第248話 貴族的立ち振る舞い

「さて、では改めて伺いたいのだが、アンカース卿曰く今年の魔法学院期末試験は、貴公所有のダンジョンで実施すると言うのは間違いないか?」


「はい。変更がなければその予定です。何か問題でも?」


「いや、問題はない。最初に確認しておきたかっただけだ。それと特別クラスも受け持つと聞いたが、それも間違いないな?」


「ええ。そうです」


 ニールセン公は落ち着かない様子で辺りに視線を泳がせると、大きくため息を吐いた後、明らかに声が小さくなった。

 その様子から聞かれてはいけない話なのかと推し測るも、隠す程の内容ではないように思う。


「その特別クラスにウチの息子がいるのだが、知っているか?」


「いいえ。一度挨拶に伺いましたが、自分の自己紹介しかしていませんので、個人のお名前は把握していません。顔を見れば思い出すかもしれませんが……」


「そうか……。どこから話せばいいものか……」


 両膝の上に両肘を乗せると、項垂れるように頭を下げるニールセン公。まだ決心していないのだろう。その表情からは、迷いが見て取れる。


「ウチは代々騎士を輩出する名門。私だって若い頃は剣術指南役として王宮を訪れていた時期もある。だが、息子にはその才能がなかった。なんの因果か、息子に発現した適性は魔術。小さな頃から剣を学ばせていたものの、それが才能として開花することはなかったのだ。剣の師としては最高であろうノルディック氏を招き、学ばせたにもかかわらずだ」


「はぁ……」


 だからどうしたと言わんばかりに、やる気の欠片もない生返事が出てしまう。

 身の上話は正直言ってどうでもいい。さっさと核心を聞きたいのだが、相手の顔を立て、今は我慢だ。

 そもそもノルディックを剣の師に迎えたのが、間違いだったのではないだろうか?

 剣の使い方が上手いからといって、指導が上手いとは限らない。

 あのノルディックが真面目に人にものを教えるような性格をしている様には思えなかった。


「結局剣の道は諦め、息子には魔術を学ばせることにしたのだ」


「それは、俺にノルディックの代わりをしてくれということですか? 魔術を教えろと?」


「いや、違う。息子の目を覚まさせてほしいのだ」


「はい?」


「息子を魔法学院に通わせると、メキメキとその頭角を現し数々の魔術を身につけていった。我が息子ながら恐ろしいほどの才能だ! そうは思わないか!?」


「見ていないので、わかりかねますが……」


 学園では挨拶しかしていないと言っているのに、名前も知らぬ学生達の成績なぞわかるはずもない。

 親バカぶりを遺憾なく発揮しながらも、その身を乗り出し声を荒げる様子は滑稽だ。

 厳しそうな強面で、さらには体育会系のような体格。そのギャップが余計にそう感じてしまう。

 親が子供を思う気持ちはわからなくもないが、それを他人に押し付けるのはいかがなものか……。


「息子はそれを鼻にかけているんだ。学院内では手の付けられないほどの問題児で、私の名前を使い好き放題だという噂。残念だが、今の息子に家督を譲ることは出来ない。貴族としての礼儀作法は全て叩き込んでいるはずなのだが、あれでは家を潰してしまいかねないのだ」


