第260話 既知の決着

 先に動いたのはアレックスだ。


「【魔法の矢マジックアロー】!」


 先手必勝とばかりに放った魔法は、射出速度、攻撃力、消費魔力と全てにおいてバランスの取れている魔術師ウィザードの基本的攻撃魔法。

 基本だからこそ扱いやすく、牽制にも多用されるお手本とも言える魔法である。

 アレックスの頭上に浮かび上がる6個の光球。1度に創り出せる光球の数がその者の熟練度の指標であり、この歳にして6個は多い方である。

 確かゴールドのネストが10個程度だと言っていた。それなりに魔術の才があるのだろう事が窺えるが、素人感はぬぐえない。

 それに集中しすぎていて、棒立ちである為だ。


「いっけぇぇ!!」


 そしてその狙いも教科書通りで素直。全ての矢が真っ直ぐ俺めがけて飛翔する。

 確かに6本もの魔法の矢が直撃すれば、そのダメージは相当なものだが、それは当たればの話である。

 動かない獲物を相手にするならそれでもいいのだろうが、残念ながら痛い思いはしたくないので俺は動く。

 発射地点は丸見えで、それが一直線に飛んでくる。軌道がわかっていれば、それを躱すのは容易いことだ。

 ある程度の冒険者ならば、敵の動きを予測したり、時間差で数本ずつ打ち出すなど工夫するものなのだが、それが実戦経験の乏しさを露呈しているとも言える。

 ただ授業を真面目に聞いていないだけなのかもしれないが、応用が出来ていないのだ。


 それを当たり前のように難なく躱す。……と言っても、躱したというよりちょっと横にズレただけだ。

 間髪入れずにアレックスの懐へと走り込み、杖を持っている手を押さえ反対の手で首根っこを掴むと、勢いはそのままに体重をかけて押し倒す。


「ぐえっ!」


 もちろん本気じゃない。受け身の取れない状態で思いっきり後ろから倒れれば、地面に頭を強く打ちかねない。

 模擬戦と違って防御魔法は掛かっていない。最悪は死だ。

 やさしく……とはいかないが、直撃する瞬間に引っ張り上げて威力を殺すことくらいはしている。まぁ、多少のたんこぶは我慢してもらおう。

 後は、起き上がれないよう胸元を強めに押さえつければ、こっちの勝負はついたも同然。

 残りはフィリップと従魔達の方であるが……。その光景は凄惨なものであった。

 3匹の魔獣達に囲まれ、じゃれ合う……いや、弄ばれているというのが一番しっくりくる光景。

 右脚のスネに食らいついたコクセイが、フィリップを右へ左へと振り回す。ガツンガツンと頻繁に地面に叩きつけられているのを見ると、人間の無力さを再認識させてくれる。

 ちなみに左脚は裸足だ。脱げた具足が地面に転がっているのが、なんとも哀愁を誘う。

 それを見ている生徒達も顔面蒼白。言葉を無くし、ぽんぽんと飛ばされているフィリップを視線で追う事しか出来ていない。

 俺の前では大人しかった従魔達。先程まではそれを撫でていたのだと思うと、ゾッとするのだろう。


「ぎゃぁぁぁぁ! 九条! 降参だ! 俺達の負けでいいから早く止めてくれ!!」


 それを聞き入れる訳がない。それを決めるのはフィリップではなく、アレックスだからだ。

 当の本人も俺に押さえつけられながら振り回されるフィリップを見て青ざめ、硬直していた。


「おい、このままだとフィリップが死ぬぞ?」


 それにハッと我に返るアレックス。その表情を歪ませながらも、渋々降参を宣言したのだ。


「参った。俺達の負けでいい」


「それまで! ロザリー! フィリップの回復を!!」


 小さな声で聞き取り辛かったにも拘らず、待ってましたとばかりに決闘を止めるネスト。

 それは決闘なんて格好のいいものではなく、試合とも呼べない何か。一方的な暴行にも見えるが、そう見えてしまうのはそれだけの実力差があるからだ。

 フィリップは地面に横たわり、激しく呼吸を乱していた。


「ぐぅッ……。痛ってぇ……。ちったぁ手加減してくれよ、九条……」


「従魔を複数同時に操るのは難しいんですよ。まだ慣れてなくて……すいません」


 それっぽいことを言って誤魔化しつつ、冗談も程々にしろと喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。

 フィリップは何を勘違いしているのか、手加減してそれである。手加減抜きなら残念ながら、もう死んでいる。

 その鎧の下は痣だらけだろうが、それで済んでありがたいと思うべきだ。幸い治療はロザリーにしてもらえるし、なんだったらミアもいる。

 ロザリーがいなければ、のらりくらりと口八丁で上手いこと躱し、回復までの時間を稼いで痛みを体に染み込ませたい気分ではあるが、さすがに大勢の見ている前ではこれが限界だろう。

