第266話 最初の犠牲者
「お前、魔力あとどれくらい残ってる?」
「
「ちょっとはっちゃけ過ぎたな……」
「ここからは少しセーブしていきましょう」
生徒達はその提案に深く頷いた。自分達でも状況はわかっているようだ。
調子に乗り過ぎである。「俺達ならダンジョンの魔物を一掃できるんじゃね?」と言い出した時は、流石のバイスも肝を冷やした。
ネストクラスの
試験のダンジョンは毎年低階層だ。地下10層まで降りることは滅多にない。平均しても地下5層前後。
だからこそ出し惜しみせず魔力を使ったのだろうが、練習と本番は違う。本来の実力の半分程度も発揮できればいい方だ。
そこからはバイスを先頭に、生徒達は慎重に歩みを進めた。身を隠せるところがあれば休憩を挟みたいと考えるも、そんなに都合よく休憩場所があるはずもない。
ここまで誰もマッピングをしていないのだ。していれば戻って休憩する場所を確保することも出来ただろうが、どうせ低階層の日帰りダンジョンだからと甘く見ていたのである。
「休憩を挟もう」
「でも、そんな場所何処にも……」
「あそこの扉はどうだ? 中の魔物を一掃するくらいの余力はあるだろ? 一時的にでも休まないと、これ以上は持たない……」
「賛成。小部屋の魔物くらいなら倒せる魔力は残ってる」
満場一致で次の行動が決まると、バイスは盾を構え扉の前で合図を待つ。
「お願いします!」
バァンという大きな衝撃音と共に蹴り破られた木製の扉。そこに一斉に雪崩れ込むと、生徒達は両手で強く握りしめた杖をこれでもかと前に出し、周囲を警戒した。
12畳ほどの何もない部屋。四方の壁に掛けられたランタンから揺らめく魔法の光が、自分達の影を何重にも映していたが、それ以外の影はないようにも見える。
そこはすでにもぬけの殻。覚悟を決めた彼等を待ち受ける者はいなかったのだ。
「「ふぅ……」」
全員から一斉に漏れる溜息。緊張感が僅かに解れ、安堵に身を委ねた。
「良かった……。暫くここで休憩にしよう」
生徒の1人が開けっぱなしの扉を閉めようと、それに手を掛けたその時、扉の影に隠れていた小さな箱を見つけた。
「ちょっとみんな、見て!」
その声に視線を向ける生徒達。宝箱と言うには少々小さい40センチ四方の木箱。周りは金属で補強され、そこそこ頑丈に作られている。サビもなく鍵穴も見当たらない真新しい箱だ。
「……どうする?」
取り敢えず箱だけを部屋の真ん中に移動させ、それを囲み対応を協議する。
「どうするったって、開けるか開けないかの2択だろ?」
「開けない選択はないだろ? これの中身が目的の物かもしれないぞ? 揺らした感じはどうだ?」
「わかんない……。音もしないし……」
生徒達には目的の物が何なのか詳しくは知らされていない。
ただ、学院の印が入っている物としか伝えられていないのだ。それが布に書いてあるだけなのか、それともただの鉄くずなのか……。
「今何層だ?」
「6層。例年通りなら5層前後って話だから可能性はなくはない……」
「「……」」
誰も何も言わなくなった。この決定の責任は重大だ。当たれば中身を取って後は脱出すればいいだけ。
だが、トラップだったら……。そう思うと口を噤んでしまうのは仕方ない。
「と……とりあえず休憩しよう……」
「でも後ろのパーティーに追い付かれたら減点じゃ?」
一斉にバイスへと視線を向ける生徒達。
助言でなければ話してもいい事にはなっている。バイスは溜息をつくと、重い口を開いた。
「追い付かれただけでは減点にはならない。だが、別のパーティーからの支援や協力行為を受けたと判断すれば、減点になる」
「それは話すのもアウトですか?」
「……内容によるが俺が全ての話を聞けるわけじゃない。怪しいと判断すれば減点の対象だが、詳しくはノーコメントだ」
「「……」」
またしても押し黙ってしまう生徒達。複数の視線が絡み合い、それは責任転嫁にも見える。
(判断が遅い……)
とは言え、まごまごとしていても何も始まらないことは誰の目から見ても明らか。そこでリーダーの生徒が覚悟を決めた。
「開けよう。トラップの可能性もあるが、これは試験だ。即死するようなものではないと思う……」
「そうね。無視して進んで、後から来たパーティーに奪われるよりはマシかな?」
ゴクリと唾を呑み込み、箱の前へ屈む。
「俺の杖を預かっててくれ」
木製とは言えそこそこの重量だ。キッチリ閉まっている為、片手では開けられない。
託された杖を別の生徒が手に取ると、祈るような気持ちで木箱を見つめる。
「じゃぁ、いくぞ?」
深呼吸して息を吐ききると両腕に力を込め、一気に上蓋を開けた。
そして、そこから飛び出てきたのは1体のゴースト。青白い半透明な人型の幽霊。実態を持たない魔物の中では最弱の部類。
「ゴーストだ!」
箱を開けたリーダーはそれに驚き尻もちをつく……が、ゴーストが襲い掛かってくることはなかった。
ただ宙に浮き、生徒達を凝視していたのである。
「えっ? なに……?」
(はぁ……判断が遅い……。減点だな……)
それはアラームと呼ばれるトラップの一種。与えられた猶予は10秒間。その間に蓋を閉めるか、ゴーストを始末すればよかったのだ。
簡単である。生徒達の実力ならば、
だが、生徒達はゴーストが何もしてこないのをいいことに判断に迷い、固まってしまっていたのだ。
与えられた猶予が底をつくと、ゴーストは大きな奇声を発した。
「ギャァァァァァァァ!!」
耳を劈くような酷いノイズに、生徒達は一斉に耳を塞ぎ、顔を顰めた。
鼓膜が破れるかとも思う程の、まるで断末魔の様な悲鳴がダンジョン内に響き渡る。
こんな状態では魔法を撃つことさえもままならない。ただそれが終わるのをジッと我慢しているだけ……。
それは時間にして僅か5秒ほどだった。ゴーストの悲鳴が止まると同時に、その姿も消えてなくなったのだ。
「何? 今の……」
「わかんない……。何かのトラップ?」
生徒達はわけもわからずオロオロと顔を見合わせるばかり。
「……ちょっと待って! 静かにして!!」
先程の奇声の後だ。静まり返ったダンジョンはいつもより冷たく感じ、そんな空間に響いてきたのはガシャガシャと騒がしい金属音。
徐々に大きくなるそれは、確実に生徒達へと近づいて来ていた。
「ヴグァァァァァ!!」
何かの魔物の叫び声。足音と共に大きくなる地響きは、誰もが確実に最悪の展開を予想していた。
部屋の前で止まった足音。入口の扉が蹴破られ、脆くも崩れ去ったそれは何かの巨大な足に踏み潰される。
「ヒッ……」
そこから覗き込む鉄兜。スケルトンともゾンビとも言えないその顔は、焼け爛れたようにボロボロと崩れ、赤く光る双眼が生徒達を恐怖のどん底へと突き落としたのだ。
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