「失礼ですが、息子さんのお名前は?」


「アレックスだ。アレックス・ディ・ニールセン。良い名前だろう?」


「そ……そうですね……」


 顔が引きつらないよう当たり障りなく相槌を打つ。

 特別クラスの問題児と聞いて、なんとなくそうじゃないかとは思っていたが、やはりあのクソガキのことらしい。

 ……というか、すでに詰んでいる気がする。あの性格を正すのは、生半可な努力では実を結ばないだろう。

 俺が奴の師であるノルディックを殺したのだ。それ相応の恨みを向けられても仕方がない。


「何故自分なんです? ノルディックの件は知っていますよね? ならば自分は不適格では?」


「確かにそうだ。貴公も私の属している派閥は知っているだろう。少なからず恨みもある。だが、任せられるのが貴公しかいない」


「と、いいますと?」


「アレックスの実力は、冒険者の物差しで測ればシルバーとゴールドの間といったところだ。そこそこ腕は立つだろう。少なくともそれ以上の実力者が必要なんだ」


「それはいくらでもいるのでは? 学院の教師でも可能だとは存じますが?」


「そうじゃない。重要なのは貴族に屈しない者でなければならない事だ。それが絶対条件なのだ」


 確かに俺になら実力でも敵わず、権力を振るっても意味がない。

 とはいえ、相手は俺のことを良く思っておらず、マイナスからのスタート。前途多難だ。


「言いたいことはわかりました。ですが、それを俺が引き受けると思いますか?」


「もちろんそれ相応の報酬を用意しよう。言い値で出す……と言いたいところだが、失礼ながら貴公を調べさせてもらった。カネは受け取らないのだろう?」


「絶対に受け取らないという訳ではありません。生活に困窮すればお金は必要。ただ、今は必要ないだけです。といっても、面倒な仕事はいくら積まれてもお断りしますけどね」


「申し訳ないが貴公の報酬として何が最適なのか、私にはわかりかねる。なので、希望を言ってみたまえ。可能な限り応えようじゃないか」


 そんなことを急に言われても、困ってしまう。

 お金で買える物で欲しい物なんか何もない。強いて言うなら自由が欲しいと言いたいところではあるが、いくら大貴族とてそれに応えることは土台無理な話。

 これ以上俺に関わるなというのが最適解にも思えるが、ニールセン家だけを牽制したところでどれだけ効果が見込めるかは不透明。

 暫く悩んだところで待ちくたびれたのか、ニールセン公が1つの提案を切り出した。


「ではこうしよう。学院の期末試験前に生徒同士の試合が行われる。生徒が試験を受けられるかどうかの最終確認的な意味合いが強い模擬戦だが、私はそこに顔を出す予定だ。貴公も息子の実力を見て判断してくれればいい。その時、返事を聞こうじゃないか。どうだ?」


「それは構いませんが、まだアレックスさんの目を覚まさせてほしいとしか聞いていません。具体的な内容を教えていただかなければ……」


「貴公の好きにするといい。息子の根性を叩き直せばいいんだ。魔法が優秀だからと、それを鼻に掛けない本来の貴族らしい立ち振る舞いを思い出させてやればそれでよい。殺さなければ何をしてくれても構わない」


「……腕を切り落としても構わないと?」


 悪魔の様な表情に見えただろう。もちろんそんなつもりはないが、人選ミスだと思わせれば諦めるかもしれないと、ワザと虚勢を張って見せた。

 それを聞いたニールセン公の顔が一瞬歪むも、怒りを露にしたという感じではなく、恐らくそうなってしまったアレックスを想像してしまったのだろう。

 俺はノルディックを殺したのだ。ならば非道な事もやってのける。そう考えたのかもしれない。

 しかし、ニールセン公が俺の事を調べたのならばわかるはず。だからこそネストの許可を得てまで、直接コット村へと出向いてきたのだろう。

 俺の立ち振る舞いは、貴族には程遠いものだ。だが、礼儀知らずではないと自負している。

 権力を振りかざす者には尻尾を振らず、礼を尽くせばそれには応じる。それだけの簡単な話なのである。


「貴公がそれを必要とするならば、やむをえまい……」


 諦めにも似た表情。少々演技臭い気もするが、悩み抜いた末の結論という様相は窺える。

 正直に言えば、怒鳴られるくらいは覚悟していた。家庭教師の延長線程度の考えだと思っていたからだ。

 だが、恐らくは本気なのだろう。ニールセン公の中では、それほど大きな悩みなのだ。


「わかりました。一応は検討してみましょう」


「色よい返事を期待している」


 ニールセン公が立ち上がると、今度は自分から握手を求めた。その表情は真剣そのもの。

 俺はそれに応えると、ニールセン公はコット村を後にしたのだ。



「どうだった? カガリ」


「嘘は言っていないですね。ですが平常心でもない。主に対しては半信半疑といったところでしょう」


「そうか……」


 その日の夜。自室でベッドに横たわりながら、昼間の事を考えていた。

 ニールセン公は人払いを命じた。恐らく他の者には聞かれたくなかったのだろうが、口止めはされていない。といっても、それを触れ回るような真似はしない。

 ただ、従魔達の聴覚が優れていただけ。カガリは部屋の外から話を聞いていただけなのだ。

 もちろん隣にはミアもいるが、既に就寝中。それを起こさないようヒソヒソと小声で話している。


「で、その依頼。受けるのですか?」


「受ける意味は薄いと思っている。受けたとしてもそれはネストさんの顔を立ててという意味合いが強いだろうな……」


 ニールセン公に恩を売っておくという考え方もあるにはあるが……。簡単な仕事ではない。

 人の考えを変えるということが、どれほど難しい事か……。俺の場合、まずは信用を得る所から始めなければならないだろう。

 ボコボコにして正座させたのち、説法でも解いてやれば心を入れ替えるなんて簡単な話ではないのだ。

 報酬が決まれば、その為に頑張ろうとやる気も出そうなものだが……。


「カガリは、何か欲しいものはあるか?」


「そうですね……。主とミアの傍にいることが出来れば何もいりませんが、強いて言うなら何が起きても冷静でいられる鋼の精神でしょうか……」


「そんなものが貰えるなら、是非いただきたいものだ」


 クスクスと声を殺して笑う俺とカガリ。


「んむぅ……。おにーちゃん、まだ起きてるの?」


「あぁ、すまない。今寝ようと思っていたところだ」


 起きてしまったミアの頭を笑顔で撫でてやると、ミアはすぐに目を閉じ寝息を立て始めた。

 それを確認してからカガリに目で合図を送ると、空中に漂っていた蝋燭ほどの狐火がその役目を終え、村の夜は更けていった。

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