 やり過ぎれば折角上げた評判も台無しである。後は試験後にその罪をしっかり償ってもらえばいい。

 それを許すかどうかは、シャーリー次第といったところだ。


 アレックスを解放してやると、ゆっくりと立ち上がり、制服についた土埃をはたき落としながら生徒達の輪の中へと消えて行く。

 これで少し落ち着いてくれればいいのだが、期待するだけ無駄だろう。

 俺は、フィリップと遊んで来た従魔達を撫でてやりながらも、ため息まじりにそれを見つめていた。



 そこからの旅路は至って順調。トラブルを避けると言う意味で、レナは俺達の馬車に乗せている。今やミアと一緒に従魔達を愛でるのが忙しそうだ。

 あまりにも酷いようならパーティの変更も視野にいれると提案はしたが、レナはそのままでいいとそれを断った。

「例え私が抜けたところで誰もアレックス様と組みたがる者はいません」と言われた時は、妙に納得してしまったほどである。


「アレックス様は許嫁……。婚約者なんです……」


 何故手を上げられたのか……。何気なく聞いたら、飛び出した答えに驚きを隠せなかった。

 ネスト曰く、貴族には当たり前の事らしい。家を守る為、領地を守る為に自分の娘を嫁がせる。言わば政略結婚。

 レナは、ミスト領の北側に位置するノースヴェッジ領主の娘。灰の蠕虫はいのぜんちゅうを討伐したノーザンマウンテンを超えたところが、その領土である。

 この縁談はニールセン公爵側から持ち掛けられた話。目上である公爵家からの縁談だ。家柄も申し分なく、伯爵家が断る理由は何もない。だが、嫁ぎ先はあの問題児であるアレックス。

 なるほど、逆らえないのも頷ける。その婚約に家の命運がかかっているなら尚更だ。


「貴族はいいよなぁ。何もしなくてもこんな可愛らしい嫁が貰えるんだから……」


 金髪碧眼のおしとやかな少女。少し気の弱そうなところがまた男心をくすぐるのだ。

 完全に独り言ではあったが、狭い馬車の中である。それはもちろん本人にも聞こえていた。


「……あっ……ありがとうございます……」


 頬を赤らめコクセイに顔を埋めるレナ。その行動に初々しさを感じ、出会った頃のミアを思い出した。

 当の本人は俺を怪訝そうに見つめているが、ミアを抱き寄せ膝の上で頭を撫でてやれば、機嫌はすぐに元通りである。


「失礼だったらすいません。九条様は貴族位のお話を断ったと言う話を耳に挟んだのですが、本当ですか?」


 どこからそんな話がとも思ったが、貴族の御令嬢なら知っていても当然か。


「ああ、本当だ。確か金の鬣きんのたてがみを討伐した時に領地をくれるって事になっていたんだが、その時は貴族に興味はなかったからな。そんなことよりも、俺は何もせずゆっくりしていたいんだ」


「えっ!? 冒険者をやっているのに……ですか?」


 それが通常の反応だろう。冒険者はどちらかと言うと忙しい部類の職業。派遣業務の末端みたいなものだ。

 しかも、稼ごうと思ったら命を賭けるほど危険な仕事も多い。どう考えてもスローライフ向きではない職種である。


「まぁ、冒険者になったのは成り行きなんだがな……。命を救ってもらった恩もあって断れなかったと言うのもあるが、その時は金もなくて日銭を稼ぐには丁度良かったんだ」


「それでプラチナまで上り詰められたのですから、冒険者は九条様にとっては天職だったんですね。でも、何故王都に住まわれないのですか? お金を稼ぐなら王都のギルドの方が報酬もよいと思いますが……」


「お金と言っても必要最低限だけあればいい。それにコット村は俺に合っているんだ。王都とは違って時の流れがゆっくりしているというか、時間に縛られない感覚と言うか……」


 コット村の雰囲気が好きなのだ。親切な村人に静かな土地。空気はうまいし温泉付きだ。

 のんびりとした田舎暮らしをイメージしていた俺にとっては、最高の場所。

 最近は獣達も住み着いて、少し騒がしくはなったものの、それも丁度良いアクセント。

 俺を様付けで呼ぶのは慣れていないギルド職員くらいで、フレンドリーな村人達には肩肘を張らずに接していられる。

 俺が俺でいられる場所。そこが俺の第2の故郷とも呼べる場所でもあるのだ。

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