第246話 真実

「……108番。ホウレンソウという言葉を知っているか?」


「ほうれん草? お野菜ですか?」


「いいや違う。報告、連絡、相談。略してホウレンソウだ。これは組織の上下を繋ぐ重要な意味を持つ言葉だ。わかるか?」


「なるほど。わかりますけど、それが何の関係が?」


「まぁ、落ち着け。そのホウレンソウをしていれば、未然に防げた事故もあるかもしれないということが言いたいんだ」


「確かにそういった事例もあるかもしれませんね。……で、何が言いたいんです?」


「今回の件はまさにそれだ。108番が俺に報告していれば、防げた事故のはずなんだ……」


「はぁ……。……え? どういう事です?」


 何を言っているのだろうという顔だ。まぁ、これで察してくれというのが無理か。


「つまり……。つまり、その……トラちゃんは死んでしまったということだ……。すまない……」


 玉座から立ち上がると、誠心誠意心を込めて頭を下げる。


「それは理解しています。気にしないでください。マスターが謝ることではありません。むしろマスターに守ってもらえたのならトラちゃんも本望でしょう」


「いや、そうじゃなくてだな……」


「はぁ、道理で反応がないわけです……。残念ですが仕方ありません。それで、どこの誰が倒したんですか? 別の魔獣を送りつけてミンチにしてやります!」


「それは……」


「も……もしかして勇者ですか!? あいつ! またしても我らの邪魔を……」


「……俺だ……」


 108番が動きを止める。何かを思案しているようなそぶりを見せるも、その目は酷く泳いでいた。


「……んー、よく聞こえませんでした。もう一度お願いしてもよろしいでしょうか?」


「俺が討伐してしまったんだ……」






「……はぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 驚くのも無理もない。顎が外れるんじゃないかと思う程大きく開けられた口から盛大に漏れる疑惑の声。

 予想外の答えに、理解が追い付いていないのだろう。


「何故です!?」


「いや、知らなかったんだよ。まさか金の鬣きんのたてがみが108番の言っているトラちゃんだとは思わなくて……。というか言ってくれればよかったじゃないか。こっちだって出来るだけ戦いたくはなかった。言葉も通じないし、襲ってくるものは撃退する以外に方法はないだろう?」


「そうですけど……」


「そもそもなんであんなものを呼び出したりしたんだ!? 騒ぎになって当然だろう?」


「だって……、マスターがダンジョンに護衛を置いてくれなかったから……」


「ゔっ……」


 確かに当初から催促はされていた。今思うと何故そうしなかったのかと過去の自分に呆れるが、当時はこちらの世界に来たばかりで、まだ慣れていなかったのだ。

 考えが甘かったとしか言いようがない。人の土地に無断で入ってくるなんて、そうそうないと思っていたのだ。

 ウルフ狩りのキャラバン。オーク族のゴズに、ミアを亡き者にしようとしたノルディック。

 魔物はさておき、この世界の人々は、犯罪に対する意識が低い。街の外であれば大抵のことが放置されているのが現状だ。

 村の中であれば最低でも自警団。街ならそれなりに役人も駐在しているし、領主の住まう都であれば騎士団等も治安維持に尽力してはいるが、機能しているのは敷地内とその防衛のみ。

 外の見回りなんかしていない。被害が出てから重い腰を上げるのが実情であり、街の外は無法地帯と言ってもいい。

 むしろ外は冒険者の領域。襲ってくるなら話は別だが、賞金首以外は例え盗賊だろうと相手にしない。

 だからこそ盗賊がのさばり、悪行の数々を尽くしているのだろう。馬車の護衛依頼が多いのもその理由の1つだ。


「それは悪かったと思ってる。だからこそノルディックをデュラハンとして置いているじゃないか。あれだけの強さがあれば十分だろ?」


「まぁ、強さについては申し分ありませんが……」


 今なら108番の考えも理解出来る。ダンジョンハートが破壊されれば自分の命が消えるのだ。それは俺も同じこと。

 どんな相手が来ても、撃退出来る安心感が欲しいといったところだろう。


「わかったよ。不満があるなら聞こう。できるだけそれに応えるから、トラちゃんのことは許してくれ」


「じゃぁもう1匹、四天魔獣皇を呼び出させてください。いいですか?」


「ああ、わかった。先に聞いておくがどんな奴だ?」


「……あっ、どうせならマスターが選んでくださいよ。その方がいいですよね?」


「確かにそうだが……」


「じゃぁ、分かりやすいように説明するんでちゃんと聞いてくださいね」


 それに無言で頷く。言われなくてもそうするつもりだ。

 それを従えなくてはならないのなら尚更である。出来れば温厚な感じの扱いやすい魔獣であってほしい。

 正直に話したからか、108番の機嫌も少しは良くなったようにも見え、ひとまずは胸を撫でおろした。


「まずは、アコーディオン・ダイバーちゃんです。大きなワームを想像して頂ければよろしいかと存じます。その外殻は金属よりも固く、ギラギラと鈍く光ることから人間達には灰の蠕虫はいのぜんちゅうと名付けられていたと記憶しています。地下に穴を掘るのが得意で、ダンジョンの拡張に役立ちます。人間の街を地下から破壊するのを目的として作り出されました」


