と共に襲い掛かるのだ。
「逃げ……」
そこまで言ってネストは口を噤んだ。
(逃げる? 何処に?)
既に頭上には氷塊が迫って来ている。生徒達から上がる悲鳴。今から走って間に合う訳がない。
その魔法は戦争でもない限り使われることがない大魔法。地面に着弾したと同時に砕け散り、辺り一面は天牢雪獄となる。
吹雪となって襲い掛かる無数の砕氷に切り刻まれ、その範囲にいる者が逃れる術はないのである。
逃れる術はただ1つ。それ以上の威力の魔法で相殺する。氷塊が着弾する前に空中で破壊すればいいのだ。考え方はリッチと同じ。攻撃は最大の防御なのである。
それはアンカース家に伝わる最大魔術の内の1つ。気軽に見せていいものではないが、背に腹は代えられぬ。
ネストはアストロラーベを天に掲げ、落下してくる氷塊の一点を見据えた。
生徒達の視線にあるのはただ1つの氷塊。ネストの事など見ていない。だが、冒険者達は違った。周りが見えているからこそ、これから何が起きるかを理解したのだ。そして生徒達の元へ走ったのである。少しでも被害を少なくするために。
「伏せろぉぉぉぉ!!」
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渦巻く溶岩の奔流。それが空中の氷塊に衝突すると、降り注ぐ破片の量は正に氷の雨あられ。それでも氷塊の着弾を許すよりはマシである。
冒険者達が上手く動いてくれたおかげで、集まった生徒達をまとめて庇う事も出来ている様子。ならば氷塊の破壊に意識を集中できると、ネストは更に魔力を込めた。
赤く染まる空に溶けた氷塊は一瞬の内に蒸発し、その熱気と湿度はまるでサウナを思わせるほどの不快な空間。
氷塊が全て溶け切ると、辺りは蒸気に包まれるも一陣の風がそれを全てを吹き飛ばし、残っていたのは上空に出来た巨大な暗雲だけであった。
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