「……ん?……」


「どうしました?」


「いや、なんでもない……」


 灰の蠕虫はいのぜんちゅうという名に聞き覚えはないが、その特徴はノーザンマウンテンのダンジョン調査で戦ったワームと、若干似ている気がしたのだ。


「次は、アブソリュート・クイーンちゃんといって……」


「すとぉーっぷ! それってアレだろ? 白い悪魔って呼ばれてて再生能力を持ってる……」


「おお! ご存知でしたか! アブちゃんは凄いですよ? 海水から魔力を取り込めるので、海の中ではほぼ無敵です!」


「……すまん。それも俺が倒した……」


 108番の顔が一瞬引きつったように見えた。


「ま……またまた御冗談を。それはないですね。確かにいつでも封印を解けるようにと魔力を送り込んではいますけど、封印は解いてませんもん」


「セイレーンの女王が封印を解いたと聞いている。海で暴れていたそいつを俺が倒した……。1ヵ月ほど前の話だ」


「……ちょっと調べさせてもらっても?」


「ああ」


 108番は先程と同じように地面に両手を付き、目を閉じた。

 数分後、この世の終わりとも思える絶望にも似た表情を俺に向けると、口をぱくぱくと動かし始めた。


「……あ……あ……」


「……な?」


「な? じゃないですよ! 何てことしてくれたんですか!」


「それはセイレーンの女王に言うべきじゃないか? と言っても、もう先代はクイーンに返り討ちに合い、殺されたようだが」


「ざまぁないですね! ……じゃなくて!」


 なんだかんだでノリのいい108番。裏拳かと思うほどの鋭いツッコミは空を切るも、そのスタイルは嫌いじゃない。


「悪かったとは思ってるよ。だが、不可抗力だ。悪気があったわけじゃない。知っていれば別の手段をとった。そうだろ?」


「むぅぅ……。じゃぁ、お詫びとして彼らの最後を教えてください。そうすれば許してあげます」


 どんなことを求められるかと思えば、実況見分でいいなら願ってもない話だ。

 そして全てを話した。金の鬣きんのたてがみの討伐。白い悪魔とセイレーン、そしてサハギン達の関係。

 それを108番は時折物思いに耽りながらも、神妙な面持ちで聞いていたのだ。


「……というわけだ。申し訳ないとは思っているが、今度は是非先に言ってくれるとありがたい」


「わかりました。報告の義務を怠った私にも非がないわけではありません。そのことは水に流しましょう。最後に……その……1つ質問なのですが、マスターが死霊術をお使いになられても他の人間達は何も言わなかったんですか? 人間達の間では外法と言われているんですよね?」


「ああ。そうみたいだが、信用している者達にしか明かしていないから大丈夫だとは思う」


「なるほど……。どうせならバーンと1発かましてやればいいんじゃないですか? 例え見られていても、それだけ強大な力があれば、人間達の考え方も変わるのでは?」


「そんな分の悪い賭けはしない。そもそも俺はどう思われていようと構わないんだ。言いたい奴には言わせておけばいい」


「さすがマスター! 器が大きい!」


「面倒臭いだけだ」


 その話が終わってすぐだ。108番が侵入者に気が付くと、姿を現したのはカガリに乗りやって来たミア。それとワダツミである。


「おにー……。……何やってるの?」


「……反省だ」


 俺は玉座に正座していた。そして目の前の108番の手を握りながら話をしていたのである。

 別に好きでやっている訳じゃない。そうすれば許してくれると言われたのだ。

 ミアには108番が見えていない。故に正座しながら両腕を前に伸ばしているという若干シュールな絵面に見えている事だろう。

 いや、見えてはいないが知っているからこそ生まれる誤解もあるのだ。


「胸を……揉んでる?」


「違う! 手を握っているだけだ!」


 言われてみれば、そう見えなくもない。とはいえそれは証明できない。

 すぐに108番から手を離すと、気まずさを払拭するかのように咳払いで茶を濁す。


「で、何かあったのか?」


「えっと、おにーちゃんにお客様だよ。貴族の偉い人なんだけど……」


 誰だろう……。貴族とはいえ、ミアが名前を出さない所を見ると、俺の顔見知りではなさそうだ。

 知らない人であればネストが許可証を発行しないはずであるが……。

 ……考えていても仕方がない。ワダツミを連れてきたのは急いでいる為だろう。


「108番。すまないが、あの話は一旦保留にしておいてくれ」


「わかりました。お早いお帰りをお待ちしています」


「すまんな、ワダツミ」


 断りを入れてからワダツミに跨り、カガリとミアを先頭にダンジョンを駆け上がると、俺達は村へと急いだ。


 ――――――――――


 九条が去り、シンと静まり返るダンジョンで108番はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 四天魔獣皇。それは魔王に仕えし忠実なる4匹のしもべ

 その内の2体。失った戦力は甚大だ。憤慨したい気持ちもあるが、九条の機嫌を損ねることは出来ない。

 それには2つの理由があった。1つは九条の魔力を糧として生きている為。

 そして問題なのはもう1つ――


 108番は薄々だが感づいていたのだ。九条が転生者であることを――


 それこそが九条を敵に回せない最大の要因なのだ。桁違いの魔力。それを使いこなせるほどの適性値。そして時折見せる不可解な行動……。

 そのどれもがこの世界の人間には成し得ないもので、それは過去の勇者に酷似していた。

 九条もそれに勝るとも劣らないほど強大な力を保有しているが、本人はそれに気付いていない。

 強さを求めていない故かそれをさらけ出そうとせず、108番には都合が良かったのだ。


(それでいい……。それを人間達に知られるのはマズイ……)


 人間の寿命は短い。2000年も前の勇者がどういう存在であったのか記憶している者は、ほぼいないだろう。

 文献に蓄えられている知識なぞ朧げなものばかり。そんな物に頼らずとも、108番はそれを覚えている。

 今の九条は、白にも黒にも染まっていない言わば中立の立場であるのだ。


(人間達と共に歩むより、こちら側にいた方が心地よいと思わせなければ……。地上に巣食う人間共は、同族で争う醜い種族。その浅ましさにまみれれば、きっとマスターはこちら側に傾いてくれるはず……)


 今はまだ育む時。全てを明かすには時期尚早であるのだ……。

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